第49話:期待の花と、言えないままの理由
※澪視点
──部屋に戻った瞬間、空気が少しだけ静かになった。
私は、枕元に置いたままのノートをそっと手に取る。
ページはまだ開けていない。
でも、表紙に挟んだ“期待”の花が、少しだけずれていた。
夕食前、ロビーで迂闊くんと再会した。
「期待っていう花言葉なんだって」──そう自分で言ったときの声が、まだ耳に残ってる。
でも、私はまだその“期待”が何を指しているかを知らない。
期待って、なんのことだろう。
待つこと? 信じること? それとも、傷つくこと?
──あの日、冬空の下で待っていた私の気持ちは、期待だったのかな。
それとも、ただの独りよがりだったのかな。
ノートを開こうとして、指先が止まる。
ページの間に、あの日の押し花がまだ挟まっている。
“この恋に気づいて”──その花言葉も、まだ胸の奥でくすぶっている。
夕食のバイキングの時。
私は、料理を取りながら、何度も周囲を見渡していた。
そして──見つけてしまった。
迂闊くん。
クラスメイトらしき人たち数人と笑い合っていて、
そんな彼の隣には、仲良さそうな女の子がいた。
二人は楽しそうに話していて、距離も近くて──
迂闊くん、クラスメイトって言ってたし……。
でも、ほんとにそうかな?
胸の奥が、少しだけざわついた。
「ねえ、澪ちゃん?」
「……」
「澪ちゃんってば!」
「ご、ごめん……ちょっと考えごと」
「大丈夫?澪ちゃん、バイキングのときもなんか挙動不審だったよね」
きららが浴衣のまま、ベッドにダイブしながら言った。
「……そうだった?」
私はノートを閉じて、そっと枕元に戻した。
「うん。料理取りながら、ずっと周り見てたし」
「あと、唐揚げのトング持ったまま、5秒くらい止まってた」
さつきが笑いながら、髪をほどき始める。
「……気のせいじゃない?」
私は、少しだけ笑ってみせた。
でも、目元は動かなかった。
「誰か探してた?」
きららが、枕に顔を埋めながら聞いてくる。
「……ちょっとだけ、ね」
──見つけたくなかったのに、目が勝手に探してた。
そんな自分が、少しだけ嫌だった。
私は、ノートの表紙を指先でなぞった。
花の輪郭をなぞるように、そっと。
──迂闊くんは、私に「また、あとで」と言った。
その言葉が、胸の奥で何度も反響している。
“また”って、ほんとに来るのかな。
“あとで”って、いつなんだろう。
「そうそう、澪ちゃん聞いて〜!私、売店のおばちゃんから“嫁割”の続きあるって言われたんだよ」
きららが溜息をつきながら立ち上がる。
「……嫁割って、何割引なの?」
「澪、それがさ〜、売店のおばちゃん、きららを自分の息子の嫁にどうかって狙ってたらしい。
傑作だろ。」
さつきらしく真顔で答える。
「え、嫁割の意味ってそっちー?」
──私は、少しだけ笑った。
でも、心の中ではまだ、彼の“また、あとで”が揺れていた。
次回予告
次回は後半コメディ回。
ポッキー語で通じ合う兄妹、唐揚げ争奪戦の裏で迂闊の視線は“あの子”へ!
次回、「唐揚げと笑顔と、見えない誰か」
るいの冷たい敬語が刺さる夜──迂闊の中で、あの言葉がよみがえる。




