秘密
「それで、どうやってあの方に接触する気なの?」
刺々しさは幾分ましになったものの素っ気ない口調で訊ねたクレイに、ルーは緩みかけた気持ちを引き締めた。迂闊な返答をすれば、クレイはきっと協力してくれないだろう。
「まずは、お手紙を書こうと思うの」
「知らない相手からの手紙なんて受け取らないんじゃない?」
クレイは即座に否定的な反応を示すが、それは織り込み済みだ。
「名前は知らなくても学園から送れば、開封してもらえるんじゃないかしら?それから私が書いた手紙をクレイに添削してもらいたいの」
「……他人宛ての手紙なんて、普通は読まれたくないものだと思うけど」
クレイの言動は確かに悪意があったが、メリナの友人たちから受けた嫌がらせに比べれば酷いものではなく、ただそれがずっとルーが抱いている罪悪感を刺激しただけなのだ。
今もルーの立場で考えてくれているし、贈り物についてもきちんと考えて提案してくれたことといい、どちらかと言えば面倒見が良い方なのだと思う。
「私は平気よ。むしろ高位の方にお手紙を書いたことがないから失礼なことを書いてしまわないか不安だし、クレイが確認してくれたほうが安心だわ。内容に問題なければクレイが宛先はクレイが書いてくれる?」
お姫様にコンタクトが取れるなら、ルーがお姫様の情報を知る必要はない。そのほうがクレイも安心なのではないだろうかと思ったのだ。
「あんたが……番様がいいならいいよ」
数日以内に手紙をしたためると伝えれば、クレイはぶっきらぼうな返事をして出て行った。
無意識に深い溜息が漏れる。交渉と呼べるほどのものではないが、何とかクレイの合意を得ようと必死だったので、それなりに緊張していたのだ。
途中で感情的になってしまったのは反省点だが、取り敢えずは目的を果たしたので上出来と言えるだろう。
視界の隅で鞄が小さく揺れて、ルーの口角が自然と上がった。
「大人しく待っていてくれてありがとう、フィン」
「キュイ」
つぶらな瞳で見つめてくるフィンの頭を撫でれば、嬉しそうに顔を擦りつけてくる。一人でクレイと会うのは安全上認められないと反対するマヤの代わりに、護衛として鞄の中にいてもらったのだ。
「フィンは本当にお利口ね。一緒にいてくれて心強かったわ。このことはアレクやマヤには内緒にしてくれる?」
お姫様のことを話せば、クレイのことも話さなくてはいけなくなる。過保護な二人に伝わればきっと事が大きくなってしまうだろう。
フィンとは言葉を交わせなくても、多少の意思の疎通が出来る。
流石に伝えることは難しいだろうなと思いながらも軽い気持ちで口止めを頼んだことが原因で、大変な騒ぎになることをルーは知らなかった。
こつんと窓ガラスを叩く音に、ファビアンがすぐに動いて窓を開ける。護衛としてフィンを連れて行きたいというルーの願いを何も聞かずに快諾したものの、マヤからクレイ・ファルケについて報告は受けていた。
マヤと離れて行動することは好ましくはないとは言え学園に通う以上、同級生と関わるなとは言い難い。たとえそれが異性であっても、それを止めるのはルーの自由を奪うことに繋がる。
本能だけでルーを求めたのなら、学園に通わせることもなく、ずっと屋敷に閉じ込めていただろう。
(だけど、私はルーに外の世界を知って欲しいと思ったから)
親からの愛情を与えられず、幼少期から搾取されるだけだったルーに、選択できる自由を知り、好きな物を見つけて欲しかった。
それがたとえアレクシスの望まない結果になったとしても、それがルーのためになるのならばと思ったのだ。
「フィン、ルーの話を聞かせて」
ファビアンが軽食の準備に退室するのを一瞥し、アレクシスは逸る気持ちを抑えながら告げた。フィンの様子から何事もなかったことは分かっているが、わざわざマヤを遠ざけた理由は気になる。
『主様には内緒。ルーと約束した』
「…………内緒?」
まさかの黙秘にアレクシスは信じられない思いでフィンを見つめた。
『……約束破る。ルーが悲しむ』
アレクシスが命じれば聞き出すことは可能だが、悲しそうに鳴いて下を向くフィンにルーの姿が重なる。ルーはフィンもアレクシスも責めないだろうが、悲しませてしまうことは間違いない。
「……ルーに危険はないんだね?」
『ルーは怒ってたけど、怖がったり嫌そうじゃなかった』
(珍しいな……)
ルーが怒ったのならそれは他人のためだろう。自己肯定感が低く、すぐに自分を責めてしまう癖は簡単には直らない。それでも感情的になること自体は珍しく、それ故に会話の内容が気に掛かる。
思い当たるのはマヤのことぐらいだが、そうなるとどうしてアレクシスにも秘密にするのかが分からない。アレクシスが可能性を並べていると、フィンが思い出したように言った。
『主様、コンヤクハキって何?』
ルーと鳥族との会話で出て来た言葉に違いないが、何故婚約破棄の話になるのだろうか。クレイ・ファルケに婚約者はおらず、アレクシスはまだルーと婚約していない。もちろんマヤもだ。
(……そういえば狼族はルーの妹と会ってすぐに婚約していたな)
もしかしてそのせいで、ルーはアレクシスと婚約状態だと思い込んでいるのではないだろうか。
アレクシスはルーの心が伴わないうちに婚約を進めるつもりはなかった。囲い込むことは簡単だったが、そんな環境ではルーは恩義を感じたとしても愛情を返してもらえないだろうと思ったのだ。
「…………っ」
ルーが自分との婚約関係を破棄したいと望んでいると考えるだけで、胸が抉られたように痛む。もしも鳥族に惹かれてしまったのなら、マヤにもアレクにも秘密にしたいというのは当然だ。確証もないのに嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
他国の話を好奇心に瞳を輝かせながら耳を傾けるルーに、色んなことを体験させてやりたいと思ったのはアレクシスだ。その判断が間違っていたとは思わない。だがこうして望まない事実を突きつけられると、足元が崩れていくような絶望感に襲われる。込み上げる感情とくらくらと揺れる視界を遮断するように、アレクシスは固く目を閉じた。




