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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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心の棘(マヤ視点)

「何でマヤちゃんが届けるのさ?これ、本当に番様が書いた手紙?」


へらへらとした表情を浮かべていたクレイだが、用件を伝えると疑わしそうな眼差しを向けてくる。


「お嬢様はお忙しいので。使用人として主人の名を騙るような愚かな真似は致しません」

「ふうん。まあいいや」


そっけない返答だったが、クレイはあっさりと引き下がった。元々疑っていなかったのだろう。


「……何を企んでいるのですか?」


腹の探り合いは得意ではない。単刀直入に問えば、クレイは鼻を鳴らして言った。


「マヤちゃんにも話していないんだ。義理堅いというか、番様って気弱そうに見えて案外頑固――逞しいよね」


何を馬鹿なことをと言いかけて、アレクシスと会ったばかりのルーの頑なさを思い出す。罪悪感から唯一の居場所にしがみ付いていたルーは、確かに意志が強いところがある。


「あまり過保護にしなくてもいいんじゃない?心配しなくても僕は番様、タイプじゃないし」


そう言って去っていくクレイを止める言葉も持たず、マヤは溜息を吐いた。だが視線を感じて振り返るとブルーノがすぐ近くに立っていた。


「あいつに困らされているのなら、助けてやってもいい」


代わりに母に会えと要求するつもりなのだろう。余計な言質を与えないためにも、マヤは無言で踵を返した。

それ以降、ブルーノには会っていない。



「久しぶりだから、何だか緊張してきたわ」


エルクセリア行きが決まり家庭教師の手配も整ったが、ルーは学園に通うことを希望した。通常の授業だけでは間に合いそうにないため、家庭教師は週末に卒業試験用に勉強をみてもらうことになっている。


アレクシスは多少不満そうだったが、2ヶ月だけだということでルーの願いを聞き入れた。わざわざ学園に通わなくてもと思ったが、ルーからアレクシスの仕事の邪魔をしたくないのだと告げられて納得した。

これまで我慢していた反動か、屋敷内にいるとルーの側から離れたがらないのだ。


アレクシスが本気になれば、仕事なんて早々に片付けてしまうのだろうが、ルーの性格上、気になってしまう気持ちもよく分かる。

マヤにもアレクシスから言い渡された課題があるので、学園に通えるのはありがたい。


(だけど、向き合おうにもどうせ平行線なのに……)


「あら……」


ルーの驚いたような声に視線を辿れば、悩みの張本人が待ち構えるように教室の前に立っていた。同族の気配には疎くなるのか、先に気づかなかったことが余計に腹立たしい。

だがルーが側にいたせいか、ブルーノは無言でその場を後にした。


「私が一緒にいたから話しかけられなかったのね」


悪いことをしたと、ルーは申し訳なさそうな顔しているが、気にする必要などない。


「どうせ碌な話ではないでしょうから構いません」


そう告げると、ルーがどこか迷っているような素振りを見せる。何か気になることがあるのだろうかと様子を窺いながら待っていると、ルーは意を決したように口を開いた。


「あのね、ブルーノ様はマヤと仲良くなりたいだけなんじゃないかしら?私とメリナは歪な関係だったけど姉としての視点で見ると、何となくそんな気がするの」


他の者から言われれば一蹴しただろうが、マヤを気に掛けながらおずおずと口にするルーに何と返答してよいか迷う。


「確かに最初は乱暴な口調だったけど何だか拗ねているようにも見えたし、一緒に昼食を摂った時もマヤをずっと気にしていたわ。マヤが嫌なら仲良くしなくてもいいけど、そういう可能性もあることを伝えたくて」


母と再婚相手との子供、ただそれだけの認識だった。わざわざ突っかかってくるから、マヤの存在が余程気に食わないのだろうと。

あり得ないと思うのにルーの言葉を一概に否定しきれない自分がいて、そんな考えを振り払うため別の可能性を模索する。


(母上に会ってほしいと言っていたし、そのために機嫌を取ろうとしているのでは?)


そう考えたほうが納得できる。

わざわざ会いに行くような時間もないし、これ以上関わったところでお互い何の得にもならない。

気乗りはしないが、きちんと説明すれば諦めるだろう。


これでアレクシスから言い渡された仕事を果たすことが出来るとその時のマヤは思っていた。



(一体、これは何なのだろう……)


「っく、姉上はどうして、そんなに俺のことを嫌うんですか!?」


これ以上は時間の無駄だから関わるなと伝えた途端に、ブルーノの瞳から大粒の涙が溢れだしたのだ。もうすぐ成年に達しようかという男の奇行に呆気に取られていると、詰るような口調で責められた。


「確かに最初は居丈高な態度を取りましたが、強者でないと姉上は頼ってくれないからと思ったからで!母上のことが嫌いでも俺のことまで嫌わなくていいじゃないですか!」

「……好きになる理由もないでしょう」


恨みがましい目で見られたが、涙で濡れているのでちっとも怖くない。


(そう言えば母様もそんな人だった……)


情熱的と言えば聞こえはいいが、感情が高ぶり過ぎて相手の空気を読まないというか、ストレートに自分の気持ちを伝えては、よく失敗していた気がする。

直情的なところは母親から受け継いだらしい。


「俺はずっと姉上に会いたかったし、会う前から姉上のことが好きでした。だから姉上も俺のこと好きになってください。姉上以外の姉上はいりませんし、姉上の弟も俺だけです」


ちょっと何を言っているかよく分からない。フィンに護衛を代わってもらって時間を作ったというのに変なところで拗れている。

ルーの感覚は正しかったのだろうが、これは流石に想定外だ。


「……あの人には会いませんし、私もエルクセリアに戻ります。貴方の姉にはなれませんよ」

「側にいられれば嬉しいですけど、離れていても姉上に変わりはありません。……ですから、手紙を書いてもいいですか?」


期待と不安が入り混じった濃紺の瞳に、口が滑った。


「好きにしたらいいわ」


きちんと断った方が後々面倒はない。だけど肯定とも否定とも取れる返事に、ぱっと表情を輝かせるブルーノに前言撤回するのは躊躇われた。


弟妹というのは勝手に兄姉に甘えてくる生き物なのだろうか。

マヤとしてはルーのほうが護ってやりたくなるし、甘やかしてやりたくもなる。

無意識のうちにルーに妹のような感覚を抱いていたことに気づく。


使用人としてのけじめは必要だが、心の裡を零せるような相談相手としてならば、それくらいの親しさはあっても良いのかもしれない。


(護衛としては力不足でも、お嬢様が安心して過ごせるように努めよう)


エルクセリア行きが決定してから、心に燻っていた懸念がなくなり心が軽くなる。


『大好きよ。駄目なお母様でごめんなさい』


父のことが好きすぎて不安定な母だったが、嫌われていると思わなかったのはずっとそう言われ続けたからだ。

仕方ないと許せるほど寛大にはなれず、それでも憎み続けるほど強い執着を持っているわけではない。

だから関わらないのが一番だと思っていた。


「今後は姉上と呼んでもいいですか?」


ひとしきり泣いて落ち着いたのか、照れくさそうに今更ながら聞いてくるブルーノに呆れながらも無言で頷く。

この判断が正しいのかは分からないが、少なくともルーやバートは喜んでくれる気がする。


(いつか会っても良いと思える日が来るのかしら?)


無邪気に顔を輝かせる弟を見て、マヤはそんなことを思った。

ブルーノに会ってからちくちくとマヤの心を刺していた棘はいつの間にかなくなっていた。

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