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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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19/21

決別と感謝

強くなろうと決めたからと言って、すぐにそうなれるわけではない。


祖父母と両親の話し合いに同席するため、アレクシスとファビアン、そしてマヤと一緒に実家へと帰ってきた。

緊張のままに屋敷内に入れば、お祖母様とお父様が、激しい応酬を繰り広げており、思わず足を止めるルーにアレクシスは頭を撫でながら言った。


「怖かったらマヤと馬車で待っていてもいいんだよ?」


元々アレクシスはルーが立ち会うことに懸念を示していたため、ルーは慌てて首を振った。


「大丈夫。自分のことだし、それに……最後になると思うから」

「それなら私が側にいることを忘れないで。何があっても私が護るからね」


アレクシスの言葉に背中を押された気がして、ルーはお礼を言って応接室の扉を開けた。

両親と祖父母は対面でソファーに座っており、その奥のテーブル席にメリナとクルトの姿がある。


「ルー」


険しかったお祖母様の表情が和らいで、ルーも小さく笑みを浮かべる。


「ルー、母上に何を言われたか知らないが、まさか真に受けているんじゃないだろうな?これまでお前を育ててきたのはお父様たちだろう?」


いつもと違い笑みを浮かべているが、その目からは圧力を感じられた。アレクシスがいる手前怒鳴りつけることができないせいで、目元が引きつっている。

そんなお父様にお祖母様は容赦なく反論した。


「食事だって満足に与えていなかったそうじゃないか!ルーが頑張っていたから何とかなっていただけで、それは育てたことにはならないんだよ!」

「母上、お客様の前でそのような出鱈目ばかり言うのは止めていただきたい。今日はもう帰ってください」


追い払うような仕草に、ファビアンが静かに前に出る。


「いえ、その必要はございません。私どもは本日ルー様とご祖父母様との養子縁組、およびその他手続きのために参りましたので、そのままご同席いただければと思います」


社交的な笑みを張り付けて、お父様はアレクシスに弁明を始めた。


「お待ちください。何か誤解されておりませんか?確かにルーは長女として厳しく躾けましたが、あくまでも教育の一環です。メリナと違い、地味な見た目で愛想もいいとは言い難いので、嫁ぎ先で役に立てるようせめて家事を身に付けさせたのですよ」


あくまでもルーのためだと力説しているが、貴族令嬢に本来そのような役割は求められない。恐らく卒業後は裕福な商人に嫁がせるか、他家で使用人として働かせるつもりだったのだろう。


無言で温度のない視線を向けるアレクシスに焦ったのか、お母様が困ったように微笑んで言い添える。


「恥ずかしながら義父母は卑しい性格ですの。ルーを引き取りたいのは番に選ばれたからで、どうせ金銭的援助が目当てでしょう。本当にルーのことを可愛がっていたならもっと頻繁に会いに来たはずですし、今更養女に迎えたりしませんわ」


お母様の当てこすりにお祖母様の顔が罪悪感と後悔に歪む。同時に、番でなければ必要とされないのだとルーに言い聞かせているのだ。

昨日お祖母様に抱きしめてもらわなければ、ルーもそう思ってしまったかもしれない。


「お母様、お祖母様からの贈り物はどうなさったのですか?」


ルーの唐突な質問に、お母様は虚を突かれたような表情をした後に眉を顰めて言った。


「何のことかしら?メリナ宛のプレゼントしか届いていなかったわ」


ずっと見てきたから、認めて欲しいと願っていたから、お母様の表情と仕草で嘘を吐いているのだと分かった。


「お父様、お母様、メリナ」


全員の視線がルーに向けられて、一気に緊張が高まった。本当に自分のしようとしていることが正しいのだろうか。そんな迷いがよぎりかけた時、アレクシスがそっとルーの肩に手を添えて、ふっと呼吸が楽になる。

強張った身体から余計な力が抜け、ルーは両親のほうを向いて口を開いた。


「私は、お祖母様とお祖父様の娘になります。もうあなたたちの元には戻りません」


ずっとしがみ付いていたものを自ら手放すのは、とても怖いことだと思っていたのに、口に出してしまえば、すっと心が軽くなるような気分だった。


「ルー、何を勝手なことを――」


お父様の怒声が遠ざかったと思ったら、アレクシスがルーの耳を塞いでいたようだ。振り返りかけたルーにアレクシスは笑みを浮かべそっと手を離す。


「ルー、よく頑張ったね。あとは私に任せてくれるかな?」


ルーの家族との決別は済んだ。次はメリナとクルトの不始末を問わなければならない。

優雅な肉食獣のような笑みを浮かべたアレクシスに、ルーは首を縦に振った。


「ファビアン」

「はい。ルー様とご祖父母様の養子縁組の書類は既に承認済です。エメリヒ男爵家の後継変更についても、そのままお進めしてよろしいですね?」


流れるように淡々と言葉を紡ぐファビアンが、祖父母に視線を投げかけるとそれまで沈黙していたお祖父様が口を開いた。


「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」

「なっ……何を勝手な!嫡子は俺しかいないだろう!まさか、ルーを後継にするつもりか!」


痩身で物静かな様子のお祖父様だが、その瞳には強い意志が浮かんでいる。その瞳に見つめられて怯んだように言葉を止めたお父様に、お祖父様は決然とした口調で告げた。


「後継は従妹であるローズの息子に譲ることにした。ずっと領地で私たちを手伝ってくれていた真面目な子だ。お前たちが少しでも反省する気があるならと思っていたが、今回のことで良く分かった。お前たちとはもう縁を切る。ルーのためにも領民のためにもならないからな」


社交を理由に王都に留まり、領地のために働くでもなく祖父母の仕送りで生活していたのだ。クルトが婚約者になってからはそちらからも援助金をもらっていたようだが、これからも王都で暮らすとなると少々厳しいだろう。

絶縁されれば貴族名簿からも削除され、エメリヒ家所有のタウンハウスからも出て行かなければならない。


「ルー!お前が我儘を言うからこんなことに――」

「私の番の名前を軽々しく呼ぶな」


低く冷ややかな声にお父様の怒声がぴたりと止んだ。声を荒げたわけでも、睨みつけているわけでもないのに、温もりのない微笑みは側にいるルーもぞくりとしてしまうほど酷薄に見える。


「これ以上ルーを煩わせるなら、この国の王にも伝えておこう」


それは問題を起こすようなら、王命で排除するという明確な脅しだった。竜帝を不快にさせたい王はいない。そのような人物が自国に存在するとなれば、良くて幽閉、最悪処刑もあり得る。

床にへたり込むお父様は最早何かを言い返せる気力もないようだ。


「クルト、君については狼族の王には話を伝えてある。しばらく番とは会えないだろう。そこの娘は己の行いを省みなければいずれ報いを受けるだろうから、私からは何もするつもりはないよ」


アレクシスの言葉にクルトは項垂れているが、メリナは納得がいかないというように不満そうな表情を隠そうともしない。

あれだけ怒っていたはずのアレクシスが、メリナ個人についてお咎めなしという寛容さを示してくれたというのに、メリナにはそれが分からないのだろうか。


「アレク……ごめんなさい」

「ルーが気にすることではないよ。もうルーには関係のないことだからね」


春の日差しのような柔らかい微笑みからは、気分を害した様子はなくルーはほっと胸を撫で下ろす。


「もうここには用はないね。帰ろうか、ルー」

「うん」


自分の家なのに、アレクシスに帰ろうと言われて躊躇いもなく頷いた自分に少し驚いた。だけど繋がれた手は嫌ではなく、帰りたいなと自然に思ったのだ。



目を瞑り耳を塞いで拒絶ばかりした自分に、アレクシスが諦めずに手を伸ばしてくれた。ルーが番だからと言っても、あんな風に頑なな態度を取られればうんざりするだろうに、ずっと優しい言葉を掛け、大切に護り続けてくれた。


「アレク」

「何だい、ルー」


だからお礼を言おうと思ったのだ。たくさん迷惑をかけたお詫びではなく、たくさん助けてくれたことへの感謝を言葉にしようと隣に顔を向けた途端、アレクシスの蕩けそうな微笑みが眩しくて、心臓がバクバクしてきた。


(ええっ、何これ?!顔まで熱くなってきて、アレクを直視できないわ!)


「馬車に酔ってしまったのかな?馬車を停めてくれ。マヤ、休憩する場所の手配を」


熱を冷ますように両手を当て、恥ずかしさに俯いたルーにアレクシスが心配そうに尋ねてきたかと思うと、返事をする間もなく指示を飛ばしている。


「ち、違うの。紛らわしくてごめんなさい」


お礼を言うどころか謝罪をする羽目になったルーだが、今すぐに伝えなければという気持ちは残っていた。いくら美し過ぎるからといって目を見てお礼を言わないなんて失礼だろう。


「アレク、ありがとう!」


ぽかんとしたような表情に唐突過ぎたと自分でも思ったが、言葉にしなければ伝わらない。


「ずっと助けてくれて、護ってくれてありがとう。アレクのおかげでお祖母様とお祖父様と家族になれて、今とても幸せだなって思ったの。アレクに出会えて良かった。見つけてくれてありがとう」


思ったままに伝えたせいで、何だか子供のような話し方になってしまったが、その気持ちに嘘はない。

菫色の瞳を細めて優しく聞いてくれていたはずのアレクシスが、ぴたりと動きを止めたかと思うとルーを凝視した後、手の平で顔を覆った。


「ルーが可愛すぎる……。こんなに可愛くて可愛いなんて……」

「お嬢様、ご主人様には少々刺激が強すぎたようですが、すぐに慣れるかと思いますのでお気になさらず」


二人の言葉の意味がよく分からなかったが、取り敢えず気持ちは伝わったようなので、ルーは素直に頷いたのだった。

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