誓い
硬い表情のマヤを残して、オルガとともにエドヴィンの元へ向かう。
「お待たせいたしました」
「大丈夫ですよ。それでは参りましょうか」
エスコートのために手を差し出されて、ルーは微笑みを維持しながら言った。
「折角ですが、陛下に他の方からのエスコートを禁じられておりますの」
多少誇張しているものの、嘘ではない。ディルニス王国で一度だけ、執務中のアレクシスに代わってファビアンが馬車を降りる際に手を貸してくれたことがあった。
『ルーのエスコートは私の役目なのに……』
遅れてやってきたアレクシスがしょんぼりしながら呟いたため、ファビアンはおろおろと視線を彷徨わせた後、必死に謝罪をすることになり、それ以降ルーは二度とアレクシス以外にエスコートされることはなかった。
「それではご遠慮させていただきましょう。万が一にでも陛下のご不興を買うようなことはしたくありませんからね」
愉快そうに目を細めたあと、そう嘯くエドヴィンに申し訳なさそうな笑みを返す。下手にエドヴィンのエスコートを受けて、アレクシスからエドヴィンに乗り換えたのだと噂をされては堪らない。それならばエスコートされる価値もないのだと見下されたほうがまだましだ。
(人は自分の見たいようにしか見ないもの)
かつて妹を虐げる悪女だと糾弾していた人々と同じで、周囲の反応や自分にとって大切な相手の言うことが正しいと思い込み、こちらの事情など勘案してくれないのだ。
これも嫌がらせの一種だろうかと思うほど、すたすたと歩いていくエドヴィンの後を懸命に足を動かして遅れないように付いて行く。
前回顔合わせで訪れた時とは違って、今回は人の姿がある。エドヴィンと一緒のため通り過ぎる際には頭を下げられるが、背中に感じる視線が痛い。
「それではこちらで少しお待ちください」
ようやくたどり着いたのは小さな部屋だった。小さなテーブルとソファーが一脚だけ置かれていて、恐らくは使用人たちが待機する控室のような場所なのだろう。
侮られているのは今更なので腹も立たず、むしろエドヴィンがいなくなったことで気持ちが楽になる。
「奥様、こちらは陛下がお越しになるような場所ではございません」
「ええ、そうね。オルガは城内に詳しいかしら?もしもの時に備えて避難経路を確保しておきたいのだけど」
ある程度人目があったからこそ危害を加えられる可能性は低いと考えているが、最悪の事態は想定しておいたほうがいいだろう。
「っ、はい」
ルーの言葉が予想外だったのか、オルガは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに窓際に近づき周囲の確認を行っている。
マヤを連れてこなかったのは、もしもルーが戻ってこなかった場合ファビアンに知らせてもらうためだ。
窓の鍵を外し、外の様子を窺っていたオルガの肩が不自然に揺れた気がして、ルーは深く考えることなく視線を外に向けた。
少々日当たりは悪いものの、中庭に面した部屋からは渡り廊下を歩く二人の姿はよく見えた。黄金色に輝く柔らかな髪の美しい女性が、嬉しくて堪らないというように笑みを零す。そんな彼女と一緒にいるのはアレクシスだ。
凛とした表情から感情は窺えないが、久し振りに見るアレクシスの姿に嬉しさが込み上げる。たった10日会っていなかっただけなのに、涙が出そうなほど胸が熱くなり、けれども目を離したくなくて、ぐっと堪えてその衝動を受け流す。
その時、アレクシスの顔がこちらを向いて目が合った。
(え………?)
まるで不快感を示すように、アレクシスは眉間に皺を寄せ険しい表情を見せる。何事かを呟いたアレクシスは、そのまま踵を返してルーの視界から消えた。ちらりと視線を向けた女性もルーを睨みつけると、アレクシスの後を追うようにいなくなった。
「オルガ、アレクは、陛下は何とおっしゃったの?」
「……分かりません」
口元を引き結んで答えるオルガの態度に、あまり良くない言葉なのだと分かる。それ以上問い詰めるわけにもいかず沈黙の中、これからどうなるのだろうとぼんやり考えていると、慌ただしいノックとほぼ同時にファビアンが入ってきた。
「奥様、すぐに屋敷にお戻りください。今後は勝手に屋敷内から出ないようお願い申し上げます」
青褪めた表情と真剣な口調は焦っているようだ。ルーの行動が原因でアレクシスから叱責されたのかもしれない。
「仕事中に迷惑を掛けてごめんなさい。オルガ、戻りましょう」
「いえ、私も屋敷までお送りいたします」
そんなに信用ならないのだろうかと思えば少し悲しかったが、ルーは大人しく従った。
屋敷に戻るとすぐにマヤが出迎えてくれたが、ルーを見ると少しだけ表情を曇らせる。そんなに暗い顔をしていたつもりもなかったので、意識的に笑みを浮かべてみたがマヤの表情は晴れない。
部屋に戻るとすぐに温かいハーブティーを淹れてくれた。じわりと沁み込むような優しい味と温もりが心まで温めてくれるようだ。
「遠くからだったけど、アレクに会えたの。自分でも驚くぐらいに嬉しかったわ」
アレクシスと一緒に暮らすようになってから、顔を合わせない日なんて一日もなかった。当たり前のように過ごしていた時には気づかなかった日々が愛おしい。
拒絶を示すかのようなアレクシスの険しい表情を思い出すと、胸がつきりと痛む。
かつて番であることを受け入れられず拒絶していた時、アレクシスは困ったように微笑んでいたが、こんな気持ちだったのだろうか。
それならばこれは過去の自分の行いに対する報いなのかもしれない。
「奥様…ルー様」
痛ましいものを見るようなマヤの眼差しに困惑したが、差し出されたハンカチを見て、自分が泣いていることに気づいた。
目を閉じれば、先ほどの光景が脳裏に浮かぶ。
太陽のように輝く美しい華のある女性と夜のように艶やかで神秘的な瞳を持つアレクシスの怜悧な美貌。
対比のような印象も互いの魅力を引き立てているようで、とてもお似合いの二人だった。
彼女がブラッカー公爵家の令嬢ならば、伴侶候補としてアレクシスの側にいることを許されているのだろう。
「たとえアレクから嫌われてしまったとしても私はアレクが好きだわ」
好意を向けられないのは辛いが、愛しいという気持ちは変わらない。
アレクシスから別れを告げられるまでは、この想いは手放さずにいよう、とルーは心の中でそっと誓った。




