第5話:恋は回送列車……じゃない?
放課後。
のぞみは、教室の窓際で夕焼けを見ていた。
「今日の感情ダイヤは、乱れたまま。復旧見込み、未定……」
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
昨日の“赤井駅”のドキドキが、まだ心のどこかで反響している。
(昨日の“赤井駅”……あれは、完全に信号トラブルだった。
でも……あの褒め方、各駅じゃなくて、特急だった気がする)
そこへ、迂闊がやってくる。
「のぞみ、今日も帰り一緒にいいか?」
「……うん。いいよ」
ふたりは並んで歩き、駅へ向かう。
夕焼けが、ホームをオレンジ色に染めていた。
電車を待つ間、迂闊がぽつりとつぶやく。
「なあ、のぞみ。俺、知りたいんだけどさ……
時刻表って、書き換えられるもんなの?」
「え?」
「いや、俺の人生、ずっと遅刻ばっかでさ。
でも、お前と一緒にいると、なんか……ちゃんと乗りたいって思うんだよな。
だから——俺、ちょっとずつでも、ダイヤ変えてみようかなって」
のぞみの心拍数が跳ねる。
胸の奥が、また小さく震えた。
——“遅れ”という言葉に反応する場所が、今は違う理由で揺れている。
(こいつ……私の感情ダイヤに、勝手に停車してくる。
でも……それって、もしかして……)
「し……しゅ……」
※しゅき(好き)ってこと?
と言おうとしてかんだ。
「ん?」
「しゅ……しゅんとしただけだから!
別に何か言いかけたわけじゃないし!
信号、赤だから!踏切、鳴ってるだけだから!」
迂闊は笑って言う。
「あははは!
ほっんと、のぞみ、おまえって面白いよな。
じゃあ、俺、遮断機の向こうで待ってるわ。
のぞみが通過するまで、ちゃんと見送るから」
「……迂闊くん、なんでそういうことだけ詩的なのよ……」
「え、俺、詩的だった?それマジ?
じゃあ次は“感情の乗り継ぎ案内”とか言ってみようか?」
「やめてよ。私の感情、乗り継ぎミスで迷子になるから」
「じゃあ、俺が駅員やるわ。
『次は“好きかも”駅〜』って案内する」
「やめてってば!その駅、まだ開業してない!」
「じゃあ、仮駅でいいじゃん。プレ開業。試運転中」
(ぐぬぬ……迂闊のくせに、言葉の乗り換えだけはスムーズなのなんか腹立つわ……)
「迂闊くん、それ……褒めてる?それとも積載オーバー?」
「……どっちでもない。運行妨害」
「ちょっと迂闊くん!
お尻とお腹抑えながらモゾモゾしながら言わないでよ!」
はははははは!
ふたりは笑いながら、電車に乗り込む。
車内は空いていて、並んで座る。
迂闊が窓の外を見ながら言う。
「なあ、のぞみ。俺さ……お前の話を聞いてると、電車って、ただの乗り物じゃないんだなって思う」
「……うん。私にとっては、記憶の保存装置みたいなものだから」
「保存装置?」
「うん。お母さんが亡くなる前、毎日“のぞみダイヤ”って手書きの時刻表作ってくれてたの。
起きる時間、食べる時間、遊ぶ時間……全部、私が書き込んで遊んだっけ」
その記憶を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。
でも、今はその痛みが“懐かしさ”に近い。
「……それ、めっちゃいいじゃん。
俺なんて、朝起きる時間、毎日“未定”だったぞ」
「それはただのうっ……運行放棄!」
「あはは、まだ意識してやんの!!」
「うっさい!」
のぞみはぷいっと顔をそむけたが、耳の先がほんのり赤い。
強がりの裏に、照れと、少しの嬉しさが滲んでいた。
少し笑いすぎた空気が落ち着いて、ふたりの間にふわりと静けさが戻る。
脱線した会話を、迂闊がそっと本筋へと引き戻した。
「でもさ、今は違う。
お前と一緒にいると、なんか……ちゃんと乗りたいって思うんだよな」
のぞみは、窓の外の夕焼けを見ながら、そっと言う。
「……私も、最近ちょっとだけ……
“定刻外”の景色、悪くないなって思えてきた」
定刻外の景色も、案外悪くない──
そんな考えが胸をかすめたのは、初めてだった。
胸の奥の“影”が、ほんの少しだけ形を変える。
——まだ発車はしない。
でも、次の停車駅を探す旅は始まっている。
(感情の回送列車は、ゆっくりと……方向転換中)
【今週の鉄道豆知識】仮駅とプレ開業って?
今回出てきた「仮駅」や「プレ開業」って、聞き慣れない言葉だよね。
これは新しい路線や駅が正式にオープンするまでの、いわば「お試し期間」のことなんだ。
仮駅は、新しい駅が完成するまでの間に、一時的に設置される駅舎やホームのこと。
プレ開業は、一部区間だけを先に開通させて、本格的な運行を始める前に様子を見ること。
どちらも、鉄道がより安全で便利になるために、欠かせない準備なんだよ。
これで、君も立派な「鉄」だね! ではまた次回!
次回予告
次回、「乗車率120%の感情暴走」
のぞみの“こじらせ鉄道脳”が、ついに混雑警報発令!?
迂闊との距離が縮まりすぎて、感情の車内アナウンスが止まらない!




