第九話:工房の主と魂の契約
工房の中央に浮かぶ、半透明なドワーフの少女。彼女から放たれる霊的な圧力と、宙に浮かぶ無数の工具が、明確な敵意となって俺たちに突き刺さっていた。
「ミコト、ルナ、待ってくれ!」
反射的に戦闘態勢に入ろうとする二人を、俺は手で制した。ミコトは不満げに喉を鳴らし、ルナは心配そうに弓を構えたままだ。
「悪霊じゃない。彼女からは、邪悪な気配はしないんだ。ただ……この場所を、自分の工房を、必死に守ろうとしているだけみたいだ」
俺は武器を構えず、両手を上げて敵意がないことを示しながら、ゆっくりと少女の霊に歩み寄った。
「俺たちはこの工房を荒らしに来たわけじゃない。俺はアルト。こっちは仲間だ。できれば、君の話を聞かせてくれないか?」
俺の言葉に、少女の霊は眉をひそめた。その頑固そうな顔立ちは、生前の彼女が相当な職人気質であったことを窺わせる。
「人間などに話すことなど何もないわ。おぬしらも、どうせこの工房にあるわしの研究成果や素材を盗みにきたのであろう!」
「違う。俺たちは、この屋敷を拠点に、ギルドを作りたいと考えているんだ」
「ギルドだと? こんな幽霊屋敷でか。正気とは思えんのう」
少女は鼻で笑ったが、その視線は俺の全身を、まるで品定めでもするかのように舐め回していた。そして、ふと何かに気づいたように、その半透明の瞳をわずかに見開く。
「……おぬし、妙な魔力を持っておるな。馴染みのあるどの属性にも当てはまらん……まるで、無から何かを編み出すような……」
さすがは伝説の鍛冶師の霊、といったところか。彼女は、俺の持つ【スキル錬成】の力の片鱗を、その霊的な感覚で見抜いたようだった。俺の力に興味を示したと見て、俺は対話を続けた。
「君がこの場所を大切にしているのはわかった。俺たちも、君の意思を無視してここを乗っ取るつもりはない。だから、教えてほしい。君は、どうしてここに縛られているんだ?」
俺の真摯な問いかけに、少女はしばらく沈黙していた。だが、やがて諦めたように、ぽつり、ぽつりと自分の身の上を語り始めた。
彼女の名前はハガネ。古の時代から続く、伝説の鍛冶師一族の最後の末裔だった。彼女の一族は、ただの武具ではなく、使い手の魂と共鳴し、共に成長する「魂を宿す武具」を作り出す秘術を受け継いできたという。
「わしは、生涯の傑作として、わし自身の魂を懸けた至高のアーティファクトを作り上げようとしておった。じゃが……病には勝てんかった。あと一歩、あと一歩のところで、わしはこの工房で力尽きたのじゃ」
その声には、何百年という時を経ても色褪せない、深い無念が滲んでいた。
「その無念が、わしをこの地に縛り付けた。わしの夢、わしの技術、そのすべてが詰まったこの工房を、心ない盗人たちから守るためにな。おぬしらも、わしの邪魔をするなら……」
再び、宙に浮かぶ工具が殺気を放つ。俺は、彼女の話を聞いて、深い共感を覚えていた。夢半ばで倒れる悔しさ。自分の価値を誰にも認められず、志を遂げられないまま終わる無念さ。それは、かつて無能と罵られ、パーティを追放された俺の心と、どこか通じるものがあった。
だから、俺はとんでもない提案を口にしていた。
「なら、その夢、俺が叶える手伝いをする」
「……なんじゃと?」
「君が作りたかった『魂を宿す武具』。それを、俺と一緒に完成させないか?」
ハガネは、一瞬きょとんとした顔をした後、腹を抱えて笑い出した。いや、霊なので腹は抱えられないが、魂が震えるほどに、という表現が正しいだろう。
「面白い冗談を言う小僧じゃ! わしは地縛霊ぞ? 鎚を握ることも、炉に火を入れることもできん。それに、人間の小僧に、わが神代の鍛冶技術がわかってたまるか!」
「言葉だけじゃ、信じられないのも無理はないな」
俺はそう言うと、工房の隅に転がっていた、何の変哲もない鉄のインゴットを拾い上げた。そして、懐から先日手に入れておいた【魔力伝導(最低品質)】のスキル珠を取り出す。
「見ていてくれ」
俺は鉄のインゴットを左手に、スキル珠を右手に乗せ、目を閉じて意識を集中させた。
(ただの鉄じゃない。魔力を呼吸し、使い手の意志に応じてその性質を変化させる、まるで生きているかのような金属……!)
「【スキル錬成】!」
俺の手の中で、インゴットとスキル珠が眩い光に包まれる。光の中で、ただの鉄塊が分子レベルで再構築されていくイメージが、脳裏に流れ込んでくる。
光が収まった時、俺の手の中にあったのは、先ほどまでとは全くの別物だった。それは、内側から淡い蒼色の光を放ち、それ自体が魔力を帯びていることが一目でわかる、美しい金属塊へと変貌を遂げていた。
「こ、これは……『魔鋼石』!? しかも、これほどの純度のものを、一瞬で……馬鹿な!」
ハガネが、今までで一番の驚愕の声を上げた。鍛冶師である彼女には、その金属がどれほどの価値を持ち、そして、それを生成することがどれほど困難なことか、痛いほど理解できたのだ。市場に出回る粗悪な魔鉄鋼など、これに比べればただの石ころ同然だ。
「そ、そのスキルは……まさか、物質の理を書き換える『創造』の権能……!?」
「俺のスキルは【スキル錬成】。スキルや、時にはこうして物質を組み合わせて、新しいものを創り出す力だ」
俺はハガネの霊体をまっすぐに見据え、改めて提案した。
「俺が、君の想像を超える最高の素材を創り出す。そして、君が持つ【神代鍛冶】の知識と技術で、それを最高の武具に仕上げる。俺たち二人なら、君が夢見た『魂を宿す武具』を、きっと超えられる」
さらに、俺は賭けとも言える、もう一つの提案を口にした。
「そして、完成したその武具に、君の魂を宿らせるのはどうだろうか? 地縛霊としてこの暗い工房に縛られ続けるんじゃなく、最高の相棒として、俺たちと一緒に世界を見て回るんだ。君の力を、君自身の夢のためだけじゃなく、俺たちのような行き場のない誰かを助けるために使ってほしい」
俺の言葉に、ハガネは完全に沈黙した。何百年という長い間、無念と孤独の中で停滞していた彼女の魂が、激しく揺れ動いているのが伝わってくる。新しい生き方。決して果たせぬと思っていた夢の、その先。
やがて、彼女は顔を上げた。その半透明の瞳には、かつて生前の彼女が抱いていたであろう、職人としての熱い情熱の炎が、再び燃え上がっていた。
「……くくっ。あっはっは! 面白い! 実に面白い小僧じゃ!」
ハガネは楽しそうに笑った。
「気に入った! その途方もない話、乗ってやろうじゃないか! わしの生涯を懸けた夢、おぬしに預けてみるのも一興じゃ!」
彼女がそう宣言した瞬間、その霊体が眩い光に包まれた。工房全体を縛り付けていた無念の鎖が、音を立てて砕け散っていく。彼女の魂は、地縛霊という淀んだ存在から、より純粋で高位な精霊のような存在へと昇華していく。
光が収まった時、ハガネの霊体は、工房の金床の上に置かれていた一つの小さな手鎚へと吸い込まれていった。それは、彼女が生前、自身の最高傑作を鍛えるために作り上げた、ミスリル製の美しいハンマーだった。
ハンマーが、まるで意志を持ったかのように宙にふわりと浮かび上がる。そして、ハガネの声が、そのハンマーから直接、俺たちの頭の中に響いた。
『わしの名はハガネ! この槌が、これよりわしの新たな体じゃ! 小僧、いや、マスター! わしを使いこなせるだけの腕があるとよいがな!』
こうして、俺たちは幽霊騒動を解決し、ギルドハウスとなる最高の拠点を手に入れた。それだけではない。鍛冶の知識と技術を持つ、三人目の(少し変わった形だが)頼もしい仲間まで得ることができたのだ。
その日の午後、俺たちは早速、屋敷の権利書を破格の値段で正式に譲り受けた。
地下工房では、宙に浮かぶハンマー(ハガネ)が、俺が錬成した魔鋼石を鑑定しながら、ああでもないこうでもないと熱く語っている。
『ふむ! この純度なら、まずはミコトとかいう獣っ娘の籠手あたりから試してみるかのう! あの馬鹿力なら、そこらの金属ではすぐにひしゃげてしまうからの!』
「いいね! それなら、衝撃を吸収するスキルと反発させるスキルを錬成して、素材に練り込めないか?」
『ほう、面白いことを考える! やってみる価値はあるわい!』
そんな俺たちの様子を、ルナは微笑ましく見守り、ミコトは「ハンマーが喋ってる……」と少し引き気味ながらも、どこか楽しそうに壁に寄りかかっていた。
新たな仲間と、新たな拠点。
ギルド《アルカディア》の設立が、いよいよ現実のものとして、その輪郭をはっきりとさせ始めていた。




