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竜帝は番に愛を乞う  作者: 浅海 景


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11/20

謝罪と不安

結局放課後まで、ルーはメリナに会うことが出来なかった。いつもは何かと顔を合わせるのに、もしかしたら避けられているのだろうか。


メリナにとって、もうルーは必要のない人間なのかもしれない。そう考えると気分が沈んだが、マヤを見習おうと決めたばかりなのだからこれではいけないと思いなおす。


「マヤ、実家に寄りたいのだけど……駄目かしら?」

「申し訳ございませんが、そちらに関しては私では判断致しかねます。ご主人様に直接お伝えください」


昨日のアレクシスの態度を思えば、きっと難しいだろう。


(それに、失礼な態度を取ったことを謝らないといけないわ……)


目を合わせず口も利かないルーに、アレクシスはあれこれと気遣ってくれた。子供じみた振る舞いをするよりも、きちんと話をしなければならなかったのだ。

今朝と同じ場所に停まっている馬車へと向かいながら、ルーはアレクシスと話をしようと思った。

謝罪をして改めて家に帰りたいと伝えてみよう。


「ルー、お帰り。学園では何の問題もなかったかな?」


だけどそれは屋敷に戻ってからのことで、馬車の中にアレクシスがいると思わなかったルーには心の準備が出来ていなかった。

驚きつつも質問に答えようとこくりと頷いて、何て不作法なのだろうと顔が熱くなる。それなのにアレクシスは気にした様子もなく、ふわりと嬉しそうな笑みをこぼす。


「良かった。困ったことがあったらマヤに言うんだよ。それから屋敷に戻る前に少し寄り道をしようと思うんだけれど構わないかな?」

「はい」


一体どこに行くのだろうと気になったが、聞いてよいものか分からず結局口にしないことにした。マヤから竜族だと聞いてますます畏れ多いと思うものの、アレクシスの態度が初めて会った時からずっと変わらないせいか、緊張することはない。


(昨日は少し怖かったけど……)


躊躇いもなくクルトに罰を与える様は酷薄で、高位者らしい傲慢さがあった。自分のために怒ってくれているのだと分かっても、本能的に危険を感じて恐ろしいと感じてしまったのだ。

聞いてみたいことは本当は他にもたくさんあった。だけど番であることを受け入れられない自分が、興味本位でアレクシスのことを知りたいと思うのは良くないだろう。


「ルーは今日も可愛いね」


(そんなに嬉しそうに微笑まないでください……)


一緒にいるだけで嬉しいという気持ちが言葉だけでなく、表情や雰囲気からもひしひしと伝わってくる。

それを嫌だと拒絶しきれない自分が何だかとても狡い人間になったような気がするのだ。


もしも、ルーが家族に愛されるようなまともな令嬢だったら、アレクシスの好意を喜んで受け入れられただろうか。そんなあり得ないことを想像し、ルーは心の中で溜息を吐いた。


到着した場所は高位貴族向けのカフェだった。重厚感と上質な内装はまるで一流のホテルのようで、案内された個室はスイートルームのように広くゆったりとしている。

ふかふかで大きな三人掛けのソファーに座ると、当然のようにアレクシスは隣に腰を下ろした。


「ルーはどれが好きかな?このタルトは一番人気らしいし、さっぱりしたものだったらこれが食べやすいと思うよ」


少々近すぎる距離ではないだろうかと当惑しているルーをよそに、アレクシスはテーブルのティースタンドに盛りつけられたお菓子をせっせと取り皿に置いていく。

まるで従僕のような行動に居た堪れないが、上機嫌なアレクシスの気分に水を差すことは躊躇われた。


(食べないと失礼よね……)


どれも美味しそうだと思うものの、しっかり昼食を摂ったのであまり入りそうにない。だがルーはこれからアレクシスに謝罪とお願いをしなくてはならないのだ。

何も返せない以上、せめてこのぐらいの好意は受け取っておくべきだろう。


「ご主人様、お嬢様はそんなに食べられません。どれか一つだけにして差し上げてください」


淡々としたマヤの指摘にルーはぎょっとして顔を上げる。主人の行動に口を挟むだけでなく、それを否定するのは恥を掻かせる行為だ。叱責どころでは済まないのではと硬直するルーに対して、マヤは平然とした態度を崩さない。


「そうか。ルー、どれがいい?ルーが好きな物を教えて」


気にした風もないアレクシスに肩の力を抜きつつも、聞かれたことに答えなければと真剣に皿を見つめる。


(好きな物……私は、何が好きだったかしら?)


何気ない思考に呼吸が止まりそうになった。早く選ばなければと焦燥感に突き動かされるようにアレクシスの言葉を必死に思い出し、人気だと言うタルトを選ぶ。


「それでは……タルトを頂いても良いですか?」

「うん。どうぞ」


正しい答えを返せただろうかと不安を押し殺したルーに、アレクシスは一口大のタルトを載せたフォークを差し出す。


「あの……自分で食べられます」

「昨日は気軽に話してくれたのに、また元に戻ってしまったね。……私のことが怖くなってしまった?」


口元の笑みはそのままなのに、菫色の瞳が不安そうに揺れている。自分の態度がアレクシスを不安にさせているのだとルーはようやく気付いた。


昨晩、頑なにアレクシスと目を合わせなかったことでそう思わせてしまったのだ。馬車の中であんなに嬉しそうにしていたのは、ルーがアレクシスの言葉に反応し短いながらも会話を交わしたからだろう。


「ごめんないさい、そうじゃないの。私がしっかりしてないせいでアレクに嫌な思いをさせてごめんなさい。庇ってくれたのに失礼な態度ばかり取ってしまって本当に……ごめんなさい」

「ルーは謝らなくていいんだよ。怖くないなら、少し触れてもいいかな?」


穏やかな声にはどこか辛そうな響きがあって、何と言っていいか分からずルーは無言で頷いた。


そっと頭に触れるアレクシスの手を大きいなと思った。ゆっくりと壊れ物を扱うかのように丁寧に撫でる手つきは優しい。

温かくて心地よいのに苦しいのはどうしてだろう。


「ルーは男爵家に帰りたい?」

「帰っても……いいの?」


思いがけずアレクシスから切り出されて耳を疑う。嬉しさと不安が入り混じる中、アレクシスは頷いて言った。


「ルーが望むなら。ただしマヤも連れて行ってもらうよ。あちらには私から話を通しておこう」


アレクシスの手が離れて、ルーは咄嗟にその手を引き留めたくなったが自分の衝動に気づいて反対の手で押さえた。番であることを拒むルーに見切りを付けてしまったのだろうか。


そんな風に考えた自分に嫌悪感を覚える。勧められて口を付けたタルトはちっとも味がしなかった。

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