第47話:澪のスリッパと押し花の裏側 ※澪視点
※第47話は再び澪視点になります。
──私が部屋に戻った瞬間、空気が変わった。
「ねえ澪ちゃん、
スリッパにふんどし絡まってるんだけど。
しかも誰かの使用済みっぽいし…え、何が起きてんの?」
きららが、浴衣姿で鏡の前から振り返るなり、声を上げた。
「……ごめん、ちょっと考えごとしてて」
私はぼんやりしたまま、真顔で答えた。
「いやいや、まず気づこうよ。
考えごとしてたって、どうやったらふんどし引きずってくるの?」
さつきがすかさずツッコむ。テンポが完全に漫才モード。
「てかさ、ふんどしの後ろにも何か連なってるんだけど……って、出たよ、バニーガール。
澪が引きずってきたのも意味わかんないけど、
そもそもこの旅館にバニーガールの衣装着る人いないでしょ?」
きららが困惑しながら言う。状況が謎すぎる。
「……え、これも私が引きずってきたの?」
足元を見て、ようやく気づく。
「ちょっと待って。“私が引きずってきたの?”って、
それ冷蔵庫のプリン誰の?って聞くときのテンションじゃないからね」
さつきのツッコミがさらに跳ねる。
「ねえ、あれ……そのうしろのやつ何?」
きららが私の背後を指差す。声が少し震えてる。
「あ、重いと思ったら、それだったんだ」
振り返って、ようやく気づく。
「それだったんだ、じゃないって。
……それ、ア○パンマンの胴体じゃない?」
さつきが言った瞬間、三人で恐る恐る確認する。
そして──
「ギャーーー!!」
部屋中に阿鼻叫喚が響いた。
そして、笑った。
もちろん──私も。
でも、私だけ少しだけタイミングを外していた。
声も、いつもより少しだけ小さかった。
口元は笑っていたけど、目元は動かなかった。
誰にも気づかれないように、座布団の上にそっと座った。
ノートはまだ手元にある。ページは閉じたまま。
「澪、なんかあった?」
さつきが、浴衣の裾をまくりながら真顔になる。
「いや……別に……」
私は、畳の目を指でなぞった。
その指先は、少しだけ力が入っていた。
「何? 人間? 幽霊?…… “元カレ”?」
きららが無邪気に言ったその一言で、私は一瞬だけ笑うのを忘れた。
口元はそのままなのに、目線が止まった。
目元だけが、ほんの少しだけ動いた。
「きらら、それ全部“ちょっとだけ”じゃ済まないやつだから」
さつきが、少しだけ声のトーンを落として言った。
「いまの澪ちゃん、顔が“ヒキガエル”のときよりシュールになってるよ」
「あのとき私……そんな難しい顔してたっけ?」
「うん、湿地帯で保湿した感じ」
「それ、私のことディスってるよね?」
──それから、私は彼と再会した時の言葉にできない感情を、
押し花のページにそっと閉じ込めた。
「……お風呂、先入ってきていいよ」
私はそう言って、ノートをそっと枕元に置いた。
さつきときららは顔を見合わせて、
「じゃあ、澪ガエルの喉が“乾燥”しないうちに行ってくるか」
と笑った。
──部屋に静けさが戻る。
私はノートを開けないまま、
押し花の表紙を見つめていた。
──“この恋に気づいて”──
その花言葉が、胸の奥でまた震えた。
次回予告
澪のノートに挟まれた“期待”の花が、再会の余韻を揺らす。
言えなかった言葉が、胸の奥で静かにくすぶる。
次回、「止まった時間と、言えない言葉」
しかし……“期待”の意味を、澪自身もまだ知らない。




