前途多難
(ううっ、緊張してきたわ……)
今回学園に通うことが決まってから、ルーはある目標を立てていた。
以前は入学前から既に妹を虐める意地悪な姉という悪評が広まっていたため、同級生と親しくなることなど諦めていた。だが、今回は同級生と仲良くなって、出来ることなら友達になりたい。
そのためには最初は肝心だが、学期途中の編入になるため交友関係は概ね出来上がっているに違いない。その輪の中に入るには、なかなかのコミュニケーション能力が必要とされるだろう。
新しい制服に着替えると、緊張はますます高まっていく。
「お嬢様、馬車の準備が出来ました」
声を掛けてくれたマヤも、前回と同じくルーと共に学園に通うことになっている。一人でないことを心強く思いながらも、マヤに頼ってばかりではいられない。
自分に気合を入れて部屋を出ると、玄関にはアレクシスの姿があった。
「初日だし、一緒に付いて行こうか?」
ルーが緊張していることを察したらしく、アレクシスらしい気遣いに自然と笑みが浮かぶ。
「マヤもいるから大丈夫だよ。ありがとう、アレク」
「うん、無理はしなくていいからね。いってらっしゃい」
息が止まりそうになり、ルーはアレクシスの言葉を反芻した。ずっとメリナだけにしか掛けられなかった、いってらっしゃいという言葉。そんな風に送り出されたらどんな気持ちになるのだろう、と想像してみたこともあった。
(すごい……想像以上だわ)
優しく背中を押してもらったような感覚に、心がすっと軽くなり緊張なんか吹き飛んでしまった。
「……行ってきます」
嬉しさと照れくささが入り混じったような気分で、ルーは学園へと向かったのだった。
教室に入ると一斉に注目が集まるのを感じたが、自意識過剰だと自分に言い聞かせてそっと息を吐く。編入生が二人いれば、愛らしいマヤの方に視線が向くに決まっているのだから緊張する必要はない。
担任教師のマーカスから紹介されている間、ルーはそっと教室内に視線を走らせる。僅かに違和感を覚えたところで、自己紹介を促されたため一旦考えるのを止めた。
「コノル王国から来ましたルー・エメリヒです。よろしくお願いします」
ディルニス王国もコノル王国と同じぐらい小さな国だが、他国と囲まれるような立地のため交易が盛んで、留学生の受け入れも多いらしい。
(だから特別目立つこともないと考えていたけれど、この反応はどう考えるべきかしら?)
ルーに続いてマヤが挨拶をしている間にそれとなく様子を窺ったが、先程の違和感は変わらない。
「席は決まっていないので、好きな場所に座って下さい」
教室は座席が後方になるほど高くなっている階段状になっており、どこに座ってもノートが取りにくいということはなさそうだ。
「ルー様、こちらに座りましょう」
マヤが示したのは、不自然なほどに前後左右に誰も座っていない一角だ。ルーもそこに座るべきだろうかと考えていたので、マヤと一緒に席に着いた。
好意的に考えれば、編入生が迷わないように予め席を空けていてくれたのだと解釈できる。
しかし教壇で挨拶をしている間、誰とも目が合わなかったのはあまり良い兆候ではないだろう。
(避けられているのかしら……)
早くも目標達成が危ぶまれたが、まずは授業に集中することにしなければならない。付いていけないほどではないが、しっかり聞いておかないと追いつけなくなりそうな内容のおかげで、余計なことを考える余裕はなかった。
お昼休みになって、ようやく一息つけた気がした。勉強は苦手な教科はあるものの、嫌いではない。それに通わせてもらっているのだからしっかり学ばなければと気負う部分もあって、無意識に力が入っていたようだ。
だがそんな風に気が緩んだのはルーだけではなかったらしい。かつんと何かが落ちる音がして、転がってきたペンがルーの足元で止まった。
「どなたの持ち物ですか?」
拾い上げて訊ねれば、顔を引き攣らせた令嬢が駆け寄って来たかと思うと、勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「え……あの、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ?」
「いいえ!お手を煩わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。し、失礼します」
そろりと両手を出した令嬢の手にペンを載せると、再び深々と頭を下げてから、令嬢は逃げるように去っていった。
(避けられているというより、怖がられているわ……)
「お嬢様、昼食はカフェテリアで頂きましょう」
項垂れるルーに、マヤは何事もなかったように告げてルーを誘導しながらカフェテリアへと向かった。
温かい紅茶を注文して席に着くと、近くにいた生徒たちが一斉に席を立ったが、ルーはもう驚かなかった。
「マヤ、どうして私がアレクの番だって知られているのかしら?」
「ご主人様は前回の反省を生かして、お嬢様が危害を加えられないよう配慮したようですね。獣族も多いですし、身分を笠に着る連中がいないとも限りませんから」
マヤの言うことは理解できるが、流石にこれは行き過ぎではないだろうか。アレクは一体どれだけ圧力を掛けたのだろう。
(せっかくお友達を作るチャンスだったのに……)
周囲から遠巻きに見られている気配を感じながら、ルーはサンドイッチを咀嚼して溜息ごと呑み込んだのだった。




