第20話:紙切れと、涙の値段
「……あんたなんか、絶交よ!」
のぞみの声が、教室の空気を切り裂いた。
その言葉は、冗談でもツッコミでもなく、真っ直ぐに迂闊の胸を撃ち抜いた。
次の瞬間、のぞみは記念切符を迂闊の胸に突き返した。
その動作は、まるで“思い出”を拒絶するように鋭かった。
「これ、返す。……私、こんなの欲しかったんじゃない!」
手渡された切符は、迂闊の手の中で軽く震えていた。
その紙片が、急に重く感じられた。
のぞみは走り去る。
足音が廊下に響き、空が急に暗くなった。
窓の外に、雨粒が落ち始める。
線路の向こうに、雷が落ちた。
迂闊は、教室の真ん中に立ち尽くしていた。
手の中には、のぞみに突き返された記念切符。
それが、やけに冷たく感じられた。
(……俺、あいつの気持ちを……クソっ!)
胸の奥が、じわじわと痛んだ。
のぞみの涙が、頭の中で何度もリピートされる。
「安く買えた」——その一言が、どれだけ無神経だったか。
(俺、あいつが大切にしていた“思い出”に、値段をつけちまったんだ……)
教室の静けさが、急に冷たく感じられた。
窓の外では、風が止まり、空が少しだけ暗くなったように見えた。
*
翌日も雨。
のぞみは学校を休み、自室のドアの前で体育座りしていた。
膝に顔を埋めて、シクシクと泣いている。
部屋の中は静かで、時計の音だけが響いていた。
「お母さんとの思い出を、あんなふうに言うなんて……許せない!」
あの切符は、のぞみにとって母と過ごした最後の夏の証だった。
それを「安く買えた」と言われた瞬間、思い出まで値引きされたような気がして、胸がきゅっと締めつけられた。
*
その頃、迂闊は切符を買った駅前のチケット屋の前を通りかかっていた。
雨に濡れたアスファルトが光っていて、店のガラス越しに見えるカウンターは静かだった。
店内の蛍光灯が、雨粒に滲んでぼんやりと揺れていた。
「おや、この前のお兄ちゃんだね!
チケットのプレゼント……反応、どうだった?」
店員が気づいて声をかけてくる。
迂闊は、なんとなく立ち止まり、傘を閉じたまま話を聞いた。
「そうだったのか……。気まずいことを聞いてしまってごめんね」
「そんな……伝え方を間違えた俺のせいですから!」
店員は、カウンターの奥に視線を落としながら言った。
「この仕事してるとね、目的はみんなそれぞれで……
“紙”の向こうに、いろんな人生が見えるんだよ」
その言葉が、迂闊の胸に刺さった。
のぞみの顔が浮かぶ。
あのときの涙。あの声の震え。
(……俺、あいつの“人生の一部”を、ただの紙切れとして扱ってしまったんだ。最低だ)
迂闊は走り出す。
土砂降りの中、傘をどこかへ置き忘れたのも気にせず、真っ直ぐにのぞみの家へ向かう。
シャツはすぐに肌に張り付き、靴の中まで水が染みていく。
でも、立ち止まる気にはなれなかった。
次回予告
次回、「このホームから先は君の番」。
のぞみの部屋の前、迂闊が差し出すのは、紙切れじゃなく“気持ち”そのもの。
雨上がりの空の下、ふたりのダイヤは再び重なり始める——。




