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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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楽園

ひらひらと薄紅色の花びらが舞い落ち、柔らかな風が頬を撫でる。透き通るようなターコイズブルーとどこまでも続くスカイブルーが溶け合う風景の中で、薄紅、レモン、白色などの花々が彩りを添えている。

エルクセリアが楽園だと讃えられる理由が良く分かる美しい光景に、ルーは目を奪われた。


「気に入ってくれたようで良かった」


そう言って微笑むアレクシスの顔はとても優しくて、眩しい。


(この先もアレクの美しさに慣れる事はないかもしれないわ……)


心臓に負担が掛かり過ぎると目を逸らすと寂しそうな表情になるので、何とか踏みとどまって笑顔を返す。

アレクシスの笑みに心を揺さぶられたのはルーだけではないらしく、迎えのため待機していた馭者たちも驚きを隠さず、呆然とアレクシスを見つめている。

ファビアンから声を掛けられて、我に返っている様子にルーは共感の眼差しを送った。


アレクシスのエスコートで馬車に乗って向かったのは、城ではなく屋敷だった。

城はあくまでも執務を行う場所であり、プライベートで過ごす屋敷とは切り離しているらしい。到着したばかりの今日は移動の疲れを癒すため、そのまま休む予定になっている。


「ここが今日からルーが暮らす場所だよ」


馬車から下りてすぐに目に入ったのは、屋敷を囲むように植えられている薔薇園で、可憐で素朴ささえ感じさせる小ぶりの薔薇が咲き誇っている。

灰緑色の屋根と真珠色の壁は温かみがあり、重厚さを感じさせる玄関扉は草花を模った繊細な衣裳が柔らかな雰囲気を醸しだしている。


「屋敷内はあとでゆっくり見て回るとして、まずはルーの部屋に案内しよう」


アレクシスに手を引かれて屋敷内へ進みかけて、ルーは足を止めた。最近はずっと手を繋いでいることも多く当たり前のように感じ始めていたが、屋敷の使用人たちに挨拶をしなければならないのだ。


「大丈夫だからおいで」


アレクシスに言われて中に入ると、誰もいない。


「使用人たちとの顔合わせは明日にしたんだ。今日はこの屋敷に慣れることだけに専念してくれればいいからね」


(甘やかし過ぎではないかしら……)


そう思うもののほっとしたのも事実であり、何よりもアレクシスの気遣いが嬉しい。一緒に並んで階段を上がり、案内された部屋を見て目を瞠る。


大きな窓ガラスの向こうに見える鮮やかな海の色とは対照的に、ほのかな紅藤色の壁紙と琥珀色の調度品など柔らかな色調になっている。

広々とした室内はゆったり寛げるような心地よさがあり、長椅子の上に薄紫色のクッションに気づき、自然と笑みが浮かぶ。


「ルーはこの色が好き?」


ルーの視線に気づいたアレクシスからにこやかに訊ねられた。その瞳には期待が込められていて、自分の色を使ったものを敢えて準備したのだと察した。


「ええ……大好きよ」


そう答えた途端にアレクシスは勢いよく片手で顔を押さえるではないか。


「急にそんなこと言うなんて……狡い」


僅かに覗く頬や耳が真っ赤に染まっている。言わせようとしたのではなかったのかと思いながら、そんなアレクシスの様子にルーはくすくすと笑ってしまった。


そうこうしているうちに、マヤとテレサがお茶の準備をしてくれた。テーブルの上に置かれたのは紅茶だけでなく、小さな丸い瑞々しい果物のようなものが入ったガラスの器に盛られている。


「エルクセリアだけで育つ果物なんだ。果汁が溢れないよう一口で食べた方がいい」


大きな飴玉のように滑らかな乳白色の果物をつまんだアレクシスから口元に差し出されたので、ルーは大人しく口を開けた。アレクシスは菓子や果物、軽食などをルーに食べさせることを好む。

幼児ではないと思いつつ、そんな風に甘やかされた記憶がないので気恥ずかしくもあるが、嬉しいと感じてしまう。


「……んんっ!」


果肉に歯を立てるとぷちんと弾けるような感覚があり、果汁が口内に溢れる。爽やかな甘さの果汁を飲み干し口の中に残る果実を噛めば、さくさくとした食感であっという間に口の中から消えた。


「すっきりとした甘さでとても美味しいわ」

「好きなだけ食べていいからね。ほら、口を開けて」


甲斐甲斐しく餌を運ぶ親鳥のように果物を与えるアレクシスに、ルーはひな鳥になったつもりで口を開けた。とはいえ、自分だけ食べるのも何だか寂しい。


「アレクは食べないの?」


2個目を食べ終えて訊ねると、アレクシスは何かを思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべた。アレクシスがしてくれるように、ルーもアレクシスに食べさせたら良いのだろうか。

そんな風に考えていたルーに、アレクシスは流れるような動作で啄むように唇を重ねた。


「こっちのほうが甘くておいしい」


ぺろりと唇を舐めるアレクシスの色めいた仕草に、ルーの体温は急上昇した。

先ほどまで大好きの一言だけで純朴な青年のように顔を赤らめていたのに、眼差しひとつで妖艶な余裕のある大人の男性に変わっている。


思わず顔を逸らして、視線を彷徨わせていると部屋の奥にある扉に気づいた。


「……アレク、あの扉はどこに通じているのかしら?」

「あちらは寝室だよ。私の部屋とルーの部屋、どちらからでも行けるようになっている」


この雰囲気を変えたくて他愛ない質問をしたはずだったのに、どういう訳か一番間違った質問をしてしまったような気がする。


「そ……そう、なのね」


どうしてこんな時に限ってマヤもテレサもいないのだろう。アレクシスが二人にも休憩を与えるために下がらせたのは分かっているが、この場にいない彼女たちに助けを求めたい気分だ。


「ふふ、可愛い。結婚するまでは口づけ以上のことはしないから、安心して。寝室もルーが望まないなら当分は自室にある寝台で休むことにするよ」


顔を赤らめたアレクシスを笑ってしまったしっぺ返しを受けた気分だ。何ともいえない敗北感を感じながら、ルーは火照った頬を冷やすようにクッションに顔を押し付けたのだった。

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