第1話:時刻表にない男、現る
遅刻は、私にとって“事故”だ。
心のダイヤが乱れた瞬間、世界が止まる。
登場人物プロフィール
速杉 のぞみ(はやすぎ のぞみ)
• 17歳。鉄道オタク女子。
• 時刻表暗記済み。恋愛=運行妨害。
• 口癖:「恋なんて、定刻通りに来ないから嫌い」
• 転校生。迂闊の家の隣に引っ越してきたばかり。
……誰かの気持ちが、私の中にだけ届いてるみたいに。
もう二度と、あの時みたいに遅れたくないから。
私が漫画に心を奪われて五分遅れた、あの日。
耳鳴りがするほどの異様な静寂。
あの日の記憶は、今も胸の奥で小さく点滅している。
消えないけれど、私を前に進ませる灯りでもある。
胸の奥がざわつき、嫌な予感だけが先に走った。
駆けつけた先で、世界が止まっていた。
救急車のサイレンだけが、今も耳の奥に残っている。
だから私は、時間を裏切らない。
裏切られたくない。
「遅刻」は、ただの遅れじゃない。
──あの日の続きに触れてしまう、危険な音だ。
朝8時15分。
速杉のぞみは、教室の一番前の席に着席していた。
机の上には折りたたみ式の時刻表。
筆箱の中には合図笛。
心の中には、完璧なダイヤ。
「よし、定刻通り」
遅刻という言葉を思い浮かべただけで、胸の奥がわずかにざわつく。
その言葉は、誰かに向けた祈りのようにも聞こえた。
のぞみ自身も気づかないほど、指先がわずかに震えていた。
転校初日。
のぞみは、鉄道のように静かに、正確に、教室に到着していた。
チャイムが鳴る。
クラスメイトたちがざわつきながら席に着く。
担任の先生が教壇に立ち、出席を取り始める。
「速杉のぞみさん」
「はい」
完璧な発車。
だが──
「余裕院宇勝くん」
……沈黙。
先生が眉をひそめ、もう一度呼ぶ。
「余裕院くん?」
返事はない。
「では、欠席ですね──」
その瞬間、教室のドアが爆音とともに開いた。
「ちょっと待ったー!!」
息を切らした男子が、教室に滑り込む。
息を切らしながらも、どこか憎めない笑顔だった。
制服のネクタイはポケットに半分突っ込まれ、髪は寝癖で西武線のように分かれている。
のぞみの心拍数が跳ねる。
(……遅延アラート、発動)
胸の奥がひやりと冷えた。
“遅刻”という言葉だけで、呼吸が一瞬止まる。
あの日のサイレンが、ほんの一瞬だけ蘇る。
彼は先生に向かって手を挙げる。
「俺、余裕院宇勝っす。間に合ったっすよね?」
先生は苦笑しながら出席簿にチェックを入れる。
「ギリギリですね。席は速杉さんの隣です」
のぞみの心拍数、さらに加速──
「隣!? こいつ、私の人生の乗り換え案内に載ってない……!
てか、乗り換えミスじゃん!」
彼が席に座ると、のぞみは無言で筆箱から合図笛を取り出す。
「ピーーーッ!
そこの乗車、定員を大幅に超過しております。
迷惑行為につき、速やかにホーム(教室)から離れてください」
アハハハハハハハハ!
教室が爆笑の渦に包まれる。
迂闊はポカンとしながら、のぞみに囁く。
「え、俺、乗り遅れた?
でも乗れたからセーフじゃね?」
のぞみは目を細める。
「あなた、乗車率120%の迷惑車両です」
机の上の時刻表を見つめながら、のぞみは思う。
(こいつ……私の感情ダイヤを乱す存在だ)
だが、彼の笑顔は──
時刻表にない駅名みたいに、なぜか心に引っかかった。
次回予告
次回、「乗り換えミスは恋の始まり」
迂闊が、のぞみの通学ルートに勝手に乗車!?
乗り換え下手な男子と、鉄道命の女子の“感情の乗り換え案内”が始まる!




