第51話:潜入任務と、のぞみの本心と、俺の青春が湯に沈んだ
※今回はコメディ強めの温泉回です。ストーリーだけを追いかけたい方向けに、第53話の冒頭に要約を載せています
※迂闊視点
──夜の温泉旅館。
浴衣姿の俺たちは、客室の座卓を囲んでいた。
「よいか、兵ども──今宵、我らが攻め入るは“女子露天風呂”なる秘湯の城!」
俺は浴衣の裾を翻し、真剣な顔で北斗とるい・二人に宣言する。
しかし、北斗は湯呑を置きながら、冷静に言った。
「まず前提として、このホテルの露天風呂は男女完全分離ですよ。男子側から女子側は構造的に覗けません」
「……なにぃ!?」
「敷居、壁、植栽、すべて完璧です。覗きは不可能です」
「ならば──潜入あるのみ!」
俺は布袋からウィッグを取り出し、るいに差し出した。
「るい、貴様には“女装潜入”の任を命ずる!」
すると……るいはウィッグを見つめたまま、無表情で言った。
「迂闊先輩……それ本気で言ってますか?
僕は、そういう趣味はないんですが……」
「趣味じゃない!これは使命だ!男の娘の誇りをかけた任務だ!」
「誇り……ですか」
るいはウィッグを頭に乗せながら、鏡を見てぽつりとつぶやいた。
「……僕、人生で一番無駄な覚悟を決めた気がします」
るいはため息をつきながら、ウィッグを頭に乗せた。
北斗は掃除係の制服に着替え、モップを構える。
「では、作戦開始だ」
──女子露天風呂の裏手。夜の庭園に湯けむりが立ち込めていた。
るいが先に潜入し、様子を確認する。
しばらくして、手でジェスチャーして合図。
俺と北斗はその隙に突入した。
「よし、誰もいない……今のうちに湯の構造を確認だ!」
俺は湯船の縁に腰掛け、戦国武将のように景色を見渡した。
「この湯、まさに天下の名湯……!」
北斗は壁際に立ち、モップを構えたまま周囲を警戒している。
るいは湯の縁に腰掛け、無言で湯面を見つめていた。
──そのとき。
「キャー!露天行こー!」
のぞみとひよりの声が近づいてくる。
北斗が顔をしかめる。
「やはり危険すぎます。迂闊くん、ここは撤退しましょう」
るいも頷く。
「僕も北斗先輩の意見に賛成です」
「二人とも待て!俺は……変装してない!」
北斗「……詰みですね」
俺は焦って周囲を見渡した。
植栽?壁の陰?桶の中?──どれも無理。
「くっ……ならば。北斗、るいくん、お前たちは先に出ていろ?」
「迂闊くんはどうするんですか?」
「俺は大丈夫、いい考えがある。ニシシシ」
北斗は眉をひそめた。
「くれぐれも無茶はしないでくださいね」
「ああよ!」
二人が出たことを確認した後、俺は一人湯船に飛び込んだ。
そして──
「ふふふ……俺はこの日のために、シュノーケルを持ってきたのだ!」
湯けむりの中、俺はシュノーケルを装着し、静かに潜った。
──湯の底。俺は水面の揺らぎ越しに、のぞみの姿を確認した。
「ひよりちゃん〜、こっちの岩のとこ座ろ〜」
その“岩”──俺の顔面のすぐ上だった。
のぞみの足音が、湯の縁を踏みしめる音に変わる。
そして──
「ふぅ〜、あったか〜い……」
ズズッ、と湯の中に沈み込む気配。
俺はシュノーケル越しに、のぞみの動きを必死に追った。
──その瞬間。
のぞみの腰が、俺の額にふわりと触れた。
(……っ!?)
柔らかい。
でも、岩のような重みではない。
むしろ、浴衣の下に隠れていた“人間の丸み”が、俺の顔面にそっと乗った。
(これは……おしり……!?)
俺は息を止めた。
いや、シュノーケルだから止めなくてもいいんだけど、止めた。
のぞみは気づいていない。
完全に“岩”だと思っているらしい。
「ひより〜、ここ座るとちょうどいいね〜」
(ちょうどよくない!俺の顔面だぞ!)
のぞみが湯の中で体勢を変えた。
その拍子に、俺の鼻先に、ふわりと何かが触れた。
──胸だ!
(……っ!)
(柔らかい……でも、控えめな丸み。これは……Aカップ……いや、今そんなこと考えてる場合じゃない!)
のぞみは、まったく気づいていない。
俺は湯の底で、シュノーケル越しに必死に実況していた。
(この状況、どう考えてもアウトだろ……!)
のぞみが足を伸ばした。
その足が──
バシャッ!
俺の顔面に直撃した。
(ぐふっ……!)
湯の中で声を出すわけにもいかず、俺は衝撃に耐えた。
のぞみは「この岩、ちょっとゴツゴツしてる〜」と笑っていた。
(ゴツゴツしてるのは俺の頬骨だ!)
──俺は、ただただ耐えた。
この“不可抗力”の嵐を、シュノーケル一本で乗り切るしかなかった。
──のぞみの足が俺の顔面を直撃した衝撃が、まだ頬に残っている。
だが、それ以上に、その後の彼女の言葉が胸に残っていた。
「……でも、なんか、あいつのこと……気づくと目で追ってるんだよね」
(……え?)
湯の底。
水音と湯けむりの向こうで、のぞみの声がふわりと届く。
(今、なんて……?)
のぞみは、ひよりに向かってぽつりと続けた。
「なんかさ、あいつって、バカだけど……でも、ちゃんと人のこと見てるとこあるじゃん?」
ひよりはポッキーをくわえたまま、こくんと頷いた。
「この前もさ、私がちょっと落ち込んでたとき、何も聞かずにアイスくれたの。しかも、私の好きなやつ」
のぞみは、湯に肩まで浸かりながら、ぽつりと笑った。
「……あれ、たぶん偶然なんだけどね。でも、なんか嬉しかったんだよね」
(……)
俺は湯の底で、シュノーケル越しにその言葉を聞いていた。
心臓が、さっきよりもはっきりと跳ねた。
(のぞみ……)
のぞみがそんなふうに思ってくれてたなんて、知らなかった。
いや、気づこうとしてなかっただけかもしれない。
──でも、今は出られない。
この状況で顔を出したら、すべてが終わる。
俺は、湯の底でじっと息を潜めた。
それから──
のぞみとひよりが湯から上がる気配がした。
バシャッという水音と、タオルを巻く気配。
そして、のぞみの声。
「ひよりちゃんも明日帰るのいや?もっと長くいたいよね」
「んんんんー……」
二人の足音が遠ざかっていく。
(……よし、今だ)
俺はそっと湯の中から顔を出そうと──
しかし──
「露天、気持ちよさそう〜!」
(……うそだろ。今度こそ脱出できると思ったのに。神様、俺に何か恨みでも?)
今度は、澪の声だった。
次回予告
格闘技で迂闊の顔面崩壊?
返事は書かれていた!?
逆セクハラで迂闊の青春、完全沈没!
次回、「格闘技と身バレの危機と、遅すぎた返事の真相」
迂闊はホントにツイてない!




