表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/57

沈めた想い(クレイ視点)

『どうして今更、番なんて……!』


ひび割れた声が彼女の心情を物語っているようで、胸が締め付けられる。


『帰国したら婚約発表を行うはずだったのに、どうして………、……レク…さま……っ』


慰める侍女の言葉など耳に入らないかのように、切なさと悲哀を滲ませながら嗚咽の合間に彼女は婚約者の名前を呼んでいる。

それ以上は聞いていられずに、クレイはそっとその場から離れた。


それから僅か五日も経たずに、一言も交わせないまま彼女が帰国してしまうなんて、その時のクレイは想像だにしていなかったのだ。



ユーリア・D・ビエリ侯爵令嬢、竜族の貴き身分のお姫様と必要以上に親しくなるつもりはなかった。

今後の商売に繋がる可能性がある同級生たちには、軽口を叩きながらある程度の関係性を築いているが、大半が領地に留まる竜族に顔を売っても需要は皆無に等しいし、身分が高すぎるのでファルケ家で取り扱う商品に興味はないだろう。

それなのにあのお姫様は高慢に振舞うことなく、誰に対しても分け隔てない態度で話しかけてきたのだ。


『折角だからいろんな方と話してみたいの。良かったら貴方のお話も聞きたいわ』


適当にいなすつもりが、軽薄な態度にも腹を立てることなく、令嬢に無縁な商売の話をしても、子供のように好奇心に瞳を輝かせる彼女に、クレイは毒気を抜かれてしまった。

そんなユーリアを慕う者は男女問わず多かったが、それでも竜族のお姫様に気安く話しかけることは出来ず、遠巻きに様子を窺う者が大半だ。


それを尻目にクレイは他の同級生と同じようにユーリアと言葉を交わし、気まぐれのように会いに行き、軽口を叩く。

ユーリアだけが特別ではなかったし、周囲も羨望と呆れの視線を向けながらも、クレイらしいと捉えていただろう。

だけど常にユーリアの側にいた侍女、ヴァレリーだけは違った。


『我らが姫様は、家柄、容姿、教養、人品、全てにおいて、陛下の婚約者としても申し分ないほど高貴な御方です。意味はお分かりになりますね?』


珍しく一人でいたヴァレリーに声を掛けられ、前置きもなく告げられた言葉に釘を刺されたのだと分かった。

分不相応な望みを抱くほど、身の程知らずではない。ましてや竜帝陛下の婚約者候補など論外だ。


無言で頷くと、ヴァレリーは一礼して立ち去ったが、クレイはその場から動けなかった。ヴァレリーから牽制されて、初めて自分の気持ちに気づかされたのだ。

報われるはずのない恋心など、気づかなければ良かった。


交易に貢献した功績として、二代前に男爵位を叙爵したものの結局のところ商家の次男だ。お姫様に不釣り合いなことは明らかだったため、気持ちを打ち明けることはもちろん、この想いに気づかれるような真似をするつもりはなかった。

ただもう少しだけ彼女の側にいたかっただけなのだ。



傷心の彼女に何かしてやれることはなかっただろうか。そう考えては、自分ごときが何か出来ることがあるなんて思い上がりも甚だしいと、無力感と苛立ちを胸の奥に押し込める。

どのみち数ヶ月後にはいなくなるはずだったのだからと言い聞かせても、彼女への想いはクレイの中で燻り続けた。


そしてユーリアがいなくなった二ヶ月後、陛下の番がやってきたのだ。


第一印象は、『凡庸』の一言に尽きる。

ユーリアに比べると全てが劣って見える番に、どうしてこんな女を陛下は選んだのかと思いかけ、番だからと当たり前のことを思い出したが、感情的にはどうも納得がいかない。

一緒にいる侍女兼護衛のほうが、まだ愛らしい顔立ちをしている。


見ていると腹の底から怒りが込み上げてくるのに、気になって仕方がない。相手は竜帝の番なのだから、迂闊に手を出せば家にも迷惑が掛かる。


そう思っていたのに、買い物をしているところを目にして半ば衝動的に声を掛けた。

陛下への贈り物を選んでいるのに、眉を顰めている様子から相手への想いを感じられない。婚約者や愛する者への贈り物は、どれだけ真剣であっても喜びや愛しさが溢れているものなのに、不安そうな眼差しが無性に腹立たしく感じたのだ。


(ユーリア様の場所を奪っておいて、ふざけるなよ……!)


どれだけ黒い感情を抱えていたとしても、クレイは貴族であり商人だ。人懐こそうな笑顔を浮かべ、図々しさの一歩手前の気さくさで話しかけると、すぐに警戒が緩んだ。

護衛を兼務しているマヤという侍女は警戒したままだったが、断りにくい理由を並べれば渋々ながらも承諾した。


(危機意識のない主人を持つと苦労するよね……)


他人事のように思いながらも、言葉を掛けて距離を詰めていく。自分でも、これからどうするのかなんて考えていなかったので、いつも通りの態度を装いつつ贈り物を選ぶ。

生真面目な侍女にうんざりし、少しだけ意地悪な気持ちで吐いた一言に陛下の番は顕著な反応を示した。


たかだか侍女との距離感を指摘しただけなのに、陛下に見初められた自分は誰からでも好意を抱かれると思っているのだろうか。

傷つき怯えたような表情は一瞬だったが、クレイの中にある嗜虐心が灯る。


竜帝陛下の番のくせに、何の不満があるというのだ。

可哀そうなのはあんたじゃない。

少しは思い知ればいい、そう思った。


顔見知りであったブルーノとマヤの間の確執を利用して、陛下の番からマヤを引き離すのは簡単に事が進んだ。

忠告を装って少しだけ嫌味を言えば、面白いほどに狼狽した。どれだけ甘やかされた環境で育ったものかと不快になる。


大それたことをするつもりはない。ただその立場が他者の犠牲によって成り立ったものだと知ってもらうだけだ。

泣いたら流石にバレるかな、と思ったが、クレイはうっかり本当のことを話してしまっただけなので、言い逃れをする自信はある。


マヤに胸ぐらを掴まれたときにはそんな余裕があったが、制止する声に顔を向けると陛下の番は今にも倒れそうなぐらい顔面蒼白な状態だった。

やり過ぎたという気持ちと、正当な罰だという気持ちがせめぎ合う。

咎めるようなブルーノの視線に気づかない振りをして、クレイはへらりと笑ってやり過ごした。


翌日、陛下の番に呼び出されると、平然な顔をしていてほっとすると同時にイラっとした。たった一日で気にならなくなるようなことだったのかと理不尽な怒りに駆られる。

その上、婚約者などいなかったなどと言い出したのだ。ユーリアの苦痛をなかったことにしようとするなど許しがたい。


とはいえ、これ以上は自分だけでなく家にも塁が及びかねないと惚けると、ユーリアに会って婚約破棄について訊ねると言うではないか。

何かの罠かと思って慎重に答えていたが、ユーリアをさらに傷つけるような行動に黙っていられず、声を荒げてしまった。


おまけに心の底に燻っていた陛下への不満を口にすれば、気弱そうに伏せていた瞳に強い意志がよぎる。これまで聞いたことがないほど大きな声で言い返されて、唖然とした。


(……陛下のこと、ちゃんと好きなんじゃないか)


自分のことは何を言われても反論しないのに、陛下のことになると人が変わったように食って掛かる様子を見て、少しだけ怒りが削がれた。

彼女の言うことにも一理あるが、クレイは悲嘆に暮れるユーリアの言葉を聞いている。これ以上言い合っても無駄だろうと思うのに、何故か陛下の番は諦めようとせず、クレイの感情を揺らす。


相手を傷つけても知りたいと願うのは傲慢だと思う。

ユーリアが今も悲しんでいるのか、それとも別の幸福を手に入れたのか、クレイも知りたいと思ってしまった。

かつてのユーリアの悲しみが、別の理由であってほしいと僅かに考えてしまったこともその一因だろう。


「…………条件は付けるからね」


溜息を吐きながら言ったのに、陛下の番は嬉しそうに顔を輝かせながら頷くから、クレイは唇を尖らせて不満を示したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ