自覚
次の日、ルーは学園を休んだ。
(私には、あんなに過保護だったのに……!)
アレクシスが医者の診察を受けていないと知ったのは、今朝のことだ。テレサにアレクシスの体調を訊ねて口を濁されたので、それならば医者に話を聞きたいと話したところ発覚した。
「病気ではなく体質のようなものだから、気にしなくていいよ」
部屋を訪れたルーに、アレクシスは大したことではないというように淡く微笑む。ベッドではなく机で仕事をしていたものの、朝食を一緒に摂ることはなかった。
避けられているのか、体調が優れないのか、ルーには判断が付かない。
だが屋敷内にいる使用人たちはどこか落ち着かない雰囲気で、アレクシスを心配する気配が伝わってくる。
「それなら私が体調を崩しても――」
「それは話が違うよ。竜族は頑強だけどルーはか弱い人族の女性なのだからね」
言い終わる前に否定されてしまって、ルーは押し黙った。ルーのことは心配するのに、自分を蔑ろにするようなアレクシスの言動に怒りが込み上げてくる。
「お医者様に診てもらうまで、アレクの側から離れないわ」
我儘だと思われてももう構わなかった。いくらアレクシスが頑強であっても、体調を崩したことは事実であり、専門の医者に診てもらわなければ安心できない。
「……私にとっては嬉しいことだけど、本当に大丈夫なんだよ?」
アレクシスの言葉を無視して、ルーはアレクシスの部屋に居座ることにしたのだった。
「ルー、退屈ではない?お茶の準備をさせようか?」
「王都の外れにある動植物園には大きな温室があって、一年中綺麗な花が見られるそうだよ」
時折手を止めては、ルーを気遣ってアレクシスは様々な提案をしてくれるものの、ルーはどれも首を横に振った。欲しいのはそんなものではない。ただアレクシスの状態を知りたいだけなのに、何も伝えてくれないことが悲しかった。
(私では何も力になれないのだろうけど……)
ルーが訊ねると嬉しそうに答えてくれていたアレクシスの姿を思い出し、胸がぎゅっと締め付けられる。
いつの間にこんなに贅沢になってしまったのだろう。
優しく甘やかされているのは変わらないままなのだ。アレクシスが話さない以上、ルーが知る必要のないことで、それを無理に聞き出すべきではないとは思う。
今の自分は我儘を言ってアレクシスを困らせているだけだ。
何度目か分からない溜息が漏れ、一向に頭に入って来ない本の内容をぼんやりと眺めているとファビアンがやってきた。
「ルー、仕事の打ち合わせで少し出掛けてくるね。何か欲しい物はないかな?」
流石に外出先まで付いて行くわけにはいかない。見送りの言葉を掛けて、ルーは自室へと戻った。
ぼんやりしていると、いつの間にかアレクシスのことばかり考えてしまう。
「そうだわ……手紙を書かないと」
気分を変えようとお姫様への手紙を綴っているうちに、涙が込み上げてくる。
もしもルーが番でなければ、もしもお姫様のような素敵な女性が番であったら、互いに支え合うような関係だっただろう。
「本当に……贅沢になったわ」
かつてアレクシスに婚約者や恋人がいてもおかしくないと思っていた。あれから少ししか経っていないのに、今のルーはそう考えるだけで苦しくなるのだ。
アレクシスに何かあったらという想像は足元が崩れるような恐怖に襲われる。
(私はアレクが好きなんだわ……)
ルーを救ってくれた恩人であり、保護者のように慈しみ頑ななルーの心にずっと寄り添ってくれた優しい人。ルーが怖がらないように少しずつ愛情を注いでくれているのだとマヤは教えてくれた。
ルーが萎縮しないように、気持ちが追い付くようにずっと待っていてくれたのだ。
アレクシスがルーに病状を打ち明けないのは、ルーが弱くて庇護対象だと思われているせいかもしれない。もしも気持ちを伝え、アレクシスを支えたいと告げたならアレクシスはどうするだろうか。
書き終えた手紙とともに、ルーはアレクシスに想いを伝えるためマヤにある物を頼んだ。
「やっと完成したわ……」
明け方まで作業していたおかげで寝不足だが、達成感と相まって晴れやかな気分だ。なかなか思うような仕上がりにならず、当初の予定よりも時間が掛かってしまったものの、これなら自信を持って渡せる気がする。
学園を休んで1週間、その間にアレクシスが大きく体調を崩すようなことはなかった。ルーが部屋に居座っていても嫌な顔をするわけではなかったが、僅かに困ったような微笑みを浮かべるアレクシスを見るたびに心が痛んだ。
病気をきっかけに距離を置かれてしまったようで寂しい。
出会ったばかりの頃、番だという理由で拒絶されたアレクシスはどんな気持ちだったのだろうか。
(もう、魔法は解けてしまったのかもしれないけど……)
アレクシスがルーのことをどう思っていたとしても、想いを伝えたい。
朝食後に少し時間をもらおうと決めたルーだったが、予期せぬ来客に急遽予定を変えることになってしまった。
「クレイ、どうしたの?」
「どうもこうも番様が学園に来なくなったからでしょ」
応接室に入ると落ち着かない様子で待っていたクレイは、文句を言いながらも一通の手紙を差し出した。
「返事が来たけど、勝手に読むわけにはいかないから」
流麗な書体で綴られた宛名にはルーの名前が記されてあった。




