二人の選択
アレクシスがルーに好意を持っているのは番だからで、番と認識する本能が抑えられればアレクシスの気持ちはなくなってしまうのだろうか。
(番だと認識されなければ、私なんてその他大勢の一人にすぎないわ……)
容姿も家柄も教養も性格も、他の令嬢と比べて優れているものなんて何一つない。アレクシスからの愛情は疑っていないが、そこに番という要素がなければ話は別だ。
番でなければアレクシスの伴侶になれないが、番であるならば四家の賛同は得られない。
考え事をしたいと一人にしてもらったので、人目を気にする必要はなくルーはソファーの上で膝を抱えていた。
怖いことや悲しいことがあった時、部屋の隅で身体を丸めて自分の気持ちを押し殺していたあの頃に戻ったようで、胸が痛い。
エドヴィンの話しぶりからするとアレクシスは抑制剤の服用を拒んでいるのだろう。ルーに話せば抑制剤の服用を反対すると考えなかったのだろうか。
(ううん、反対してもしなくても私が抑制剤について知ったことがアレクに伝われば、それで良いのだわ)
抑制剤をアレクシスが拒む理由は、彼の気持ちが本能によって半ば強制されたものではないかという疑念を生む。
どれだけ想いを告げられても、それは子孫を残すという本能的な欲求を満たすだけの言葉ではないかと思えてしまう。
それも愛情のうちだとしても、それだけでは心が満たされない。そう考えるのは望み過ぎなのだろうか。
番に固執しなければアレクシスにはたくさんの選択肢があり、ルーである必要はない。
(……でもアレクは本能だけではないと言ってくれたわ)
ディルニスで交わした何気ない会話の中で、番であってもルーでなければ駄目だったとアレクシスはそんな風に話していた。
(怖いけどアレクと話さないと……)
その時、性急に扉を叩く音が聞こえてびくりとしたが、返事をすればアレクシスが部屋に入ってくる。焦ったような態度に普段のアレクシスらしくないと思っていると、そのまま強く抱きしめられた。
エドヴィンと出会ったことだけでなく、会話の内容も既に知っているのだと察した。
「ルー、私と別の国で暮らそうか?」
唐突に切り出された提案は柔らかい口調なのに、何故か胸が締め付けられる。アレクシスの顔が見たくなって身じろぎするが、腕の力が強くて動けない。
「ずっと旅をしてもいい。私は大抵何でも出来るし、ルーに苦労なんてさせないよ」
「……アレクは、竜帝を辞めたいの?」
その言葉を口にするのは少し躊躇したが、アレクシスの代わりに言わなければいけない気がした。
「そのために生まれたのだから、それが当たり前だと思っていたんだ。竜帝であることに不満はないよ。ただ、私が初めて自分のために望み、願うことはどうして上手くいかないのだろう……」
ぽとりぽとりと、まるで雨のように落ちてくる言葉は、稚い子供のように純粋で悲しげに揺れる。
「アレク、顔を見て話したいわ」
ルーの言葉にアレクシスは腕の力を緩めてくれる。淡く微笑んだ表情が切なくて、ルーはそっとアレクシスの頭を撫でた。目を瞠り驚きの表情に変わったアレクシスはやはり幼く見えて、ルーの口元が綻んだ。
きっと今を逃したらもう聞けなくなる。
「抑制剤を飲んだら、アレクは私のことが好きじゃなくなってしまう?」
言葉にするだけで目元がじわりと熱を帯びるが、きちんと言えたことに少しだけ安堵した。
「ルーを嫌いになんてならない。好きなのはルーだけだよ。愛しているんだ、心から」
真剣な眼差しでそう告げたアレクシスは、はっとしたように唇を噛んだ。今の自分の言葉では信じてもらえないと思ったのかもしれない。
「私も好きよ。アレクが大好き」
「ルーに嫌われたくないんだ。ルーと会う前の私では、きっとルーに嫌われてしまう。それならば竜帝の座なんて他の誰かに渡してしまっても構わない。そうすれば彼らだって反対する意味がなくなるのだから」
幼い頃から側にいて長い時間を過ごした人たちからの反対は、アレクシスにとって予想外で、だからこそ傷ついたし悲しかったのだろう。
不安げな瞳は道に迷った子供のようで、ルーはアレクシスを抱きしめた。
「アレクを嫌いになったりしないわ。アレクはアレクだもの。抑制剤を拒む理由がそれだけなら大丈夫よ。四家の方々にもアレクの伴侶として認めていただきたいわ」
その言葉に嘘はない。だけど怖くて堪らないのも本当だ。
それでもアレクシスに、多くの物を諦めて手放すような決断をさせたくなかった。
「ルー、私のことを信じて待っていて欲しい。ルー以外誰もいらないし愛せないんだ」
その晩、二人で一緒の寝台に寝ころびながら、たくさんお喋りをした。微睡みの中でアレクシスに告げられた言葉に、ルーはきちんと返事ができたかどうか定かではない。
目を覚ますとアレクシスの姿は既になく、温もりの消えたシーツが無性に寂しく感じたことを覚えている。
その日からアレクシスが屋敷に戻ってくることはなかった。




