第60話:夕方まで、ちゃんと待ってるから
※(迂闊)視点
小田原駅に着いた頃には、空が少しずつ夕方の色に染まり始めてた。
19:00小田原駅発の列車に乗ることになり、
それまで各自自由行動になった。
ひよりがるいと街を散策したいと言い出し、
北斗は俺とのぞみに向けてウインクをすると、二人の後を追う。
「北斗、てめー仕込みバレバレなんだよ!」
必然的に俺とのぜみの二人っきりに。
のぞみは、さっきからずっと静かだった。スマホもいじらず、笑いもせず。
駅弁トークであんなに盛り上がってたのに、今はまるで別人みたいだ。
「小田原城、行ってみたい」
ぽつりとそう言ったのぞみに、俺はすぐ頷いた。
「行こう。写真も撮ろうぜ」
少しでも元気になってほしくて、そう言った。
城までの道は、観光客の声と風の音だけが響いてた。
のぞみは黙ったまま、俺の少し前を歩いてる。
──やっぱり、澪のLINIのこと……気づいてる?
いや、まさか。
でも、あの目の奥の沈黙は、俺のことを見透かしてる気がした。
小田原城の門をくぐった瞬間、空気が変わった。
石垣の向こうに天守閣が見えて、観光客の声が少しだけ遠くに聞こえる。
のぞみがふいに笑った。
「ねえ、写真撮ろうよ!天守閣バックで!」
「おう、任せろ」
のぞみは近くにいた観光客に声をかけた。
白いダウンにニット帽、手にはお土産袋をいくつも提げた、
見るからに“旅慣れたおばちゃん”って感じの人だった。
「すみません、このカメラでお願いできますか?」
のぞみが差し出したのは、──まさかの一眼レフ?
馬鹿っ!
「あらまあ、立派なカメラねぇ……えっと、どこ押せばいいのかしら?」
おばさんはレンズをのぞき込みながら、カメラを上下逆に構えた。
「ちょ、ちょっと待って!それシャッターじゃなくて電源です!」
「えっ、あらやだ、これで撮れちゃうの?」
「いや、撮れないです!それ押したら電源切れます!」
「すみません、こいつのスマホのカメラでお願いできますか?」
俺はとても見ていられず合いの手を入れる。
「あら、そう?」
「え〜、せっかくこのカメラ持ってきたのに〜」
のぞみがむくれる。
「いやいや、普通こういうときはスマホで頼むだろ!
美顔フィルターとか別人に盛れるやつでさ。お前ほんとにJKかよ」
「うっさい!」
ぐはっ!
のぞみの拳が俺の肩にヒット。痛いけど、ちょっと嬉しい。
「ごめんなさいねぇ、カメラは難しくて〜」
「いえいえ、ありがとうございます!」
のぞみが満面の笑みでお礼を言うと、おばさんも笑顔でシャッターを切ってくれた。
のぞみはポーズを変えながら、笑顔全開。
俺もつられて、変なポーズを決める。
何枚か撮ってもらったあと、のぞみが「ありがとーございます!」と元気よく手を振った。
その瞬間、のぞみのテンションが爆上がりしたのがわかった。
声が跳ねて、笑顔が弾けて、まるでさっきまでの沈黙が嘘みたいだった。
──よかった。元気、戻ってくれて。
それだけで、少しホッとした。
「ねえ、今度さ……どっか行こうよ」
「え?」
「ちゃんと、二人で。どっか行きたい!」
「……いいな。俺も、のぞみと出かけたいと思ってた」
「ほんと!?じゃあさ、もうすぐイベントあるし……その日がいい!」
「イベント?」
「ほら、あの……イルミネーションとか、プレゼントとか、そういう日!」
「……ああ」
やばい。
その日は、澪と約束してる。午後に。
「ただ……夕方前にちょっと用事があってさ。夕方からでもいい?」
「用事?」
「うん……友達の買い物に付き合うって約束してて」
「ふーん……」
のぞみの目が、すっと細くなった。
「もしかして……あの温水プールで、あんたが鼻の下のばしてた女?」
「う……!」
「やっぱり図星でしょ?」
「……いや、違うっていうか……その……」
「あの女、名前はなんて呼ばれてたっけ……。
あ、そうそう!
澪……でしょ」
「……」
俺は言葉を失った。
のぞみは、笑ってなかった。
「まあいいけど。夕方からね。楽しみにしてる……夕方まで、ちゃんと待ってるから」
そう言って、のぞみはまた笑顔を作った。
でも、さっきの爆上がりとは違う。
どこか、張りついた笑顔だった。
──やばい。
このままじゃ、のぞみにも澪にも、ちゃんと向き合えない。
小田原城の石垣の上に、夕陽が落ちていた。
その光が、俺の影を長く伸ばしていた。
次回予告
商店街のにぎわいの中、ふと立ち止まる心。
笑顔の奥に、言葉にならない気持ちが揺れていた。
ほんの一言で、すべてが変わることもある──
次回、「すれ違いは、ほんの一言から」
──それは、願い? それとも、予感?




