第12話:感情の乗り遅れ、発生
ある日の放課後。
のぞみは、鉄道研究会の資料整理に向かっていた。
北斗との共同作業。迂闊は「俺は乗り鉄じゃないから」と言って不参加。
(北斗くんと二人きり……いや、これは“資料整理”という名の業務。
感情の乗車率は、あくまで0%で運行するから問題無いわ……)
部室に着くと、北斗はすでに資料を並べて待っていた。
「速杉さん、今日のテーマは“感情の乗り継ぎ案内”です。
僕、のぞみさんの“複線ドリフト論”をベースに構成してみました」
「えっ……あれ、私が夜中にこじらせながら書いたやつ……!」
(やばい……この人、また私の鉄道脳に直通してきてる……!)
北斗は、のぞみの手元にそっと時刻表を差し出す。
「このページ、僕が一番好きです。
“恋の乗り継ぎは、定刻よりも気持ち優先”って書いてあって……」
「……それ、誤植です!本当は“気持ちより定刻優先”って書くつもりだったの!」
(でも……ちょっとだけ、乗り継ぎミスしてみたくなったのも事実……)
翌朝。
のぞみは、いつも通りの時刻で家を出た。
だが、これはリアルな話……駅で電車が遅延していたのだ。
「えっ……遅延!?この路線、定刻命じゃなかったの!?」
電光掲示板には「信号設備トラブルのため、運転見合わせ」の文字。
(……これ、絶対遅刻する、詰みじゃん……!?)
スマホを見ると、北斗からメッセージが届いていた。
「のぞみさん、大丈夫ですか?
今日の一時間目の授業、後でノートお見せします。
事情は先生も知っていますので、
欠席遅刻にはしないそうです。
それに……——乗り遅れても、次の電車があるので大丈夫です——」
(……それ、お母さんが昔言ってた言葉だ……)
のぞみは、ホームのベンチに座りながら、母との“乗り鉄時間”を思い出す。
「乗り遅れても、次の電車があるよ」
そう言って笑っていた母の顔が、ふと浮かぶ。
(考えてみると、私……乗り遅れるのが怖くて、ずっと定刻で生きてきたな。
でも、乗り遅れた先に、誰かが待っててくれるなら……)
昼休み。
のぞみは、教室で迂闊に声をかける。
「ねえ……今日、私、朝の電車に乗り遅れた」
「え、マジ?のぞみが!?
それ、感情の非常停止ボタン押したレベルじゃん」
「でもさ、不思議なんだ……。
乗り遅れてみたら、ちょっとだけ景色が違って見えたきがするの」
すると……迂闊は、缶コーヒーを開けながら言う。
「俺はいつも遅れてるけどさ……
のぞみが遅れると、なんつーか……こんなに心配になるもんなんだな」
(……こいつ、やっぱり私の感情のダイヤに、勝手に停車してくる……)
窓の外を見れば、午後の光が線路を照らしていた。
その光は、どこか懐かしくて、どこか優しかった。
(乗り遅れても、次の電車がある……か。
そういえば、あのときも——最初は、ただ焦って必死だった。
でも……今思えば、あの景色も、あの音も……なんだか、懐かしいな)
次回予告
次回、:母と、夏の単線
のぞみと今は亡き母との思い出を辿る、静かな回想エピソード。
お盆休み、家族で山口県の祖父母の家へ帰省した幼いのぞみ。
母との会話、田舎の人たちの優しさ、そして鉄道越しに見た心踊る景色——
それは、のぞみにとって“鉄道が好き”を超えた、かけがえのない感情の始発駅だった。




