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第21話:このホームから先は君の番

玄関先では、のぞみの父が傘を干していた。

雨はまだ止まず、軒先の滴がリズムを刻んでいる。

その音に気づいたのか、父が顔を上げる。


そこには、びしょ濡れの迂闊が立っていた。

髪は雨粒を滴らせ、シャツは肌に張り付き、靴の中まで水が染みている。

それでも迂闊は、まっすぐ立っていた。


「こんにちは……あの、のぞみさんは今……」


声は掠れていた。

息を整えながら、迂闊は深く頭を下げる。


父は驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を和らげた。

その目には、少しの戸惑いと、少しの優しさが混ざっていた。


「宇勝くん……久しぶりだね。って、ずいぶん濡れてるじゃないか。さ、入って」


「すみません……ありがとうございます。おじゃまします」


玄関に上がった迂闊は、タオルを借りて髪と服を拭きながら、ソファのある部屋へ通された。


のぞみの父は、湯気の立つ麦茶を差し出してくれた。

その香りが、どこか懐かしくて、胸の奥が少しだけ温かくなる。


迂闊は、手に持っていた記念切符をそっと膝の上に置いた。


そして、のぞみとのやりとりを、言葉を選びながら話し始めた。


「俺……あれからずっと考えてて。

のぞみさんが欲しかったのって、切符そのものじゃなくて……

その“気持ち”だったんじゃないかって……」


言葉が詰まり、喉の奥が熱くなる。

うまく言えない自分が、もどかしかった。


父は黙って聞いていたが、迂闊の言葉が途切れると、静かに口を開いた。


「そうだね。あの切符には、あの娘なりの想いがあるんだと思う。

あの日、母さんと一緒に見た景色が、全部そこに閉じ込められてるんだろう。

だから、“あのときの気持ち”に値段をつけられたくなかったんじゃないかな」


その言葉が、迂闊の胸に深く沈んだ。

自分の言葉が、どれほど無神経だったかが、ようやく実感として押し寄せてくる。


「俺……のぞみさんに、大変なことをしてしまったんです」


父は、静かに首を振った。


「君には、のぞみのそんな事情は知り得なかった訳だし、自分を責めなくていいよ。

あの娘にも、わがままなところはあるから、その点は僕からも話しておいた。

それに……きっと大丈夫だよ」


父は、玄関の柱に手を添えながら、少し笑った。


「のぞみはね、君と会ってから明るくなったんだ。

夕食の時に、いつも楽しそうに君の話をしてくる。

君のこと、すごく気に入ってるみたいだよ。

だから、これからものぞみのこと、頼むよ」


迂闊は、まっすぐ父の目を見て、深く頷いた。


「はい……必ず」


その言葉は、雨の音に溶けるように、静かに響いた。


次回予告

次回、「ありがとうの発車ベル」。

手の温度が、言葉よりも確かに気持ちを伝えてくる。

ふたりの感情ダイヤは、まだ静かに停車中——でも、発車のベルはもう鳴り始めている。


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