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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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体調不良

帰宅すると屋敷の中は慌ただしい雰囲気が漂っていた。二階から下りて来たファビアンがルーの顔を見て表情を変えたが、すぐに薄い微笑みを浮かべて丁重に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ファビアン、何かあったの?」

「いえ、何もございませんよ」


張り付けたようなファビアンの微笑みから言葉通りではないことが察せられたが、ルーに事情を話すつもりはないらしい。


(私が知らない方がいいことなのかもしれないけれど……)


一瞬だけ見せたファビアンの縋るような眼差しが気に掛かった。


「アレクは何処にいるの?」

「どうかご容赦を。私の口からはお嬢様にお伝えすることが出来ません」


氷の塊を呑み込んだように胸の奥がひんやりとして、不安がせり上がってくる。アレクシスの居場所を聞いただけなのに教えてもらえないことなど初めてだった。


「ファビアン……フィン?」


何とか事情を話してもらおうと言葉を掛ける前に、ルーの袖が不意にぐいっと引っ張られた。何かを訴えるフィンの瞳に、ルーはアレクシスの元へと案内しようとしているのだと直感する。フィンの後を追う前にルーが振り返ると、ファビアンは深々と頭を下げていたのだった。


辿り着いた先はアレクシスの私室だ。扉をノックしても応答はなく、物音一つ聞こえない。


(でも、きっとアレクに何かあったんだわ)


ルーの行動を止めることなく、まるで託すように見送っていたファビアンの姿を思い出して、ルーは扉を開いた。

室内は灯りを点けておらず、カーテンも閉められているため薄暗い。


「……ルー?」


目を凝らすよりも先にアレクシスがベッドから身体を起こす。少しだけ掠れた声は気怠さを伴っていた。


「勝手に入ってごめんなさい。心配で様子を見に来ただけだから起きなくていいわ」


ベッド横に駆け寄って声を掛けたが、アレクシスは横になろうとせず、ルーをじっと見つめている。いつものような慈しむようなものではなく、何かを惜しむように注がれる眼差しに、再び冷たい不安が胸を満たす。


「っ、アレク……お願いだから、安静にして」


ファビアンがルーに何も伝えなかったのは、アレクシスの指示だろう。心配させないための配慮なのかもしれないが、ただの体調不良でわざわざそこまで口止めする必要があるとは思えない。


(もしも、治療方法がないような重い病気だったら………)


「少し気分が悪かったのだけど、もう大丈夫だよ。だからそんな顔をしないで」


アレクシスの言葉にほっとしかけたのも束の間、ルーの頬に触れた手は室内にいたとは思えないほど冷たい。


「治るまで側にいるわ。欲しい物があれば用意してもらうから何でも言って」


アレクシスの手を少しでも温めようと、ルーは両手で包み込むように握りしめる。


「治ったら、もう一緒にいてくれないのかな?」


揶揄うような口調なのに切実さを滲ませた瞳は、病気で心細くなっているせいだろうか。怖がっている場合じゃないと、ルーは嫌な想像を振り払い、出来るだけ穏やかに言葉を掛ける。


「ずっと一緒にいるわ。アレク、身体が冷えてしまうから横になったほうがいいと思うの。無理をしたらまた気分が悪くなってしまうかもしれないわ」

「……うん」


大人しく横になったアレクシスに毛布を掛けようとするものの、アレクシスは指を絡めてルーの手を離そうとしない。


(甘えているのかしら……)


そう思うと解きにくく、もう片方の手だけで毛布をたぐり寄せて肩まで引き上げる。繋いだ手は冷やさないように一緒に毛布の中だ。


「ルーはきっと簡単に悪い男に騙されてしまうね」


心配だと呟くアレクシスはいつになく不安そうにしている。そんな気持ちを払拭してあげたいが、クレイの思惑に引っかかってしまったばかりなので騙されない自信はない。


「……そうならないように気を付けるわ」


ルーの返答にアレクシスは頷き、ルーの手を頬に押し当てた。やり方は違えど、甘える時のフィンの仕草に似ていて、張り詰めていた心が和らぐ。


(可愛い……ううん、可愛いと言うよりも……)


「ねえ、ルーにとって私はどんな存在?」

「え……?」


アレクシスの質問に思考が霧散する。

恩人であり保護者であり大切な人だが、そのどれも正しくて違うように思う。


「変なことを聞いたね。悪い男に騙されないうちに、部屋に戻った方がいい」


ルーが最適な言葉を探し当てる前に、アレクシスはルーの手を解いて言った。明らかに一線を引かれたわけではないが、その言葉に失望のようなものを感じ取ってルーは動きを止める。

無言で浮かべている微笑みはいつもよりよそよそしく、拒絶を示しているような気がしてならない。


「側にいるのは、迷惑……?」

「そんなことないよ。ただ私の看病をする必要はないから、ルーはルーのしたいことをしておいで」

「私は……」


アレクシスの側にいたいと言うのは、ルーの我儘だろうか。

ルーが望めばアレクシスは許してくれる気がしたが、体調が悪いのに困らせたくはない。


後ろ髪を引かれながらも、ルーはアレクシスの部屋を後にしたのだった。

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