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第40話:見かけは残念でも中は甘いモノ

「なあ……るい、さっきからずっと俺に冷たくないか?俺、なんかしたか?」


るいは、ゆっくりと顔を向けた。


その目は、真っ直ぐに、静かに迂闊を見ていた。


連結部の揺れだけが、二人の間の張り詰めた空気を揺らしている。


「迂闊さん……あなた、お姉ちゃんのことを知っていますよね?」


──その一言で、迂闊の心臓が激しく跳ねた。まるで、急ブレーキがかかったかのように。



「え……?」


るいは、それ以上何も言わない。

迂闊は、言葉を探す。

(こいつの言う「お姉ちゃん」──誰のことだ?

いいや……本当はわかってる……けど)

でも、なぜか言葉が引っかかる。

記憶の底に、澪の笑顔が浮かぶ。


──その時だった。


──迂闊とるいが席に戻ると、のぞみがポッキーの箱を開けていた。


「今からポッキータイムにするね。

るいくんはイチゴ味ね、ひよりちゃんはチョコ? 北斗くんは抹茶ね。私はホワイト。そして……」


のぞみは箱を覗き込んで、白々しく固まった。


「……あれー?いっけなーい!

私ってば、このポッキー・4袋入りだから一人分足りないんだった……」


「え?俺の分は?」


「ごめん迂闊……代わりにこれ」


「なんだよ、これ?」


「普通にキャンディよ……」


「そうだけど違うわ!“鼻くそ”ってデカデカと書いてる時点で普通のと絶対違うだろ!」


「仕方ないじゃない……。

ポッキーが足りない時のために予備で買っておいたのよ」


「絶対違う!“これ、俺に渡したらウケる”って思ってわざわざドンキまで買いに行っただろ!」



ひよりは無言でチョコ味をくわえたまま、そんな兄を見つめていた。

その目は、慈悲と哀れみのハイブリッド。


北斗は真顔で言った。


「……鼻くそキャンディ、初めて見ました。

珍味らしいですね」


「俺の尊厳を“珍味”で表現すんな!」



──ポッキータイムが一段落した頃、のぞみが突然立ち上がった。


「ねえねえ、みんな!せっかくだし、今から“迂闊の黒歴史”でも語ろっか!」


「やめろ!俺の尊厳がポッキーより細くなる!」


「しー!迂闊くん。乗客の中には心臓の悪い方や仮眠をとってる方もいるかもしれないんです。

停車駅のアナウンスの妨げにもなりますし、電車の中で大きな声を出すと他の乗客に迷惑になりますよ」


「あ、悪い」


「じゃあまずは“駅前現地集合事件”からいくね!」


「やめろって言っ……」


のぞみはスマホを取り出し、迂闊の声を真似て実況モードで語り始めた。


「ある日の郊外学習、集合は駅前。オレは見事に寝坊してギリギリ到着!でも焦りすぎて──」


「……バス、間違えたんだよ……悪いかよ」


「違う学校の郊外学習バスに乗っちゃった。しかも、車内で“あれ?制服違うな?”って普通は気づくものを失敬失敬」


「俺の制服のエレガントな着こなしが眩しすぎて、周囲が霞んでたんだよ……」


「それからオレ、隣の学校の先生に“君、どこから来たの?”って聞かれて、“……魔界からです”って答えたんだよね!」


「そ、それは……動揺してたんだよ!俺の……呪われた右手と魔眼が、そう、こんなふうに疼き出したんだ!」


ひよりはまるで、可哀想なものでも見るかのように哀れんだ表情で、無言で兄・迂闊にポッキーを差し出した。


迂闊はそれを受け取りながら、そっと目を伏せる。


北斗は真顔で言った。


「う〜ん。それは……自己陶酔型中ニ疾患の疑いがありそうですね──もう診察には行かれたんですか……?」


「お願い!そうやって真面目に受け取るのやめて!俺、余計に悲しくなるから!」



──のぞみはさらにテンションを上げつつ声量を絞る。


「じゃあ次!“文化祭プリキュア事件”いきまーす!」


「それはマジでやめろ!俺の青春が爆音で流れる!」


「文化祭実行委員だった迂闊くん、教室でスライドショーを流そうとしたんだけど──」


「……ひよりのノートパソコン借りたせいなんだよ……」


「で、まさかの“プリキュアの変身シーン”が爆音再生!しかもスピーカー接続済み!

教室が一瞬で“キュア・カオス”に……なったんだよね?

スライドのタイトルが“青春の軌跡”だったのに、流れたのが“キラキラ☆プリキュアアラモード”!」


「担任の先生、赤面して後ろを向き、肩を震わせて笑いを堪えていましたよね?」


「そうそう、北斗くんよく覚えてるね。

そして、クラスメートたちは口々に叫んでた。こんなふうに……」


「キュア迂闊の爆誕じゃん!」


「だー! のぞみ、それ以上はやめろ!」


「迂闊の青春の軌跡、キラキラしすぎ!」

「次回予告はキラッキラな変身バンクで遅刻ってか?」


「ったく仕方ねえだろ……俺の青春の軌跡がキラキラしすぎてんだよ!」



それから──迂闊は言った。

「……あれって、確かひよりが幼稚園のときに観てたやつじゃ……」


「ひよりちゃん、そうなの?」

のぞみが聞く。


「んんんんんんー!」

ひよりは激しく首を振る。


「ひよりちゃん……知らないってよ」


「ひより嘘つけー!その満面のしてやったり顔!絶対俺をハメにきてるだろ!」


北斗はひよりにもらったポッキーをかじりながら呟いた。


「……やっぱり、迂闊くんの黒歴史を聞きながら食べるポッキーは格別ですね」


「なんで俺の失敗が北斗のポッキーの調味料にされてんだよ!」



──車内は声を殺しつつも爆笑とツッコミの嵐。

迂闊の尊厳は、鼻くそキャンディの袋の隅で震えていた。



それから──

るいはイチゴ味のポッキーを手に取ったまま、何も言わずに窓の外を見ていた。


迂闊は、キャンディをほうばりながら、るいの横顔をちらりと見た。


(“お姉ちゃん”──澪。

るいが澪の弟だって、確かに言われてみれば……)


でも、言葉にはできない。

何かが、まだ繋がっていない気がする。


いつも間にか同じ号車内の乗客がのぞみ達だけに。

──車窓の外では、川口の街並みが流れていた。

ビルの隙間から、秋の空がちらりと見える。


「あと三駅で大宮だよー!」

のぞみがテンション高く言う。


「……のぞみ、駅数でテンション上がるのやめろ」


「だって、大宮は“鉄道の交差点”だよ?ワクワクするじゃん!」


「俺は荷物の重さでテンション下がってるけどな……」


「青春は重い方が味があるの!」


「名言っぽく言うな!」



──笑い声が車内に広がる。

でも、迂闊の心には、るいの問いが、まだ静かに残っていた。


──その時、るいが迂闊にポツリと呟いた。


「……そのキャンディ、似合ってますよ」


「は?」


「迂闊さん、見かけは残念なのに……人には甘そうだから」


──迂闊は、何も言えずにキャンディの袋に目線を逃した。

るいの声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


──列車は、大宮駅へ向かっていた。

笑いと沈黙が、交互に揺れる車内で。



次回予告

高崎へ向かう車内で、のぞみが駅弁講座を熱弁!

……のはずが、話題はのぞみの恥ずかしい過去”へ急転直下!?

次回「駅弁と鉄オタと、食の悲劇」

顔真っ赤&理不尽ビンタ炸裂!迂闊の尊厳は今日もフードコートに沈む──!

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