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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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59/60

番外編 ~悔恨と気遣い~(マヤ視点)

※番外編 ~来客と相談~から数か月後のお話です。

カッ、カンと木刀同士が打ち鳴らす音は、軽いようで重い。まともに受ければ力負けしてしまうので、俊敏さを活かして間合いに入る必要があるのだが、相手も分かっているためそう簡単に近づかせてくれない。


一撃で仕留めなくていい。相手に少しでもダメージを与えればそこが糸口になる。最終的に敵わなくても少しでも長く足止め出来るのなら、きっと役に立つ。

余計な思考は隙を生む。だけどあの日の悔しさと無力感は自分を奮い立たせる力になる。


『止めて、マヤを離して!』


必死に訴えるルーの声も、乱暴に振り払われ壁に身体をぶつける光景も鮮明に覚えている。それなのに何もできずに気を失った自分が情けなく、その後も忸怩たる思いを抱えながらも、心の底に沈めていた。


未だに不安定なアレクシスに寄り添うルーの負担を軽減すべく、心を込めて尽くすことしか考えていなかったからだが、無意識にあの時の失態を挽回しようとしていたのかもしれない。

だが、それもルーとユーリアの会話を聞くまでのことだった。


アレクシスが間に合わなければ、ルーはハウザー公爵に殺されていたという事実に愕然とし、気づけば手元のカートの持ち手を握りつぶしていた。

侍女としてあるまじき失態だが、客であるユーリアはそれどころではなく、ルーも少し驚いた表情をしながらも、申し訳なさそうにしただけで咎められはしなかった。


それどころかユーリアが帰るなり、これまで話さなかったことを詫びられたぐらいだ。ルーらしいと言えばそうだが、叱責されたほうがまだましだった。

守れなかったから、自分が弱かったから、誰も教えてくれなかったのだろうか。


その晩、父様に確認したところ大層驚かれ、誰もその事実を知らなかったことが発覚した。竜帝への忠誠心が厚い竜族だからこそ衝撃が強かったようで、沈黙が続いたあとにぽつりとファビアンが呟いた。


「番を失いかけたという事実を口にすることが出来ないほど、アレクシス様は恐ろしかったのでしょうね」


ルーが危険な目に遭ったらしいことは薄々分かっていたが、まさか竜帝の番を殺めようという愚行を犯すとまでは誰も思っていなかったようだ。


冷静に考えればルーを排除しようとするのなら、それが一番効率的だというのに、マヤですらその考えに至っていなかった。屋敷に到着してすぐにルーの身体に怪我がないことを確認していたし、怯えた様子もなかったことから、アレクシスが早々に救出したから無事だったと思い込んでいたのだ。


知らなかった、で済む話ではない。もっと自分が強ければ、ルーを逃がす時間を稼ぐことができた。

握力が多少強くても、竜族や熊族の男には敵わない。小柄な体躯は素早く動けるが、相手を一発で仕留めるほどの力がない。

そうなると武器を求めるのは当然の流れだった。


「脇が甘い」


その言葉に続いて、左脇腹に向かって下ろされた木刀を咄嗟に自分の木刀ではねのけようとしたが、弾かれた。


「力任せでは駄目だと言ったでしょう。今日はここまでです」

「……ありがとう、ございました」


涼しい顔のファビアンに、マヤは肩で息をしながら頭を下げた。

当初マヤが剣を学びたいと伝えると、バートは渋い顔をして反対の姿勢を見せたが、ルーのためだと言えばそれ以上何も言わなかった。代わりに指導役を申し出たのはファビアンだ。アレクシスの従者兼秘書で多忙なはずだが、互いの空き時間に鍛錬が出来るのはありがたい。


「マヤ、明日は何か予定がありますか?」


タオルで汗をぬぐっているとそう尋ねられて、首を横に振った。明日は終日アレクシスが屋敷にいるため休みだが、敷地内で鍛錬をするぐらいしか考えていなかった。


「少し買い物に付き合ってくれませんか?話したいこともありますので」

「承知しました」


同僚とはいえ、休日に一緒に出掛けるような間柄ではない。あくまでも買い物は口実で、恐らく話したい内容とはアレクシスとルーのことだと察しをつけたマヤが了承すると、ファビアンは時間を告げて去って行った。

わざわざ屋敷内で話せない内容に不安がよぎったものの、マヤは仕事のため頭を切り替えたのだった。



翌日、ファビアンと向かったのは最近オープンしたばかりだという富裕層向けの菓子店だ。


「奥様がお気に召すかもしれませんので」


焼き菓子は持ち帰りのみ、ケーキなどの生菓子は2階の店内で提供されるようになっており、個室に案内されてからファビアンがここを選んだ理由を告げた。


屋敷にいることが多いので、たまにはこういうお店に出かけるのもルーは喜ぶかもしれない。視察を兼ねていると分かったので、マヤはケーキの盛り合わせを、ファビアンは甘さ控えめのケーキセットを頼んだ。

どちらもお互いの主人のことを考えて選んだことが分かる注文の仕方に、緊張が少し和らいだ。


「マヤ」


静かに切り出された声に、ここからが本題なのだと悟る。


「申し訳ありませんでした」


深々と下げられた頭にマヤは呆気に取られてしまった。ファビアンはマヤよりも長くアレクシスに仕えており、テレサと共にマヤに仕事を教えてくれた先輩だ。こんな風に謝罪されたことはない。いや、それよりも何の謝罪なのか。


「それは……どういう意味でしょうか?」

「貴女に無理をさせてしまっているのは、私の失態が原因でしょう。それが貴女に竜族に対する不信感を植え付けてしまった」


無理をしているつもりはなかった。だが続けられたファビアンの言葉を聞いて咄嗟に否定できなかったのは、心のどこかでそう思っていたからだ。


(だってあの時は誰も味方がいなかったから……)


言い争う声で目を覚ますと、血相を変えたファビアンの顔が目の前にあった。掠れた声は音にならなかったが、気づいたファビアンに事情を問いただされたマヤはアレクシスの元に行くことを選んだ。


竜族が忠実なのはあくまで竜帝に対してのみだと思い知らされたからだ。ファビアンもハウザー公爵の味方だと思ったわけではないが、ルーを助けることができるのはアレクシスしかいない。

ふらつく足取りに見かねたファビアンに抱えられて抵抗したものの、アレクシスの元に連れて行くと力強く言われてからは身を任せた。


だから決してファビアンがルーを裏切ったとは思っていない。ただ優先順位が違うのだと思い知らされただけのこと。


「抑制剤の影響でアレクシス様は奥様のことを考えるだけで頭痛を覚えるようになっていました。クレマンからの報告で奥様への不遜な言動を取る者を遠ざけてはいたものの、最終的な処分は披露パーティーが終わってアレクシス様に報告してから行う予定でした」


言い訳にしかなりませんが、と前置きして伝えられた言葉に心がささくれ立つ。もっと早く手を打っていれば、ルーが攫われることはなかったのではと思ってしまったが、それは結果論に過ぎない。


「マヤ、貴女だけが奥様のことを第一に考え行動した。だからアレクシス様は貴女に信頼を置いている。私が言うことではありませんが、奥様のそばにいてくれて、守ってくれてありがとうございました。マヤのおかげでアレクシス様も救われました」


自嘲気味に話すファビアンの表情は憂いを帯びていたが、それでもまた深々と頭を下げた。


「謝罪も感謝も私ではなく、ルー様にお伝えするべきでは?」

「気づいていませんでしたか?アレクシス様は私が直接奥様とお話することをお許しになりません。フィンもアレクシス様もいない状況で奥様と顔を合わせることが出来るのはマヤだけなんですよ」


ファビアンはアレクシスの従者であり、マヤは基本的にはずっとルーに付き従っているのでお互い顔を合わせる機会が多いはずだが、思い返せばこの数か月ファビアンはあまり顔を見せておらず、ルーと言葉を交わしているところも見た覚えがない。


「奥様といる時といない時の温度差は、天と地ほどの差があります。私たちのことを信用していないわけではないのでしょうが、忠臣であったはずの四家からの裏切りがあの方を深く傷つけてしまった」


後悔を滲ませる声に心が揺れる。自分だけではないのだと今更ながらに気づき、周囲が見えていなかった証拠のように思えた。


「私は……結局何もできませんでしたから」

「普通の侍女は主人を庇うだけでなく、相手に立ち向かおうとしませんよ。貴女は勇敢で忠実な侍女です。強さを求めることを否定しませんが、無理をし過ぎると奥様が悲しみます」


ファビアンに剣を習っていることをルーには伝えていないが、人の変化に鋭いところもある。現に最近疲れていないか、休みを増やしたほうが良いかなど聞かれたばかりだ。


「マヤは頑張りすぎるところがありますからね。たまには力を抜くことも覚えてください」


私はアレクシス様に信頼していただけるよう全力で精進しなければなりませんが、と付け加えてファビアンは机の上にあるベルを鳴らした。

随分と提供に時間がかかると思っていたら、話が終わるまで運ばないよう最初から手配していたようだ。


それからすぐに運ばれてきたケーキはブルーベリーのムースと、桃のタルト、それから小さな焼き菓子が盛られていた。ブルーベリーはルー、桃はマヤの好物だが果たして偶然だろうか。


(そもそもファビアンが私の好きなものを把握しているとは思えないし……)


一口ずつ味を確かめながらも、先ほどの会話を反芻した。

謝罪も感謝も本当だろうけど、伝えたかったのは無理をするなということらしい。言葉が足りないわけではないが、どこか不器用で分かりにくい人だ。


「ありがとう、ファビアン」


それでも気遣ってくれたことは嬉しいと思ったので礼を言うと、ファビアンは驚いたように目を丸くした。


「いえ」


ともすれば不機嫌そうに見える返答だが、照れているのだと分かるほどには長い付き合いだ。大好きな桃を口の中に入れれば、とろりとした触感と甘い果汁にマヤは気づけばに口の端を上げていたのだった。

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