愛しい番(アレクシス視点)
隣で眠るルーの髪を手で梳きながら、その寝顔を見つめていた。
もっと触れていたいけど、起こしてしまうわけにはいかない。
大好き、愛している、そんな言葉で言い尽くせないほどの想いに胸がいっぱいになる。
(やっぱり君でなければ駄目だったんだ)
番を失う恐怖に竜と化し本能が優位となったおかげで、ルーを探し当てることが出来たが、人の姿に戻れば再び薬の影響で、感情や言動が制御不能な状態に陥ってしまった。
竜に変化した自分に嫌悪していないだろうか。躊躇なくエドヴィンを攻撃したことで恐怖を抱いてしまったのではないか。
ルーの泣きそうな表情に自分の不安が的中したのだと勘違いして、悲しさと苛立ちから冷静さを失ってしまった。
醜い執着と残酷な言動は恐怖心や嫌悪感を抱かれてもおかしくなかったのに、ルーはアレクシスを受け入れるばかりか、そんな感情ごと掬い上げてくれたのだ。
(ルーが抱きしめてくれなければ、私は世界を滅ぼしかねなかっただろう……)
壊れてしまいそうだったアレクシスの心を救ってくれた。出会った時は冷たく固い殻の中で耳を塞いで閉じこもってばかりだった少女は、優しさと気丈さを併せ持つ女性へと成長していた。
自然と溢れ出した涙はアレクシスの怨嗟ごと溶かしてしまい、抱き締めてくれたルーの身体が温かさに、新たな涙がとめどなく零れていく。
煮えたぎるような怒りは鎮まったものの、ルーを失いかけた不安と恐怖は燻り続け、誰にも奪われないように安全な場所に隠しておきたい衝動に駆られた。そんな感情のままに向かった先がコノル王国だったのは、ルーと出会った場所だったからだろうか。
少しの隙間もなく触れていたくて、抱き締めたまま幾度となく口づけを交わす。それだけでは満足できなくなったが、ルーには結婚するまでそれ以上のことはしないと約束していた。
だから少しだけ卑怯な手を使うことにした。
首筋から鎖骨に唇で触れると、ルーの身体に力が入り緊張しているのが分かる。
「約束はちゃんと守るから安心して。口づけ以上のことはしないよ。ルーが望まない限りはね」
そう言って身体中に口づけを落としていると、羞恥と終わらない快楽に耐えかねたルーから請われ、狙い通り伴侶となる許しを得たのだ。
そうなってしまえば歯止めは効かず、不安と恐怖が薄まるまでずっとルーを求めてしまった。
身体を重ねれば重ねるほどに愛しさが募って仕方がない。
最終的には体力の限界を迎えたルーが意識を失ってしまったので、少々やり過ぎたことは申し訳なく思っている。
大切な番が腕の中にいる喜びを噛みしめていたアレクシスだったが、ルーが目を覚ます前にしなくてはならないことがある。
少し前から屋敷の外に人の気配があった。
誰もそばに置きたくないし、ルーの世話だって全部自分でしてしまいたいが、それではきっとルーに不自由な思いをさせてしまう。
他の竜族や使用人はまだ近づけたくないが、身を挺してルーを庇ったマヤならば信用できる。
ルーを起こさないよう慎重にベッドから下りたアレクシスは玄関へと向かった。
「ご主人様がルー様に無体な真似をしたとは思いませんが、何事にも限度というものがあります」
ルーの状態を知るなり目を吊り上げたマヤから、アレクシスは叱られる羽目になった。
乳母代わりだったテレサはやんわりとした口調だが、遠慮することなくはっきりと苦言を呈するのだ。年々マヤはテレサに似てきたように思う。
ルーの悲鳴が聞こえたので駆けつけると、邪魔だと言わんばかりに追い出され、その後もしばらく立ち入り禁止となったため、ルーの様子が知りたくてフィンを呼んだのだが、告げられた内容に目眩がした。
『ルー、主様見らない……見たたない……?』
「……見たくない?」
小首を傾げたフィンにアレクシスが助け舟を出すと、そうだったと言うようにこくこく首を動かした。
『心の整理する。ごめんって言ってた』
ざあっと血の気が引くのが分かる。環境が落ち着いたせいで冷静に考える余裕ができ、アレクシスとの関係を見直したくなったのだろうか。
一月顔を合わせることもなく放置された挙句、拉致され命を狙われて怖い思いをしたというのに、恋人であるはずの男は不機嫌に暴言を吐き、不穏な言動で執着を示す。
自分のしたことを振り返ってみると、思い当たる節が多すぎる。
今すぐに謝罪し、ルーの許しを請いたかったが、顔も見たくない状況で迂闊な真似をして余計に嫌われてしまっては元も子もない。
落ち着きなく部屋の中を歩き回り、苦肉の策で用意した面を持ってアレクシスはルーの元へと向かった。
「……どうしてお面を付けているの?とても可愛いお面だけど、アレクの顔が見たいわ」
謝罪のために必死で言葉を尽くそうとした結果、ルーの機嫌を損ねてしまった。完全に失敗したと落ち込んでいると、おずおずと切り出したルーの言葉に心が浮上する。
「嫌じゃない?」
「嫌なはずがないわ。どうしてそんなこと聞くの?私がアレクを不安にさせるようなことをしてしまったのかしら?」
不思議そうに尋ねるルーに、肩の力を抜いて面を外した。フィンが聞き間違えたのか、意志の疎通が不十分だったのか分からないが、取り敢えず顔も見たくないほど嫌われてはいないようだ。
「ごめんね。少し不安になっていたみたいだ。抱きしめてもいいかな?」
少しだけ顔を赤らめたものの、両腕を広げて迎えてくれたルーを抱き上げて膝の上に乗せる。ルーはすぐに恥ずかしがってしまうが、頭を撫でやすくルーにくっついていられるこの状態が好きだ。
「ルー、君が良ければだけど、エメリヒ男爵家の領地に住むのはどうだろう?」
エルクセリアには二度と戻るつもりはない。ルーに悪意を向けた者たちがいるような場所だ。
直接間接問わず関わった者は全員に処罰を与えるつもりだが、まずはルーが安心して過ごせる場所を探すほうが先決だった。
「アレクのお仕事に支障が出ない?私はアレクと一緒にいられるなら何処にでも付いて行くわ」
「……はあ、可愛すぎる。甘やかしたい、一日中愛でていたい……」
ぎゅっと抱きしめると、拗ねたような声で名前を呼ばれた。
「もう、誤魔化さないで。私なら大丈夫よ。アレクが諦めなくていいように頑張ると言ったでしょう?私がアレクを幸せにするわ」
「本当に……君には敵わないね」
きょとんとした表情のルーに口づけを落とすと、恥ずかしそうにしながらも受け入れてくれる。
「何処で暮らしてもいいけど、マヤ一人じゃ大変だからテレサもいると嬉しいわ。バートの作った料理も食べたいし、アレクもファビアンがいないと困ると思うの」
誰もいらないと否定したあの時のアレクシスの心情を慮るように、ルーが僅かに緊張しながら口にしたのが分かった。
他の使用人であれば抵抗感はあったが、彼らであればと問題ないだろう。数時間前まで誰も番に近づけたくないと独占欲と執着が入り混じったような感情を抱えていたのに、ルーといると心が凪いだように不安が消える。
「うん、彼らにもこちらに来てもらおうか。しばらくはここに滞在して何処に住むかゆっくり考えよう。私は必ずしもエルクセリアにいなくていいし、父上が代わりに統治するそうだから心配いらないよ」
マヤが預かってきた手紙には、簡単な経緯が記されていた。番を失った父上はアレクシスの気持ちが痛いほどに理解できるのだろう。こちらのことは気にしなくていいから、番を大切にするようにと書かれた文面からそれが伝わってきた。
ルーがはっと目を瞠り、慈しむような眼差しでアレクシスを見つめている。
「アレク、いつかお義父様にも会いに行きたいわ」
そこで初めて自分が先帝陛下のことを父上と呼んだことに気づいた。母の命を奪ってしまったのだから愛情を向けられなくても仕方がないのだと諦めた小さな子供の願いは、今になって叶えられたのだろうか。
「ルー、ありがとう。君のおかげで私はとても幸せなんだ」
「私もよ」
嬉しそうに微笑むルーに、もう一度アレクシスは口づけを落として、愛しい番を抱きしめたのだった。




