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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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寂寥感

味気ない朝食を終えて席を立つ。バートの食事は普段通り美味しいし、一人で食事を摂ることなんて当たり前だったのに、すっかり贅沢になってしまったようだ。


部屋に戻る途中で顔を寄せ合い、声を潜めて話す侍女たちの姿を見て、マヤが眦を吊り上げた。ルーには聞こえない声量だったが、マヤやオルガの耳には届いてしまったのかもしれない。

マヤがつかつかと侍女たちに近づいてくと、彼女たちは露骨にしまったという表情を浮かべていて、どんな話をしていたのか容易に想像がついた。


「奥様、参りましょう」


不快そうな眼差しを向けていたオルガは、ルーの視線に気づくとぎこちなく微笑んだ。

生真面目な性格のオルガはあまり感情を表に出すことはないが、最近ではこんな風にルーを気遣ってか、色々な表情を見せてくれるようになった。


アレクシスがいなくても、ルーの日課は変わらない。

家庭教師が少しだけよそよそしくなり、授業に熱が入らなくなっても、楽しみだった乗馬が禁止されるようになっても、それは仕方がないことだ。


そんなことよりも、ユーリアの態度が一貫して変わらないことにルーは安堵を覚えていた。

あの日、エドヴィンの無礼を止められなかったことを、ユーリアは自分のせいではないのに何度も謝ってくれたし、ルーを案じて側に付いていてくれようとした。


面識の浅い使用人や家庭教師にどう思われても構わないが、ユーリアから距離を置かれるのは悲しい。

そう思っていた矢先のことだった。


「ルー様、申し訳ございません。わたくしがこちらを訪問できるのは、本日が最後になりますわ」


訪れた時からどこか憂いを帯びた表情を浮かべていたユーリアは、紅茶に口を付ける前に、そう切り出した。


「それは、私が陛下の伴侶候補から外されてしまったから?」


直接誰かから告げられたわけではない。だがそんな噂が徐々に広まっていることを、使用人たちが話しているのを聞いてしまった。


「陛下の御心は分かりませんが、噂に振り回されてはいけませんわ。講師を辞させていただくのは、ビエリ侯爵家の立ち位置が原因ですの」


四家の一つ、ブラッカー公爵家とビエリ家は親戚関係に当たる。それだけなら問題はなかったが、ブラッカー公爵家の令嬢がアレクシスの伴侶候補に挙げられているというのだ。


「番であるルー様がいらっしゃるのに不敬なことですわ。ビエリ侯爵家としては陛下の選んだ番様を蔑ろにするつもりはございません」


だがブラッカー公爵家は、ユーリアがルーの講師としてアレクシスの屋敷に出入りしていることを知っているため、ユーリアから情報を得ようとしているらしい。

守秘義務を盾に断っても、すべてがそれで通せるわけではない。また公爵家からの要請を拒否し続けるのは浅からぬ軋轢を生む。

ただでさえこれから嫁ぐ予定のユーリアは大事な時期だ。


「わたくしからルー様にお教えできることは、もうほとんどございませんの。ですからわたくしがルー様にとって不利益をもたらす前に、講師を辞させていただきます。もっとお力になりたかったのに、このような結果になってしまい心苦しい限りですわ」


膝の上で固く握りしめられた手が、ユーリアの悔しさを表しているようで、心が慰められる。


「いえ、ユーリアには感謝しかありませんわ。もしも迷惑を掛けてしまうなら、私のことをあちらの方々に伝えていただいて構いません。これまで本当にありがとう」


寂しいという気持ちはあるが、ユーリアから学んだことはルーの自信になっているし、彼女と過ごす時間は、とても楽しいものだった。


「ルー様の優しさは素晴らしいものですが、四家にはどうかご注意を。今の四家は少々心得違いをしているようですから」


竜帝ほどではないが、四家も竜族にとっては敬意を払う対象であり、不用意な発言をするべきではない。それでも四家への不満を口にしたのは、ルーへの気遣いでありユーリアの優しさなのだろう。


「ありがとう。ユーリアもレクス様とお幸せにね」


ユーリアがいなくなると、静まり返った室内に寂寥感が掻き立てられる。


(アレクに会いたい……)


何故屋敷に帰ってこないのか。

最初の数日は何かあったのではないかと心配で訊ねていた。


『少し手が離せない仕事があって、お忙しいようです』


ファビアンからの答えはいつも同じだ。その瞳に煩わしさではなく、同情を感じ取ってルーは訊ねるのを止めた。

魔法が解けて、アレクシスは気づいてしまったのかもしれない。ルーよりも伴侶に相応しい相手はいくらでもいるだろう。


それでも会いたいと思う気持ちは募る一方で、翌日エドヴィンの来訪の知らせを聞いた時、ルーは迷うことなく会うことを決めた。

ユーリアからの忠告がよぎったが、このまま屋敷に籠っていても何も変わらない。


「ご機嫌よう、番様。素敵なドレスですね」


一言目から毒を含んだ挨拶はいっそ見事なほどだ。

ただの社交辞令ならまだしも、嘲りを含んだ瞳が当てこすりであることを教えてくれる。ルーの現状を知っていれば機嫌がよいはずはないし、ルーのドレスは必ずどこかにアレクシスの色を取り入れているので、まだそんなドレスを着ているのかという遠回しな嫌味なのだろう。


「お褒めに預かり光栄ですわ、ハウザー公爵。本日はどのようなご用向きですの?」


無意味な会話の応酬を続けるつもりはなく、ルーは本題に入った。主導権はあちらにあるものの、可能な限りエドヴィンとの接触は最低限にしておきたい。


「陛下にお会いしたくはありませんか?」


ルーは表情を変えないよう、ぐっとお腹に力を入れる。


(本当にこの方は苦手だわ)


簡単にこちらの状態を見抜き、翻弄しようとしてくるのだ。浅く息を吐き、ルーは頭をフル回転させる。アレクシスに会うことを引き換えに、彼は何を得ようとしているのか。

肯定も否定もせずに無言で見つめるルーに、エドヴィンは相好を崩す。


「ふふ、番様に見つめられるなんて、照れますね。陛下はお忙しくてこちらにお戻りになれませんが、番様が足を運んでいただけるのであれば、俺がご案内いたしますよ」


エドヴィンの狙いは分からないが、誘いを受けてはいけないのは分かる。


「ご親切にありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」


それなのに、気づけばルーはそう答えていた。

嫌がらせでも罠でもいいから、アレクシスに会いたいと思ってしまったのだ。

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