第50話:唐揚げと笑顔と、見えない誰か
※迂闊視点
──夕食バイキング会場は、浴衣と宿泊客の喧騒でいっぱいだった。
「げっ、唐揚げ、小さいのあと3個しかないよー!」
のぞみががっかりした様子でもらす。
ひよりは無言でポッキーをくわえたまま、トングを見つめている。
るいが「ひよりちゃんのポッキー、45度だから……こうですか?」と言って、唐揚げを一つだけひよりの皿に乗せた。
ひよりはポッキーを水平に戻した。たぶんちょっと不満。
「ひより、俺の大きいからあげいるか?」
「んんんん♪」
ポッキー語を解読した俺は、すでに皿によそっていた唐揚げ一つをひよりの皿に乗せる。
「兄妹っていいな〜」
とのぞみ。
「兄弟……便利ですね」
と北斗。
「便利って言うな」
その瞬間、横からるいの視線を感じた。
「……迂闊さん、今日はあまり食べないんですね」
敬語。だけど、声が冷たい。
俺は一瞬、返事に迷った。
「いや、まあ……普通かな」
「そうですか」
るいはそれ以上何も言わず、ひよりのポッキーを見ていた。
斜め45度。興味あり。
──るいとは、一か月くらい前に出会ったばかりで、まだそんなに話す間柄でもない。
でも、あの冷たさはなんなんだ。
俺、何かしたか?
……いや、するわけない。
でも、あの目、なんか刺さる。
「写真撮ろうよ!浴衣で!」
のぞみがスマホを構えて、みんなを呼び寄せる。
俺も笑って応じた。
でも──フレームの端に、澪の姿はなかった。
「ねえ、迂闊……さっきからちょっとぼんやりしてない?」
のぞみが俺の顔を上目遣いで覗き込む。
「いや、なんでもない」
俺は笑ってみせたけど、目線は料理の向こうを探していた。
──澪、来てないのかな。
いや、別に探してるわけじゃ……
「……」
るいが、また俺の方をちらっと見た。
「迂闊さん……さっきから、何か探してるんですか?」
まただ──
言葉の奥に“詰問”みたいなものを感じた。
「いや、ちょっと考えごと」
「へぇ」
るいはそれ以上何も言わず、ひよりのポッキーを見ていた。
今度は垂直。ひよりは満足らしい。
──なんなんだよ、ほんとに。
俺、るいに何かしたか?
思い当たることは……ないはずだ。
でも……るいの態度、なんか刺さるんだよな。
俺は、残った小さな唐揚げを一つ皿に乗せた。
さっき、ロビーで再会した澪の顔が、ふと頭に浮かぶ。
「ま、今夜は楽しもうよ。明日の午後には帰っちゃうんだし」
のぞみが笑って言った。
「……ああ」
俺は返事をしたけど、声が少しだけ遅れた。
──料理を取りながら、ふと視線の先に澪の後ろ姿が見えた気がした。
でも、すぐに見失った。
気のせいかもしれない。
でも、気のせいじゃなかったら──なんて、考えてしまう自分がいた。
俺は無意識のうちにスマホを手に取って、澪の名前を打ちかけて──消す。
「……また、あとで」
俺が言った言葉が、胸の奥で反響していた。
そして夕食の終盤──
のぞみがまた余計なことを言い出した。
「ねえ、みんな。ゲームしようよ。じゃんけんで負けた人の席に細工して、何が変わったか当てるやつ!」
「唐揚げが消えてたら、俺は泣くぞ」
そして──
俺はつくづく運がない。
「残念〜!迂闊の負けだね!」
「へいへい、わかりましたよ」
俺は渋々、目をつぶった。
その間に、のぞみ・ひより・るい・北斗が俺の席の何かをいじっている気配がする。
「迂闊、いいよ〜!」
──俺は目を開けて、細工を探す。
でも、わからない。皿も箸も椅子も……全部、俺の記憶通り。
そのとき、急にトイレに行きたくなった。
「ちょっとトイレ。お前ら、俺がいない間にまた細工しそうだし──
全員、席離れて!」
「えー?なんで命令口調〜?」
のぞみが笑いながらそう言うが、
結局みんな渋々俺にしたがってくれた。
それから俺はトイレへ──
そしてしばらくして戻ってきたとき、テーブルには誰もいなかった。
「みんなまだ戻ってないのか。
まあいいや、今のうちに探すか」
箸の向き?椅子の高さ?唐揚げの数?……違う。どれも妙に違う気がするが……俺の気のせいか?
俺は自分の料理に手を伸ばした。
一口食べて──あっ、わかった!
「これ、俺がよそった唐揚げじゃない!七味かけてたのに、これにはかかってない!俺の勝ちだ!」
ドヤ顔でスマホを取り出し、のぞみに電話する。
「俺、細工見破ったぞ。唐揚げが違う!
……俺の観察力、天才か?」
「はぁ?……迂闊の分際でなに自惚れたこと言ってんのよ。
みんなテーブル戻ってるけど、迂闊いまどこ?」
「……は?」
その瞬間、背中をトントンと叩かれた。
振り向くと、見知らぬ若い女性宿泊客が困った顔で立っていた。
「すみません……そこ、私たちの席なんですけど……」
のぞみが駆け寄ってきた。
「迂闊、こんなところで何やってるの?」
「へ……!?」
俺はその瞬間、すべてを理解した。
「嘘……」
テーブル、間違えた。
「すみませんでしたああああああ!」
誰も頼んでないのに、俺は反射的にスライディング土下座した。
俺、なんでこんな人生なんだ……。
間違えたテーブルの宿泊客の女性たちは、みんな後ろを向いてクスクス笑いを堪えている。
そして、のぞみたち四人はもちろん、隠すことなく腹を抱えて堂々と笑う。
北斗は、笑いながらも静かに言った。
「他所の宿泊客の唐揚げを食べて勝利宣言して土下座。なかなか波乱の人生ですね」
るいは、唐揚げを一つ見つめながら言った。
「……迂闊さんの記憶力と空間認識、幼稚園児レベルから改善の余地がありますね」
「ぷっ、北斗くん・るいくんの冷笑コンビ、容赦なさすぎ!」
のぞみが吹き出す。
「んんんんー♪」
ひよりはポッキーをくわえたまま、満足げにうなった。
「不幸だー!」
俺は叫んだ。
次回予告
るいが女装で潜入、迂闊の顔面が岩扱い!?
湯けむりの中でのぞみの本心が炸裂!
次回、「潜入任務と、のぞみの本心と、迂闊の青春が湯に沈んだ」
青春は今日も不可抗力!




