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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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17/22

衝撃的な事実

目元の腫れを抑えるために載せられた蒸しタオルは、ほっこりと温かく気持ちがいい。そう思う一方で、身動ぎするのも躊躇われる状況とのちぐはぐさにどうしたらいいのか悩むところだ。


「ルー、疲れただろう?そのまま眠ってもいいからね」


気遣うように声を掛けてくれたアレクシスに、現在ルーは膝枕をしてもらっている。普通に長椅子に横になればいいだけの話なのに、当然のように膝を差し出され、マヤからも横にならなければタオルを載せられないと言われて従ってしまった。


目元が隠れているので気恥ずかしさはあまりないが、少々親密過ぎる触れ合いだろう。その上、愛玩動物のようにずっと頭を撫でられているのだから、どこか面映ゆい。


お腹の上に僅かに重さが掛かり、手を伸ばすと予想通りフィンがいて頭を擦りつけてきた。あの短剣が本物だったら、こんな風に触れ合うことなど二度と出来なかったはずだ。


「フィンは本当に大丈夫?」


柄の部分とはいえ、思い切りぶつけてしまったのだから、それでも痛みはあっただろう。


「ルーは心配性だね。竜は頑丈な生き物だからあの程度では怪我などしないよ」


髪を梳く指が、ついでとばかりにルーの頬に触れる。視界が閉ざされているため、突然の接触についビクッと肩が揺れてしまう。


「ごめんね。もう勝手に触れないから怖がらないで。頭を撫でるのも嫌だったかな?」

「違うの!見えなかったから驚いただけで……嫌じゃないから」


横になったまま答えてしまい、起き上がろうとすれば押し止めるようにフィンが鎖骨の辺りに飛び乗った。同時にアレクシスが外れそうになった蒸しタオルを軽く押さえる。


「それなら良かった。今日は何も考えずにゆっくり休むんだよ」

「うん。ありがとう、アレク」


実際に考えないようにするのは難しいだろうが、ルーを慮っての言葉だと分かっているため素直に頷く。


あの後いつの間にかメリナとクルトはいなくなっていたし、お祖母様ともまた明日会えるからと話をする前に、アレクシスとともに屋敷へと戻ったのだ。


(お父様たちとも話し合わなくてはいけないし、これからもことも、考えないといけないことはたくさんあるわ)


だが疲れていたせいか、優しく頭を撫でられているうちに、ルーはあっという間に眠りへと誘われてしまった。


すっきりとした気分で目を覚ますと、頭にはまだ心地よい感覚があった。ぼんやりとそれに浸っていると柔らかい声が頭上から響いた。


「おや、目が覚めたかな?まだ眠っていても大丈夫だよ」


ふと視線を動かすと眉目秀麗な顔立ちが間近にあって、アレクシスに膝枕をしてもらっていたことを思い出す。


「あっ……ごめんなさい!」


ルーが慌てて起き上がろうとすると、アレクシスは背中に手を添えて起こしてくれた。どれだけ長い時間こうしてくれていたのだろうと思うと申し訳なさに顔を上げられない。


「まだ30分も経っていないよ。ルーは軽いし可愛いから、膝ぐらいいつでも貸してあげるからね」


軽くもないし可愛くもないのだが、にこにこと無邪気な顔で言われると否定しづらい。タイミングよくマヤがお茶を運んできたので、ルーはそのまま返事を控えることにしたのだが――。


「っ、アレク……!これでは……お茶が飲みづらいと思うの」

「ソファーに腰掛けるのと同じようにすればいいよ。ほら、もたれかかっても大丈夫だから」


先ほどまで膝枕をしていたのに、今はアレクシスを下敷きにして腰掛けているのはどうしてだろう。ソファーがあるのにわざわざ人の上に座る意味が分からず、マヤに目で助けを求めるが、小さく首を横に振られてしまう。


「もしフィンが飛べない状態で、目を離した隙にテーブルから落ちて怪我をしてしまいそうになったら、フィンがテーブルの上にいるだけでも気になりはしませんか?ご主人様の行動もそれと同じようなものですので、今日のところは諦めてください」


思い返せば馬車の中でも、屋敷に付いてからもアレクシスはずっとルーに触れていた気がする。


(怖がらせてしまったのかな……)


ルーとて目の前で胸を刃物で刺そうとしている光景をみれば、とてもショックを受けると思う。アレクシスにとってルーは番なのだから尚更だ。


「アレク……もうあんなことしないって約束するわ。心配を掛けてしまってごめんなさい。………助けてくれてありがとう」

「ルー……。ルーがそう言ってくれて嬉しい」


後ろからぎゅっと抱きしめながらルーの肩に頭を擦りつけてくるアレクシスは、まるで甘えているかのようで何だか可愛らしい。

そんな風に考えていたルーは、本日一番の衝撃がこの後に訪れることなど予想だにしていなかったのだ。



アレクシスと二人で摂る夕食は、思いのほか楽しかった。貴族としてのマナーが足りていないのではないかと不安だったが、手紙のやり取りのようにアレクシスが巡った他国の話に引き込まれ、気にする暇などなかったのだ。


料理の量も調節してくれたおかげで最後まで美味しく食べることができ、デザートのベリーソースが掛かったチョコレートムースは今まで食べたスイーツの中で一番と断言できるほど絶品だった。

感動に打ち震えるルーをアレクシスは微笑ましいとばかりに優しく見守っていた。


だがベリーソースに使われているラズベリーがメリナを想起させ、そこから蘇った記憶にルーは引っかかりを覚えたてしまった。それを辿らなければ良かったのだが、気になったことをそのままに出来ず反芻したのはメリナの発した言葉だ。


『お姉様と一緒にいたいとお伝えしただけですわ。でも、お姉様からは断られて護身用の短剣まで奪われてしまって……まさか、陛下の物を傷付けるなんて』


(陛下の物……陛下……まさかそんなこと……)


確かにメリナはそう言ったのだ。

アレクシスが竜族であることはマヤが教えてくれた。人族と違い、獣族は国を分かつことなく一つの種族には一人の王しか存在しない。


「ルー?」

「……竜帝、陛下?」


獣族の頂点に君臨する竜帝は、神の代理とも世界の調律者とも呼ばれる至高の存在だ。


「ルーには名前で呼んで欲しいな」


困ったように微笑むアレクシスは、ルーの言葉を否定することなく、そう告げた。番だと告げられた時と同等、いやそれ以上の衝撃ではないだろうか。


(だって、竜帝陛下の番なのに何で私なんかが……っ、それよりもメリナは知っていて陛下にあんな態度を!)


竜帝陛下の使用人と知りつつ、傷つけさせようとしたのは、アレクシスの不興を買うことでルーに責任を取らせようとしたのかもしれないが、あまりにも愚かで危険すぎる行為といえよう。

世界の統治者である竜帝陛下は、たかだか小国の下位貴族などどうにでも出来るのだから。


「ルーが嫌なら竜帝なんて辞めてしまっても構わないよ」


あまりの事態に唖然としていると、アレクシスはそんなことを言い出した。その背後に控えていたマヤは普段の喜怒哀楽を感じさせない表情から一転、ぎょっとしたように目を瞠った。それからルーに縋るような眼差しを向けて必死に首を横に振っている。


「嫌、などそのようなことはございません。ただ、知らぬこととはいえ、これまでの非礼を深くお詫び申し上げます」


何とか言葉を連ねて、深く頭を下げようとしたが、胸の前で大きくバツ印を作り、すごい勢いで首を振っているマヤが目に入った。何かを間違えたのか、それとももう手遅れだという意味だろうか。


「ルーからそんな態度を取られるのは、あまり好ましくないな。私の立場のせいならば、すぐに手続きを済ませよう。代わりはいるだろうし、いなくとも暫くは問題ないはずだからね」


唯一無二の存在の代わりがそうそういるはずがない。アレクシスが本気で行動に移そうとしていることに気づき、ルーはようやく事の重大性を理解した。

ルーにはその原理が分からないが、竜帝がいなければ世界は不安定になるらしい。


「し、しなくていいです。アレク、その……急に態度を変えてごめんなさい」

「私のほうこそ黙っていてごめんね。ルーを驚かせたくなくて、時期を見計らって伝えるつもりだったのだけど、軽々に口にする者がいるとは想定外だった」


小さく溜息を吐くアレクシスは少しだけ冷ややかな気配を纏ったものの、すぐに元の微笑みに戻ると、ルーを部屋まで送り届けてくれた。


部屋に一人きりになったルーは、竜帝陛下の番であるという事実に頭を抱えるはめになったのだった。

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