礼儀作法の講師
「ご無沙汰しております、番様」
礼儀作法の講師としてやってきたのは、ユーリアだった
「ユーリア様はレクス様とのご結婚の準備でお忙しいのではありませんか?」
ユーリアの幸せのためにと婚約者であるレクスが身を引きかけたものの、最終的には婚約を続けることになった二人だ。ユーリアが学生でなくなったこと、また婚約破棄騒動を起こしたという醜聞を打ち消すために早々に結婚式を挙げることが決まったと聞いている。
「わたくしの方で準備することはそう多くありませんの。それに番様にはご迷惑をお掛けしましたのに寛大なご配慮を頂きましたわ。わたくしに出来ることでしたら、喜んでお力になりますわ」
嫋やかな笑みの中に親しみの込められた眼差しを感じ取って、ルーも微笑みを返す。
竜族の侯爵令嬢で、周囲からもアレクシスの婚約者としても申し分ないと評されていたユーリアなら、竜族のしきたりにも詳しくなおかつ安心して教わることができる相手だ。
「ユーリア様、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
「番様、今後わたくしのことは呼び捨ててくださいまし。陛下の番であり、将来の伴侶である貴女様はこの国で、いえ世界で一番貴い身分の女性になりますわ」
ユーリアの言葉に、ルーは言葉につまった。しかしユーリアは高位貴族の令嬢であり、遅かれ早かれ伝わる可能性があるのならば、自分から打ち明けておいたほうがいいだろう。
「……実は、陛下の伴侶として認められないと反対されておりまして……」
「……それは、どなたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
重鎮たちとの顔合わせの時の状況を説明すると、ユーリアは口元を手で覆い、目じりを吊り上げた。
「陛下の番をそのように貶めるとは……!四家は随分と傲慢ですわね……」
苛烈な眼差しに背筋が伸びるが、自分やアレクシスのために怒ってくれているのだと思うと嬉しくなる。
「私、最初から認めてもらえると思っていたわけではないんです。ただ人族であることを理由に反対されるとは思っていなくて……。人族の血を引く陛下のお母様が、お身体の丈夫な方ではなかったとお伺いしましたが、それだけなのでしょうか?」
人族を理由に挙げたのは何かの建前ではないかとルーは考えた。番は定められた存在であり、種族と同様変えることのできない事柄だ。それなのに人族であるということだけで番を拒否するだろうか。
「先帝陛下の番様がお亡くなりになられた際の彼の方の悲哀は深く、このエルクセリアが吹雪に見舞われるほどだったと聞いておりますわ。番様は人族でありますが、神の定めし運命を否定するのは確かに浅慮な気がいたしますわね」
瞳を揺らめかせ思案に耽るユーリアだったが、これという予想が見つからなかったらしく申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ただ人族だから虚弱だという理由もゼロではないと思います。ですから健康の証として乗馬など習いたいのですが、エルクセリアでは淑女の嗜みとして問題ないでしょうか?」
「ええ、問題ございませんわ。わたくし、乗馬も得意ですの」
ルーの言葉にユーリアは目をぱちりと瞬き、それから口元を綻ばせた。
「本日は顔合わせということですが、折角ですから四家のことを少しお話させていただきますわ」
ユーリアは紅茶を一口飲むと、四家について教えてくれた。
建国当初から竜帝を支え続けた四つの公爵家を四家と呼ぶ。エルクセリアだけでなく世界の王としても多忙な竜帝の補佐を行うのが代々の公爵家当主の役割だ。
筆頭公爵家であるグラフ、そしてレーマン、ブラッカー、ハウザーからなる四家は竜帝不在の間、エルクセリアの統治代行という重要な役割を担っている。
「ほとんどが先帝陛下の頃からお仕えしておりましたが、ハウザー公爵家は1年ほど前に当主が引退し、孫であるエドヴィン様が当主として指名されましたわ」
一人だけ青年が混じっていたので目を引いたが、若くして当主になるのだから余程優秀なのだろう。
そんなルーの心情を読んだかのように、ユーリアは補足するように続けた。
「エドヴィン様は幼少の頃から大変優秀な方で、陛下が生まれる前までは次期竜帝候補と呼ばれるほどの方でした。もちろんそんな声は陛下が生まれ、ご成長なさるにつれてなくなりましたが、その頃からあの方は少し……軽薄な言動を取られるようになったそうですわ。周囲に対して悪心を抱いていないことを主張するためだと言われておりますが、ご本人曰く、肩の荷が下りたので素を出しただけだそうです。……真偽のほどは分かりませんが」
少しだけクレイに似ているような気がしたが、最初に目が合った時の印象は怖い人だった。ルーを見極めようとするというには、どこか冷やかな視線を感じた気がしたのだ。
あまり関わりたくない人だと思ってしまったが、会話も交わしていないのにそんな直感にも等しい第一印象は、アレクシスにも伝えていない。
「陛下と四家の関係はどうなのですか?」
「直接見聞きする機会はございませんが、問題なかったと思いますわ。陛下がご幼少の頃から教育係を務め、即位した陛下を支え続けたのが四家ですから。先帝陛下よりも四家の当主方のほうが、陛下とお過ごしになられた時間は長いかもしれません」
アレクシスがあれほど落胆していたのはそのせいだろうか。あの後アレクシスはどこか元気がなさそうに見えた。反対されると思ってもみなかったから、その落差は激しくまるで裏切りのように思えたのかもしれない。
「アレ……陛下がとても悲しそうだったのです。陛下のためにも四家の方々に一日でも早く認めてもらえるようになりたい。……ユーリア、協力してくれますか?」
「勿論ですわ」
躊躇いなくそう告げたユーリアの花が綻ぶような美しい微笑みを見て、ルーは勇気づけられるように覚悟を新たにしたのだった。




