第28話:あと一枚、誰乗せる?
昼休みの教室。
のぞみは、窓際の席で時刻表を開いたまま、ペンをくるくる回していた。
その視線は、前の席に座る迂闊の後頭部に向いている。
「ねえ、迂闊? 今日の放課後、うち来……って」
「んん?」
迂闊は、シャープペンシルを口にくわえたまま振り返る。
「うわっ、汚っ! シャーペン口に咥えて喋るな!」
「いや、これが俺の全集中モードなんだけど?」
「そうやって、バイキンという名の鬼と戦うの止めーい!」
「はいはい、わかったわかった。で、何すんの?」
「旅の話。迂闊、あんただけじゃなくて……北斗くんも一緒にいい?」
北斗は、隣の席で静かに本を閉じる。
「旅……ですか?」
迂闊は、のぞみの顔を見て、口元を緩める。
「なるほど。じゃあ、鉄道ブログ案件だな」
「違うってば。青春18きっぷ、親からもらったの。未使用の5回分」
「……マジで? それ、ガチ旅じゃん」
「でしょ? だから、誰を乗せるか決めたいの。私以外であと四枚空いてるから」
迂闊は、机に肘をついてのぞみを見上げる。
「のぞみが行くなら、俺も乗るよ」
「あんたね、切符分けてもらう分際で、なんでそんな上から目線なのよ?」
「旅の重い荷物とか、のぞみ一人じゃ大変だろ?
心配しちゃ悪いかよ」
「……べ、別に。重いとか思ってないし!
勝手に心配されても、困るんだけど!」
のぞみは、ペンを止めて、時刻表のページをめくるふりをした。
耳がほんのり赤い。
「ていうか、あんた絶対遅刻するでしょ。集合時間守れるの?」
「俺だってやるときはやるぞ。目覚まし三個使えば完璧」
「その三個、全部止めて二度寝するのが“迂闊スタイル”じゃん」
「じゃあ、のぞみが起こしてくれればいいじゃん。旅の朝に“おはよう”って」
「は? なんで私があんたの感情ダイヤの保線係やらなきゃいけないのよ」
「だって俺、のぞみの“始発”で起きたいんだよ」
「うっさいわ。寝坊するくせに口だけは定刻のつもり?」
「ああ、俺の気持ちはいつも定刻だよ」
「でも体が遅延してるから意味ないのよ」
「じゃあ、俺の感情だけ先に乗せてくれ」
「あんたの感情だけとか、身体だけとか、どっちも絵面がホラーすぎるでしょ」
「一緒に連れて行ってください、お願いします」
「よろしい! 最初からそう言えばいいのに。
まったく、あんたって素直じゃないよね」
「俺の素直は、寝坊とセットなんだよ」
「それ、ただの寝癖とダイヤの乱れじゃん」
「俺の人生、常時遅延運行だからな……」
「しかも乗り間違え多発。感情の乗り継ぎ、要補助だもんね」
「俺、感情の補助席って……座り心地悪そうだな……」
「え……あの、僕も話していいですか?」
北斗が申し訳なさそうに割り込む。
「青春18きっぷ、僕も興味あります。
ぜひご一緒させていただけますか?」
「ええ、もちろん。歓迎するよ」
「ありがとうございます、のぞみさん」
「なあ、北斗?」
「え、迂闊くん……なんでしょう?」
「北斗お前、くれぐれも俺に無断で、勝手にのぞみの近くにホーム作んじゃねえぞ」
「それはどう言──あ、なるほどですね。
ふふ、大丈夫ですよ。僕は二人がデキてること知ってますので」
北斗は迂闊の耳元でヒソヒソと呟く。
「なんだ、そうだったのか。ならまあ……話は早いか」
「このクラスはもちろん、学年中の噂になってますし」
「ま、まじかよ! 俺、まだ告白してねぇのに!」
「二人とも何コソコソ話してるの?」
「何でもねえよ。な、北斗?」
「は、はい、何でもないです」
「じゃあ二人とも、放課後うち集合ね。甘いお菓子も少し持ってこれる?」
「お菓子って……誰向け?」
「え? ひよりちゃん向けだけど、どうして?」
迂闊が一瞬止まる。
「……ひより? お前、うちの妹と会話できるの?」
「うん。スイーツで買収した」
「ったく、現金なやつだな……妹も、そしてのぞみ、お前も」
*
放課後。のぞみの部屋。
畳の上には時刻表とお菓子の山。
その中心に、青春18きっぷが鎮座していた。
迂闊が玄関を開けると、すでにひよりが座布団に正座してポッキーをくわえていた。
「ひより……なんで先に来てんだよ」
「ひよりちゃん、スイーツの匂いで来たらしいよ。あと、ポッキーは持参」
「のぞみに完全に飼い慣らされてるじゃねぇか」
のぞみは、冷蔵庫からマドレーヌを出しながら笑う。
「ひよりちゃん、マドレーヌは“乗車許可”って言ってた」
「お前、ポッキーの角度で会話できるようになってんのか……」
「通訳の精度はまだ迂闊、あんたには負けるけどね」
ひよりは、ポッキーを水平に構えた。
迂闊がそれを見て、軽く肩をすくめる。
「はいはい。“議題に入れろ”ってことだな。るいの名前、出してほしいらしい」
「るいくん?」
北斗が静かに頷く。
「ひよりさんのクラスメイトですね。以前、駅前で見かけました。花の香りのするノートを持っていた方です」
「花の香りの……あ、あの子か。なんか、空気が柔らかい感じの」
「俺より女子力高い男子な」
「ねえ迂闊!それ、あんたが言う?」
「ツッコミ枠の補助席にはなるかもな」
のぞみは、青春18きっぷをそっと持ち上げた。
その紙の重さは、少しだけ軽くなっていた。
「じゃあ、明日さっそく、るいくんに声かけてみない?
ひよりちゃん、ポッキーで“OK”って言ってるし」
ひよりは、ポッキーを小さく上下に揺らした。
それはきっと、“笑ってる”って意味。
次回予告
次回、「るいくん、乗車確認」。
静かな花の香りの記録係、芦原るい。
感情のダイヤに、静かに滑り込む第五の乗客——その香り、誰が気づく?




