第6話:乗車率120%の感情暴走
放課後。
のぞみは、教室の自席で時刻表を広げていた。
「今日の感情ダイヤは、朝から混雑。乗車率、限界突破ね」
(昨日の“遮断機の向こうで待ってる”発言……あれ、完全に感情の急行だった。
しかもあいつ、調子に乗って“好きかも駅”とか言い出すし……あの駅、まだ建設予定地なのに、あわあわあわ、恥ずかしい)
そこへ、迂闊がやってくる。
「よっ、のぞみ、おつ!
今日の帰り、ちょっと寄り道していいか?」
「は?寄り道?どこに?」
「俺んち」
「えっ……?」
(えっ……えっ!?迂闊の家!?私、招かれた!?
それって……感情の乗り換え案内に載ってない未開のルートなんだけど!?)
「いや、じいちゃんがな、“のぞみちゃんに家訓や哲学を伝えたい”って言っててさ。
なんか、お前に掛け軸とか見せたいらしいぜ」
「掛け軸……!?哲学……!?
それ、感情の乗車率120%どころか、車両増結しないと無理なんですけど!」
夕方。
のぞみは、迂闊と一緒に、宇勝家に到着していた。
格式ある日本家屋。
玄関には「遅刻は、人生の寄り道」と書かれたポスター。
掛け時計に目覚まし時計、腕時計……。時計という時計全てが、電池を抜かれた状態で“飾り棚”に並んでいる。
(……この家、定刻という概念が絶滅してる……)
(でも……どこか温かい)
時間に追われない空気が、少しだけ羨ましく思えた。
居間に通されると、祖父・余裕院 遅蔵が正座して待っていた。
「のぞみちゃん……君はまだ知らんのだな……。
我が家の遅刻はな、千年の歴史があるんじゃ……!」
「えっ……千年!?」
「初代・遅雅様はな……将軍様に会う為の参内に遅れたその日、道端のカエルに話しかけておった。
“そなたも今日、遅れておるのか?”と……。
そのカエルが跳ねた瞬間、遅雅様は悟ったんじゃ……。
“遅れて跳ねる者こそ、真に飛べる者”と……!!」
「……いやいやいや、カエルに話しかけてる時点で、将軍様にお会いする約束、もう頭からぶっ飛んじゃってますよね、その人……?」
しかし、迂闊の祖父は語りに夢中で、そんな皮肉は聞こえていないようだった。
「将軍様に遅刻を咎められたときもな……遅雅様はこう申された……。
“遅刻とは、心の余裕でございます”と……!!」
(この家、感情の信号が全部“黄”で点滅してる……)
(でも……“余裕”って、私にはずっと無かったものだ)
胸の奥が、少しだけきゅっとなる。
祖父が涙で鼻をすすりながら掛け軸を指差す。
「見てみい、あれが家訓じゃ……。
“遅れて咲く花は、香りが深い”
……ちなみにその花、実は枯れておったらしいんじゃがな!!」
「枯れとったんかーい!」
のぞみは、思わず吹き出す。
(……もう、なんなのこの家……!
感情の乗車率、限界突破してる……!)
そんな困惑するのぞみをよそに、迂闊は祖父に笑いながら言う。
「じいちゃん、俺も今日、カエル見てたから遅刻したぜ」
「……迂闊くん、それ、血筋じゃなくて病気だよ!」
余裕院家からの帰り道……っと言っても、すぐ隣だが……。
のぞみは、迂闊と並んで歩きながら、ふと口にする。
「ねえ……私、今まで“遅刻=運行妨害”って思ってたけど……。
だけど、ちょっとだけ、“寄り道=景色”って考え方も、悪くないかもって思うようになったよ」
母が作ってくれた“のぞみダイヤ”には、寄り道の欄なんてなかった。
だからこそ、今のこの感覚が、少しだけ胸に沁みる。
迂闊は、そんなのぞみの顔を見てニヤリと笑う。
「じゃあ、次は“寄り道デート”駅に停車しようぜ」
「だ・か・ら、……そういう系の駅、まだ開業申請してないから!」
「じゃ、じゃあさ、次は……“手つなぎ仮駅”に停車……ならいいだろ?
ほら、手……出せよ!」
「う、うん……」
(しかたないわね。その駅……い、今だけ特別に停車してあげるわよ……)
のぞみは心の中で静かに囁くのだった。
手の温度が伝わった瞬間、胸の奥で小さな“発車ベル”が鳴った気がした。
次回予告
次回、「感情の乗り換え案内、誤表示中」
のぞみ、別の男子にときめきかけて誤乗しかける!?
感情の乗り換えミス、復旧見込みなし!




