第46話:缶の音と、止まった時間
※再び迂闊たちの三人称視点に戻ります。
越後湯沢駅の改札を抜けると、あたり一面が雪に覆われていた。
空気は澄んでいて、肌に触れると少し痛いくらいに冷たい。
駅前ロータリーには送迎バスが並び、案内係の制服が風に揺れている。
迂闊は、のぞみ・ひより・北斗・るいとともに、
エンゼルグランニア越後中里行きの無料送迎バスに乗り込んだ。
車内にはスキー場の案内や観光パンフレットがぎっしりと差し込まれていて、
窓の外には雪をかぶった山肌と、川沿いの細い道が続いていた。
「ねえ、あと何分で着くの?」
のぞみが運転席の方に声をかける。
運転手が「15分くらいですが、雪の影響で前後するかもしれませんね」と答えると、
のぞみはスマホを取り出して、「じゃあ着いたら、みんなで写メ撮ろうね!」と宣言した。
──そして、エンゼルグランニア越後中里に到着。
玄関前の広場には石畳が敷かれ、両脇に白いベンチと植え込みが並んでいる。
建物はリゾートホテルらしい曲線のある外観で、
ガラス張りのエントランスからは、ロビーの照明が柔らかく漏れていた。
のぞみは、玄関前の看板の前で「はい、ここで撮るよ!」と叫んだ。
「もうちょい右! 北斗、顔が暗い! はるい、笑って!」
まるで映画監督のように何度も撮り直しを要求するのぞみに、
迂闊は「もう11枚目だぞ……」と小声でつぶやいた。
撮影が終わると、全員でロビーに入り、チェックインを済ませる。
ロビーは広く、左手にフロントカウンター、右手にラウンジスペース。
奥には売店と自販機コーナーがあり、さらに奥にエレベーターが並んでいる。
男女それぞれ和室二部屋に分かれて荷物を置いたあと、夕食のバイキングまで自由行動となった。
「私とひよりちゃん、浴衣に着替えてくるね〜」
のぞみとひよりが部屋に戻ると、男性陣と女性陣で自然と別行動に。
「この後もしよろしければ、僕たち三人で館内をちょっと見て回りませんか?」
北斗が提案すると、るいが「わかりました。露天風呂の場所だけ確認したいですので……」と乗ってくる。
「俺はパス。ちょっと疲れたから……」
迂闊は断った。
部屋に一人残った迂闊は、電車の中で聞こえた女性の言葉を思い出す。
『私、ずっと待ってたんだよ。
ねえ、なんであの時、ちゃんと言ってくれなかったの?』
その声は、記憶の底から泡のように浮かび上がり、迂闊の意識に再び触れた。
(だから、あんた、だれだよ?)
『そうやってごまかさないで……。
まさか忘れたなんて言わせないよ。私は──』
──それから。
スマホの充電コードを忘れていたことを思い出し、フロントに借りに行くことにした。
カウンターでコードを借りたあと、
迂闊はロビーの奥、自販機コーナーへと足を向ける。
自販機は3台並んでいて、ジュース・お茶・コーヒーがそれぞれ別の機種に分かれていた。
迂闊は缶コーヒーのボタンを押す。
「ガコン」という音とともに、缶が落ちる。
その音が、なぜか妙に響いた気がした。
缶を取り出し、後ろを振り返る。
──そこに、彼女がいた。
浴衣姿で、静かなソファに腰を下ろしている。
ノートを開いて、何かを見つめている。
澪だった。
彼女が顔を上げ、立ち上がる。
その目が、迂闊を見た瞬間──
時間が、ほんの少しだけ止まった気がした。
次回予告
澪が部屋に戻った瞬間、空気が一変する。
騒がしい友人たちの声の中で、澪だけが少しだけ静かだった。
次回、「澪のスリッパと押し花の裏側」
そして──笑いの渦の裏で、澪の胸に揺れたものとは。




