第55話:湯気と水着と視線と動揺
(迂闊視点)
温泉プールの湯気が、朝の光に溶けていた。
肌にまとわりつくようなぬるめの水温。
俺は足を沈めながら、ぼんやりと澪のことを考えていた。
昨日の謝罪──ちゃんと届いたのか。
彼女の心に、ほんの少しでも触れられたのか。
「迂闊、どこ見てんの?」
のぞみの声が、すぐ横から聞こえた。
振り向いた瞬間、俺の脳が一瞬フリーズした。
のぞみ──
黒髪ロングをハーフアップにまとめて、ゆる巻きが湯気の中でふわっと揺れてる。
水着は淡いピンクのビキニ。胸元にフリルがついてて、可愛さ全開。
でも、ボトムはショートパンツ風で、ちょっとだけ照れ隠し。
小柄でスレンダーな体型に、フリルの柔らかさが絶妙にマッチしてる。
「どう……この水着、似合う?」
のぞみがツンとした顔で、でも目だけはこっちを見てくる。
「……ああ、似合ってるんじゃないか」
俺は顔をそらしながら、なんとか答えた。
「ふーん」
のぞみは満足げに鼻を鳴らす。
その仕草が、またちょっと可愛くて、俺はさらに目を逸らした。
「おやおや、迂闊くん。顔が赤いですね」
北斗がニヤニヤしながら茶化してくる。
「うるさい」
俺は短く返した。
「んんー、んっん、んんん〜!」
(訳:浮き輪持ってきたよ〜!)
ひよりがポッキー語で話しながら、黄緑色のワンピース水着姿で登場。
茶髪ロングをゆるく三つ編みにして、後れ毛が頬にかかってる。
その姿は、まるで“癒し系マスコット”だった。
「僕、実はクロールの速さには自信があるんですよ」
北斗が謎の自信を見せながらストレッチを始める。
「僕も泳げますけど、今日は浮かぶだけでいいです……」
るいはマイペースに、浮き輪を抱えてプールサイドに腰を下ろす。
「え〜!?私、スイミングキャップとか絶対かぶらないから」
のぞみがツンとした顔で言う。
それからしばらくして、プールの端で、俺が水を拭っていると──
「……あ、あのさ」
のぞみが正面から俺のほうをじろじろと見ている。
「ん?どうした?」
「えっと……その……ちょっと……あれ……」
のぞみが言葉を探している。珍しく、片言だ。
「……背中に、なんか……虫?いや、蚊……かも……かも……かもね……」
のぞみが急に言い出す。
「蚊?こんな湯気の中に?」
「ちょっとそのままにしてて!」
のぞみがぐっと近づいてくる。
俺が動かずにいると、のぞみは正面から俺の背中に手を伸ばし……、
気づけば、のぞみの手が俺の背に添えられ、体がふわっと近づいて──
一瞬、俺の胸に抱かれるような形になっていた。
「……っ」
のぞみの動きが一瞬止まる。
顔が俺の肩に近づいていて、息がかすかに触れた気がした。
「……あ、だいじょぶ。蚊は……気のせいだったみたい」
のぞみが急に離れて、ツンとした顔に戻る。
でも、耳まで赤くなってるように見えた。
「なんだよ、びっくりした」
「べ、べつに。確認しただけだから!」
のぞみはそっけなく言いながら、今度は俺の腕をじっと見てくる。
「……あれ、迂闊。腕、なんか……ちょっと……かすってるかも?」
また片言。しかも、目が泳いでる。
「え?いや、特に……」
「ちょっと見せて!」
のぞみは真剣な顔で、俺の二の腕に指を添える。
その指先は、ほんの少しだけ長く留まっていた気がする。
でも俺は、いまののぞみ、なんか挙動不審だなと、そう思った。
それから、俺たちはプールで遊び始めた。
ひよりとるいは浮き輪でぷかぷか浮かびながら──
「水中じゃんけんしない?」とるいが提案。
「負けたら顔に水かける罰ゲームな」
そんな俺の誘いに北斗が乗っかる。
「罰ゲームは迂闊にだけ適用で」
のぞみが勝手にルール追加。
「なんで俺だけ!?」
俺が抗議する間もなく、じゃんけん開始。
結果──俺、全敗。
「はい、罰ゲーム!」
のぞみが容赦なく水をかけてくる。
「ちょ、冷たい冷たい!」
みんなの笑い声が響く。
そのとき──
「きらら、さつき、こっちこっち〜!」
どこからか他の女子の声が響いた。
振り返ると、見覚えのある三人組が温泉プールに入ってくる。
澪とさつき。そして……温泉にいた後もう一人の小柄な娘はきららっていうのか──全員水着姿。
俺以外のメンバーは、彼女たちと面識がない。
でも俺は──澪だけは、知ってる。
まず目に入ったのは、ひときわ明るい声の金髪女子・きらら──
金髪ゆるふわロングをサイドポニーにまとめて、白いリボンで結んでる。
水着はミントグリーン×白のドット柄。オフショルダー風のビキニに、スカート風のボトム。
明るくて天然な雰囲気が、視覚的にも炸裂してる。
初対面だけど、なんか“きらら”って名前が似合いすぎてて、俺は逆に納得した。
次に、長身の黒髪女子はさつき──
黒髪ミディアムを高めのポニーテールにして、前髪は軽く流してる。
ネイビー×オレンジのスポーティーなハイネックビキニに、ハイウエストのボトム。
高身長で引き締まったボディに、アスリート系の水着が映えすぎてて、なんかもう“姐御感”がすごい。
初対面だけど、絶対に逆らえないタイプだと俺の本能が察知した。
そして──澪──
藍色のゆるふわショートヘアーが、湯気の中でふわっと揺れてる。
水着はアイスブルー×白のグラデーション。ホルターネック風のワンピースタイプ。
前面は清楚なのに、背中が大胆に開いていて、横からのラインでバストが自然に強調されてる。
澪のスタイルは、隠そうとしても隠しきれない。
澪はまだ何も言ってないのに、俺の理性はもう限界を迎えそうだった。
「……っ!」
鼻血が出た。マジで出た。
「はあ!?なに知らない女の水着にうつつを抜かして鼻血出してんのよ!この、バカ迂闊!」
のぞみが怒りの表情で、俺の股間を──
バカ!!
「ぐふっ!!」
蹴られた。
「まあまあ、のぞみさん、その辺で……」
北斗が慌てて止めに入る。
俺はよろめきながら、澪の方へ視線を向ける。
「澪……」
澪は、俺の視線に気づいたのか、少しだけ顔を向けて──
「……おはよう」
「おはよう」
「ごめんね、私たち、もう上がるね。またね」
「え?あ、うん」
それだけ。
ほんと、片言みたいな挨拶。
一瞬しか目も合わせていない。
それから、澪はきららとさつき二人と温水プールを後にした。
「え、迂闊?さっきの女性……やっぱり知り合いだったの?」
のぞみが怪訝そうに俺を見る。
「……ああ、ちょっとだけ」
俺の声は、まるで魂が抜けたみたいに、湯気の中へ静かに溶けていった。
次回予告
誰かの沈黙が、誰かの記憶を揺らす。
言葉にならない問いが、胸に突き刺さる。
“期待”の意味が、少しだけ重くなる午後。
次回、「怒りと祈りの交差点」
そして、冬の駅前で──視線が交差する。




