第23話:ふたり発車、虹の架線をくぐって
曇り空の下。
空気はまだ少し湿っていて、アスファルトの匂いが残っている。
雲の切れ間から差し込む夕陽が、街の輪郭をやわらかくなぞっていた。
のぞみと迂闊は、並んで歩いていた。
言葉は少ないけど、足音のテンポが自然に揃ってる。
それだけで、なんとなく安心できた。
線路の向こうに、虹がかかっていた。
七色の帯は、少し滲んでいて、でもちゃんとそこにある。
まるで、拗らせた感情のダイヤが、ようやく晴れたみたいに。
のぞみは、ふと立ち止まって空を見上げた。
その瞳の中に、虹が小さく揺れていた。
水面みたいに、きらりと反射して。
迂闊は、横顔をちらりと見て、ぽつりと呟いた。
「……お前の目にも、ちゃんと映ってるな」
「は? 何それ。
急に詩人ぶるのやめて」
「いや、マジで。
虹、反射してる。……ちょっと感動した」
のぞみは、そっぽを向いた。
でも、耳がほんのり赤くなっていた。
その瞬間、空からぽつり、ぽつりと小雨が落ちてきた。
のぞみは、バッグから折り畳み傘を取り出して開く。
隣を見ると、迂闊は何も持っていない。
「……は? 傘ないの?」
「どっかに置き忘れた。てか、降ると思ってなかったし」
「……バカじゃん」
のぞみは、ため息をついたあと、少しだけ傘を傾けた。
迂闊の肩に、ぎりぎり届くくらいの角度。
「……しかたないから、入れてあげる。
別に、あんたが濡れて風邪ひいたら面倒だからってだけ」
「おー。ありがと」
「感謝しなくていい。
これは“情け”だから」
「はいはい、“情け”ね」
ふたりは、相合い傘のまま、駅へ向かって歩いていく。
傘の下で、距離は少しだけ近くなった。
でも、のぞみはそっぽを向いたまま、口元だけがほんのり緩んでいた。
*
駅に向かう途中、ふたりは近くの商店街を歩いていた。
夕暮れの街は少しだけ涼しくなっていて、のぞみはご機嫌だった。
「ねえ、あそこ入ってみたい。なんか派手だし、電飾すごいし」
のぞみが指差したのは、パチンコ屋だった。
「……いや、そこは入らんでいい」
「なんで? ゲームセンターでしょ?」
迂闊は、即座に呆れつつツッコむ。
「お前なぁ〜。鉄道のことは博士級なのに、それ以外は社会科見学以下かよ」
「は? 見学って言うな。じゃあちょっとだけ覗いてみる。
電飾すごいし、絶対UFOキャッチャーあるって」
「ない。あるのは銀の玉と人生の迷路だけだ」
しかし、のぞみはすでに自動ドアの前に立っていた。
中からはジャラジャラと音が漏れてくる。
「……うるさっ。何この音、電車の車輪?」
「違う。銀の玉。あと、お前が入ったら絶対迷子になる。
しかも、出口で“乗り換え案内”探すタイプ」
「え、でも“のぞみ”って名前の台とかあるかもよ?」
「それは……ありそうで怖い。
“のぞみチャンス!”とか出たら俺、泣く」
当然、未成年の二人は店の入口で引き返すことに。
「なんか煙臭いし空気、重かった」とのぞみが言いながら。
*
そのあと、ふたりは近くの本屋に入った。
のぞみは、棚を眺めながらふらふらと奥へ進んでいく。
そして、あるコーナーで立ち止まった。
「ねえ、ここの表紙、なんかやたら肌色多くない?」
「……おい、そこは“そういう”コーナーだ」
「え? どういう?」
「……大人の、教育的な、自己責任ゾーンだ。
あと、そこに“のぞみ”ってタイトルあったら俺、出版社に電話するからな」
「え、じゃあこの“秘めたる情熱”ってタイトル、そういう意味?」
「そういう意味。あと、秘めてないぞ。
むしろ全開」
のぞみは、目をぱちくりさせたまま固まった。
ちょうどそのとき、男性店員が近くを通りかかる。
さらに、隣の棚から男性客がひょいと顔を出した。
迂闊は、すっとのぞみの横に立ち、落ち着いた声で言った。
「すみません、俺がこの先で財布落としたみたいで。
こいつが一緒に探してくれてたんです。
“情熱”ってタイトル、俺のパスケースのデザインに似てたもんで、つい」
男性店員は「ああ、なるほどですね」と軽く頷く。
のぞみは、状況を飲み込むのに数秒かかったあと、顔を真っ赤にして迂闊の袖を引っ張った。
「……もう、迂闊くん。そういうこと早く言ってよね!
でも……ありがと」
店を出たあと、のぞみは小声で言った。
「……次は間違えないから。たぶん。いや、絶対」
「のぞみ……おまえのその“絶対”が一番信用できねえよ」
「うっさい!」
ふたりは、笑いながら駅へ向かって歩いていった。
*
駅に着くと、ちょうど電車が滑り込んできた。
ドアが開く音が、心の中の何かをそっとほどいていく。
ふたりは、並んで乗り込む。
座席に腰を下ろすと、車内は思ったより静かだった。
窓の外に虹が少しずつ遠ざかっていく。
のぞみは、視線を外に向けたまま、ぽつりと呟いた。
「ねえ……この電車、どこまで行くと思う?」
迂闊は、少しだけ笑って答えた。
「さあな。でも、のぞみが乗ってるなら、終点まで付き合うよ」
のぞみは、すぐには反応せずに外を見ていた。
でも、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
「……雑すぎ。
でも、そういうとこ、嫌いじゃない」
「それ、褒めてる?」
「さあ。どうだろね」
ふたりの間に、静かな笑いが流れた。
虹はもう見えなくなっていたけど、
さっきまで傘の下で並んで歩いていた時間が、まだふたりの間に残っているみたいだった。
その距離感は、車内の静けさの中でも、ちゃんと続いていた。
つづく
※ここまで楽しんでいただけていたら嬉しいです。
迂闊の「安く買えた」という一言は、彼の不器用な一面を滲ませる伏線でした。
だからこそ、後の「カサカサの指」が、より深く響く気がしています。
迂闊は、普段は好意を口にできるのに、大事な瞬間ほど黙ってしまうツンデレ不器用男子。
そんな彼の想いが、言葉ではなく仕草に滲む瞬間を描きたかったのです。
二人の関係が、言葉を超えて通じ合うものであったなら。
そんな願いを込めて書きました。
※次回について
ここまでが第一章でストーリー上の一つの小さな区切りになります。
次回より『青春18切符編』。
あのとき交わされなかった“たった四文字”の別れと再会が、始まる。
第二章からは、もう一人の少女が……ひそかに、ある“決意”を胸に乗車してきます。
次回、「父からの乗車案内」。
ブログのネタにスランプ中のぞみに、父が差し出したのは——ま、まさかの青春18きっぷ!?
静かな夕暮れ、しかし、のぞみのテンションは急上昇!
「旅に出るってことは、つまり一日の大部分を、かわいくて尊い鉄道たちと過ごせるってことよね、グヘヘ♪」とヨダレを垂らしながら勝手に盛り上がる暴走新幹線のぞみ。
いや、暴走新幹線ってそれ普通にあぶねぇだろ(笑)
止められるのか、誰か!いや、止めるな!
次回、理性より先に出発進行!
それから(次回の次)〜
楽しみでなかなか寝つけない夜。
気がつくとのぞみは女一人イケメソ貴族達との舞踏会場に?
しかも全員、鉄道の名前を名乗ってるし、会話の節々に鉄道用語……。
鉄道版乙女ゲーム界のヒロイン爆誕!
まったく、この先も嫌な予感しかしねぇ……最高かよ。




