第18話:遠回りの記憶
車窓の外に、錦川がゆっくりと流れていた。
川沿いの緑は、雨上がりの光を受けて、少しだけ濡れて輝いている。
キハ40系の車体が、単線のレールを軋ませながら進んでいく。
母の体調が安定した頃、のぞみと母は二人、新幹線で関東の自宅に帰ることになっていた。
先にワンマンローカル電車に揺られ、のぞみは、母の隣に座る。
座席の布地が少しだけ硬くて、でも母の手のぬくもりがそれを忘れさせてくれる。
「ママ、この電車、なんで乗ったの? 新幹線のほうが速いのに」
母は、窓の外を見ながら微笑んだ。
「そうね。でもね、のぞみが覚えていられるように、ちょっとだけ遠回りしてるの」
「覚えるって?」
「この景色。川の音。電車の揺れ。
のぞみが大きくなって、もし悲しいことがあったら——
このときのこと、思い出して。
“ああ、私、ママと一緒に帰ったな”って。
それだけで、少しだけ心があったかくなるから」
のぞみは、母の顔を見上げた。
その横顔は、少しだけ疲れていて、でもとても優しかった。
車窓の向こうでは、田んぼの中に白鷺が立っていた。
遠くの山の稜線が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
母は、指先で窓を軽く叩きながら言った。
「この列車ね、昔からずっと走ってるの。
速くはないけど、季節の匂いをちゃんと拾ってくれる。
だから私は、のぞみにこの景色を見せたかったの」
のぞみは、窓に額をくっつけて、景色をじっと見つめた。
錦川清流線の終点が近づくにつれ、空が少しずつ明るくなっていく。
その後、ふたりは新幹線に乗り換えた。
でも、のぞみの記憶に残ったのは、速さじゃなかった。
あのゆっくりとした時間。
母と並んで座った、あの揺れ。
そして——。
「遠回りってね、思い出を作るための時間なのよ」
そんな母の言葉だった。
次回予告
再び日常編!
次回、「感情の乗車券」。
二人の“わかってほしい”が交差する春の教室。
のぞみの涙が、記念切符に刻まれた時間をそっと揺らす——。




