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第11話:感情ダイヤ、再発車

「……小学校の遠足の日。

バスで出かけたんだけど……クラスの子と喧嘩して……泣いちゃって。

帰りたいって、ずっと駄々こねてた」


のぞみは、黙って聞いていた。

ひよりの声は、少しずつ震えていた。


「先生が困って……親に連絡して……迎えに来ることになったの。

でも……その途中で、交通事故に巻き込まれて……父さんと母さん、亡くなった」


ポッキーの先が、かすかに震えた。

ひよりの手も、少しだけ冷たくなっていた。


「……私が、帰りたいなんて言わなければ。

あのとき、我慢してれば……」


「……」


「あの……のぞみさん、ぼーとして、

どうかしました?」


「ごめん、なんでもない。

ひよりちゃんは何も悪くないよ!」

のぞみは、そっとひよりの小さな手に触れた。

その小さく震える手を、優しく包み込むように。


「ところで……ひよりちゃん。

それ、誰にも話してなかったの?」


「……うん。誰にも。

でも、乗り物に乗ろうとするたびに、呪いのように思い出すの。

あのバスの匂いとか、窓の景色とか……全部、怖い」


のぞみは、静かに頷いた。



そして、その夜——


「迂闊……ひよりちゃんの本当の両親のこと、調べてみて」


「……わかった。戸籍と事故記録、追ってみる」



数日後。

のぞみと迂闊は、神奈川県内の古い団地を訪れた。

そこには、ひよりの実の祖母が暮らしている。


「ひよりちゃんのこと……今でも写真飾ってるのよ」

祖母は、静かに語った。

そして、押し入れの奥から、小さな箱を取り出した。


「事故のあと、警察から返された遺留品……手紙が入ってたの。

ひよりちゃん宛てに、お父さんお母さんが書いたものよ」


のぞみは、そっとその封筒を開いた。

中には、折り目のついた便箋が二枚。

ひよりの名前で始まり、優しい言葉が並んでいた。


『泣いてしまうのは、悪いことじゃないよ。

ひよりが泣くときは、心がまっすぐだから。

泣き虫でも、ひよりは強い子だからちゃんと前に進めるさ。

だから、泣きたいときは泣いていい。

パパもママもいつでもひよりを見守っているからね』


のぞみは、言葉を詰まらせながらその手紙を読んだ。

その瞬間、便箋の文字がほんの一瞬だけ、柔らかく光ったように見えた。

まるで、今この瞬間に届いたかのように。


迂闊は、黙って頷いたあと、ぽつりと呟く。


「なあ、のぞみ?……これ、いつ書いたんだろ。事故の直前だったら……タイミングが、ちょっと不思議だよな」


のぞみは、手紙を見つめたまま、静かに答える。


「……まるで、泣くことを予感してたみたいね。

でも……予知っていうより……なんだろ……

気持ちが、届いた瞬間を見てるみたいな……そんな感じ」


迂闊は、少しだけ目を細めて言った。


「……予知夢って思いたくなるけど……でも、なんか……わかる気もする。

誰かの気持ちが、遅れて届くことって……あるよな」


のぞみは、何も言わず、そっと手紙を胸元に抱えた。



その夜。

ひよりは、のぞみの部屋でその手紙を受け取った。

ポッキーをくわえたまま、無言で便箋を見つめる。


そして、読み終えたあと——


「……私、泣き虫だったから……お父さんもお母さんも、困ってたと思ってた。

でも……こんなふうに、書いてくれてたなんて……」


ひよりの声が震える。


そんな姿をみてのぞみは言った。

「ひよりちゃん……その言葉、今も届いてるよ。

泣いてもいいって。

ご両親はいつでも見守ってるって」


ひよりは、ポッキーをそっと外して、両手で持ち直した。

そして、静かにうなずいた。


「私……乗ってみる。もう一度」



──そして、今日。


新横浜駅のホーム。

のぞみと迂闊が、ひよりの左右に立つ。

風が吹き、アナウンスが流れる。


「まもなく、1番線に電車が到着します。白線の内側まで——」


ひよりは、ポッキーを口にくわえたまま、改札を通る。

ピッという音が、静かに空気を切り替える。


ホームに上がる。

鉄の匂い。風の音。

今までは緊張で息苦しかった道のり。

でも、今日は違う。


「……乗るよ。私、乗る」


その言葉に、のぞみは笑った。


迂闊は、そっと背中を押す。


ドアが開く。


ひよりは、一歩、足を踏み出す。

そして、車内に入る。


座席に腰を下ろし、ポッキーをくわえたまま、窓の外を見る。


耳は、ほんのり赤い。

でも、表情は——少しだけ、柔らかかった。


「……発車、オーライ」


迂闊が小さく呟く。

のぞみは、ひよりの隣に座り、そっと言った。


「感情ダイヤ、再発車だね」


電車が動き出し、

ゆっくりとホームが遠ざかる。


風が、ひよりの髪を揺らす。


その瞬間——

ひよりの咥えるポッキーの角度が、ほんの少しだけ、上を向いた。



──翌日。放課後。


のぞみと迂闊が並んで歩いていると、前方のコンビニから白いパーカーの少女・ひよりが現れた。


ポッキーをくわえたまま、無言。

耳はほんのり赤く、表情は……完全に無。


のぞみは、昨日の感動を思い出しながら、軽く手を振った。


「ひよりちゃん、今日もお疲れ……」


しかし……ひよりは、のぞみを一瞥。

そして、口元のポッキーを上下左右に小刻みに動かし始めた。


「……え? ひよりちゃん……なにその動き? 手旗信号?」


迂闊は、すぐに真顔で通訳を始める。


「“昨日の涙は臨時列車。通常運行に戻ったので、会話はポッキー経由でお願いします”って言ってるぞ」


「いやいや、言ってないでしょ!? ポッキーの方角でそんな長文訳すな!」


「まあまあ、のぞみ。見てなって」


「なによ……」


すると迂闊は、のぞみにニヤリと笑うと、ひよりに向かって軽く合図を送る。


すると——


ひよりの口元のポッキーが、今度は一定のリズムで上下し始めた。


「……え、なにこれ。今度は何?」


「ほら、モールス信号。

“のぞみのツッコミ、雑すぎ”って送ってきてるぜ」


「やめて! ポッキーで秘密の会話しないで! てか精度高すぎて怖い!」


ふたりの笑い声が、夕暮れの街に溶けていった。


次回予告


次回、「感情の乗り遅れ、発生」

のぞみ、北斗との“資料整理デート”に遅刻!?

迂闊の“時刻表改正宣言”が、感情ダイヤに衝撃を与える!


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