第26話:鉄道イケメン舞踏会 瑞風公爵
のぞみがラビュー卿とのダンスを終え、ふわりと息を整えたその瞬間——
会場の空気が、また静かに変わった。
遠くから、深緑のタキシードに身を包んだ青年が歩いてくる。
髪は艶のある黒で、前髪が少しだけ目にかかっている。
歩くたびに、靴音が床に優しく響き、彼の周囲だけ空気が柔らかくなっていくようだった。
彼は、のぞみの前で立ち止まると、深く一礼した。
その動きは、まるで風が葉を撫でるように静かで、丁寧だった。
「お迎えに参りました。《《乗車口》》は、こちらでございます」
「瑞風と申します。私は《《寝台》》のように、ゆっくりとあなたを包み込みたい」
「……寝台!?
それって“寝る電車”のことですよね!?」
(寝台列車の布団……一度でいいかな包み込まれてみたいって思ってたのよね〜♪グヘヘへ)
その瞬間——
ぐぅぅぅぅぅぅ……
会場に響く、謎の低音。
のぞみの表情が一瞬フリーズする。
瑞風公爵が微笑みながら首を傾ける。
「……今のは、汽笛でしょうか?
随分と腹式呼吸の効いた音でしたね」
「えっ!?あ、はい!汽笛です!たぶん!きっと!」
のぞみ、全力で笑顔を作るが、顔が引きつっている。
(やばい……さっきからお腹鳴りそうだったけど、まさかこんなタイミングで……)
「あなたの鼓動、すでに発車していますね。あとは私が、終点までお連れするだけです」
(待て待て待てーい! 終点て……まさかこの人、女子トイレの中までついてくるつもりじゃないよね!?)
のぞみは、何も言わずにプルプルと震わせた手を差し出した。
瑞風公爵は、その手を両手で丁寧に包み込む。
指先が触れた瞬間、遂に限界を迎えたのぞみのお腹の音がグォー!
とけたたましく高鳴った。
彼は、のぞみの手をそっと引き寄せ、
一歩ずつ、ゆっくりとダンスの輪へと導いていく。
その足取りは、まるで彼女の鼓動に合わせるように静かで優しかった。
音楽が変わる。
ゆったりとした三拍子。
瑞風公爵のステップは、まるで夜汽車のように静かで滑らか。
のぞみの表情と身体が、まるで
ロボットのようにぎこちなく動き出す。
彼の手が、のぞみの背中にそっと添えられる。
「いやんっ!」
(やめれ〜!)
その手は、まるで寝台の毛布のように、安心感とぬくもりを持ってるわけが無かった。
「あなたの感情、途中停車はいたしません。すべて私が受け止めます」
「げぇ、休憩無いの!?」
「げぇ?お嬢様、どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないっす……」
のぞみは、無理矢理微笑んでいた。
心臓の音とお腹の音が、羞恥心というレールの上を同時に暴走していた。
次回予告
次回、「鉄道イケメン舞踏会 サフィール侯爵」。
サフィール侯爵の登場編!
宝石のような瞳のイケメンが、のぞみの心を“指定席”に!?
ツッコミは加速運転でお待ちください!




