第41話 :駅弁と鉄オタと、食の悲劇
──大宮駅を出発した車両は、ゆるやかに加速しながら高崎方面へと滑り出す。
車内はほどよく空いていて、五人は並んで座っていた。
のぞみはスマホをいじっていたが、突然パッと顔を上げた。
「さて!ここからは、私こと・のぞみ先生による駅弁講座を始めます!」
「……誰が頼んだ」
迂闊が即座にツッコむ。
「いやいや、これは鉄道旅の醍醐味でしょ?
駅弁を語らずして旅は語れないの!
わかった?」
「語らなくていいから、普通に食わせてくれ……」
「まずは高崎駅の名物、峠の釜めし!昭和33年から続く伝統の味で──」
「まだ高崎着いてないよな?」
「予習だよ予習!容器は益子焼でできてて、食べ終わったあと小物入れにする人もいるの!」
「……ひよりのバッグに入ってたやつ、それか」
と迂闊。
ひよりはポッキーの袋を抱えたまま、「んんん」とのぞみに向かってポッキー語で返事する。
「……3つある──そうよ」
「3つ!? 何入れてんだ!?」
「ポッキー……チュッパチャプス……スルメ」
「お菓子専用かよ!」
北斗は微笑みながら、のぞみに質問を投げる。
「他におすすめの駅弁はありますか?」
「もちろん!水上駅の『SL弁当』!蒸気機関車の形の容器に入ってて、見た目が最高だよ!」
「……味は?」
「見た目が最高!」
「北斗は味の話聞いてるだろ!」
るいは黙って聞いていたが、ふと呟いた。
「……のぞみさん、駅弁の容器、全部取ってあるんですか?」
「もちろん!家に棚があるよ。台車の写真と並べて飾ってる!」
「……こいつの部屋、博物館かよ」
迂闊がまたツッコむと、のぞみは満面の笑みで言った。
「違うよ!“のぞみ資料館”だよ!」
「自分で命名してるのが一番怖いわ!」
──しばらくして、迂闊が何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、のぞみ。前にこんなことあったよな?」
──日曜の午後、高校近くのイオンのフードコート。
模試帰りののぞみと迂闊が、トレーを手に席を探していた。
のぞみ(ハンバーグを見つめてうっとり)
「このデミグラスの深み……やっぱ“俺のフレンチ”って違うわ〜。
銀座の味が、ここにあるって感じ!」
──そこへ、クラスメイトの女友達・まひるが偶然通りかかる。
「あれ?のぞみじゃん。模試帰り?……って、何食べてんの?」
「これ、“俺のフレンチ”のハンバーグ!
肉汁がジュワッて出てくるの!
銀座の味が、フードコートに降臨したって感じ!」
──まひる、のぞみのトレーをじっと見て、静かに一言。
「……ねえ、のぞみ?それ、“俺のハンバーグ亭”と“俺のフレンチ”間違えてない?
それに……今食べれるそれ、元は冷凍だよ(笑)」
──のぞみはフォークを止めて固まる。
そして、顔が真っ赤に染まった。
「……うっさい!」
──バシッ!
「なんで俺!?」
フードコートに響く笑い声。
のぞみの“銀座ランチ”は、冷凍庫の夢とともに崩れ落ちた。
──意識を車内に戻すと、ひよりが迂闊の袖を引いていた。
「どうした、ひより?」
ひよりが「んんんん」と、ポッキー語で迂闊に話をふる。
「そういや、ひよりがこの前出してくれたあの干し肉……味は独特だったけど、あれ、美味かったぜ!」
──ガッツポーズを決める迂闊。
ひよりはポッキーをくわえたまま、無言で首を傾げる。
「……それ、友達が飼ってる蛇のエサだよ。カエルの肉──だって」(のぞみが通訳)
「……は?」
「後で友達のところに持っていこうと思って置いてたの。
お兄のテーブルの上に。
そしたら、お兄が“うまいうまい!”って勝手にバリバリ食べてた」
(のぞみが通訳)
「ちょ、待て待て待て!俺、蛇のディナーを横取りしてたの!?」
のぞみとひよりが揃って笑う。
北斗は真顔で言った。
「……カエル肉は高タンパクですが、ヒト向けではないのは健康に少々不安がありますね」
車内は爆笑とツッコミの嵐。
迂闊の尊厳は、蛇のエサに打ち砕かれた。
──その頃、車窓の外では、田園風景が広がっていた。
列車は、静かに高崎へ向かっている。
笑い声と駅弁のうんちくが、車内に心地よく響いていた。
次は、高崎駅(高崎線)──。
次回予告
高崎駅のホーム。
迂闊の視線が通過列車に吸い込まれる──
窓の向こうに見えた“誰か”が、記憶の奥をざわつかせる。
次回「通過列車と静かな歪み」
止まった風、揺れる心──迂闊の過去が、静かに動き出す。




