第八話:三位一体の戦乙女たち
獣人の少女ミコトが仲間に加わったことで、俺たちのパーティ《アルカディア》は、ついにその真価を発揮する時を迎えた。索敵と指揮を担う司令塔の俺、アルト。遠距離狙撃を担う後衛のルナ。そして、圧倒的な破壊力で前線を切り開く前衛のミコト。三人の役割は、まるで精巧な歯車のように完璧に噛み合った。
俺たちは、これまで避けてきた難易度の高い討伐依頼に、本格的に挑戦し始めた。最初の標的は、街の西にある森を縄張りとする「オークの集落討伐」。屈強なオークが十数体も群れているこの依頼は、ベテランパーティでも準備に数日を要する難敵だ。
森に入ると、俺はすぐさま【生命探知】を発動させた。
「ミコト、前方百メートル、巨大な岩の裏に二体。見張りだ。ルナ、集落はそこからさらに二百メートル奥。数は十三。うち一体、ひときわ強い生命反応がある。おそらく、リーダーのオークキングだ」
「了解」「わかった」
ミコトとルナから、頼もしい返事が返ってくる。
「まず、見張りを片付ける。ルナ、風上に回って。ミコトは俺と一緒に行動。俺の合図で突っ込んでもらう」
俺たちは息を殺して見張りに接近する。ルナが絶好の狙撃ポイントに移動したのを気配で感じ取り、俺は静かに手を挙げ、そして振り下ろした。
その瞬間、二つの事象が同時に起こった。
ひゅん、と空気を切り裂く音と共に、ルナの放った風の矢が一体のオークの喉を正確に貫く。そして、もう一体が異変に気づいて叫び声を上げるよりも速く、茂みから黒い疾風が飛び出した。
「邪魔だ!」
ミコトだ。彼女は地を蹴るや否や、恐るべき瞬発力でオークの懐に潜り込むと、その小柄な体からは想像もつかないほどの威力を秘めた拳を叩き込んだ。
「【獣王撃】!」
拳から放たれた橙色の闘気がオークの屈強な鎧を紙屑のように砕き、その巨体をくの字に折り曲げて数メートル先まで吹き飛ばした。見張りのオーク二体は、仲間を呼ぶ暇さえ与えられずに沈黙した。あまりの早業に、俺は息を呑む。
「よし、そのまま集落に突入する! ルナは後方から魔法を使う個体を優先して狙え! ミコトはリーダーを叩け! 俺が敵の位置をリアルタイムで伝え続ける!」
俺の指示に従い、二人の少女が躍動する。
ルナの放つ魔法の矢は、集落で慌てふためくオークシャーマンたちを次々と射抜き、厄介な呪術を完全に封じ込める。ミコトは、まるで嵐のようにオークの群れの中心に飛び込むと、その両拳で破壊の限りを尽くした。
「グオオオオオ!」
オークキングが巨大な戦斧を振り回しミコトに襲い掛かるが、彼女はその攻撃を獣のような俊敏さでひらりとかわす。
「遅い!」
ミコトの強烈な蹴りがオークキングの膝を砕き、体勢を崩したところに、渾身の掌底が叩き込まれた。凄まじい衝撃波が、周囲のオークたちさえも巻き込んで吹き飛ばしていく。
戦闘開始から、わずか十分。あれほど脅威とされていたオークの集落は、ミコトとルナの二人によって、完全に壊滅していた。
◇
冒険者ギルドの受付嬢アンナさんは、俺たちが差し出したオークキングの首を見て、信じられないといった表情で目を瞬かせた。
「こ、これを、本当にあなたたち三人だけで……? しかも、半日で……?」
「ええ、まあ。連携がうまくいったので」
「連携がうまい、とかそういうレベルじゃありませんよ……! 《アルカディア》……恐ろしい新人パーティが現れたものね……」
この日を境に、俺たちの名は辺境の街フロンティアに瞬く間に広まっていった。偵察能力に長けた司令塔、百発百中のエルフの射手、そして一騎当千の獣人の拳士。たった三人でありながら、どんな高難易度の依頼も驚異的な速度で達成する俺たちは、いつしか畏敬の念を込めて「辺境の三位一体」などと呼ばれるようになっていた。
おかげで、ギルド設立のための資金は、驚くべきペースで貯まっていった。
ある夜、アパートで少し豪華な夕食を囲みながら、俺は改めて二人に自分の夢を語った。
「俺は、ギルドを作りたいんだ。かつての俺たちのように、理不尽な理由で見捨てられたり、行き場を失ったりした人たちが、安心して暮らせる場所を。誰かの都合で使い捨てにされるんじゃなく、それぞれが自分の価値を信じて、胸を張って生きていける……そんなギルドを、この手で作りたい」
俺の言葉を、二人は真剣な眼差しで聞いていた。ルナが、ふわりと微笑んで口を開く。
「アルト様の夢は、私の夢です。あなたがその場所を作るというのなら、私はどこまでもお供します」
続いて、ミコトがぶっきらぼうに、しかし力強く言った。
「……ふん。まあ、悪くないんじゃないか。今のここみたいに、ちゃんと美味い飯が食えて、夜に怯えずに安心して眠れる場所があるってのは」
それは、彼女なりの最大限の賛同だった。三人の心が、確かに一つになった瞬間だった。
◇
ギルド設立という目標は、しかし、金さえあれば達成できるものではない。ギルドを設立するには、国からの認可が必要であり、そのためには冒険者としての確かな「実績」と、活動の拠点となる「ギルドハウス」が不可欠だった。
実績作りは、この調子で依頼をこなしていけば問題ないだろう。問題は、ギルドハウスだ。街の中心部にある建物は、どれも目玉が飛び出るほど高額で、今の俺たちの資金では到底手が届かない。
「うーん、やっぱりもっと郊外で探すしかないか……」
不動産屋の地図を眺めながら俺が唸っていると、ミコトが興味深い情報を仕入れてきた。
「なあ、アルト。街の外れにある森の近くに、でかい屋敷がずっと空き家になってるらしい。なんでも、『幽霊が出る』って噂で、誰も近づかないから、破格の値段で売りに出されてるそうだ」
幽霊屋敷。普通なら真っ先に選択肢から外れる物件だ。だが、今の俺たちにとっては、渡りに船かもしれない。幽霊の正体がただの噂や勘違いなら、これほど都合のいい話はない。もし本当に何かいるとしても、それが魔物なら、俺たちで対処できる可能性もある。
「よし、行ってみよう。その幽霊屋敷とやらを、調査しに」
三人の意見は一致した。俺たちは早速、問題の屋敷へと向かった。
屋敷は、街の喧騒から少し離れた、森を背にして建つ立派な石造りの館だった。蔦が絡まり、庭は荒れ放題になっているが、建物の造りそのものは非常に堅牢で、ギルドハウスとして使うには申し分ない広さと風格を備えている。
しかし、その屋敷からは、確かに言い知れぬ不気味な気配が漂っていた。
俺は【生命探知】を発動させ、屋敷の内部を探る。
「……どうだ、アルト。何かいるか?」
「ああ。だが、これは……生き物の反応じゃない。かといって、アンデッドのような邪悪な気配でもない。屋敷の奥……地下工房のような場所から、強い魔力反応と、敵意のない……何かの気配がする」
幽霊じゃない。だが、何かがいる。俺たちは互いに顔を見合わせ、頷くと、軋む音を立てる重い扉を開けて、屋敷の中へと足を踏み入れた。
中は埃っぽく、蜘蛛の巣が張っているが、建物の損傷は少ない。俺たちは慎重に奥へと進んでいく。強い魔力反応は、地下へと続く階段の先から発せられていた。
階段を降りると、そこは広大な鍛冶工房だった。巨大な炉や金床、無数の工具が並んでいるが、どれも手入れされることなく放置されている。そして、その工房の中央に、それはいた。
半透明の体を持つ、小さな少女の姿。腰まである長い髪を二つに結び、作業用のゴーグルを額にかけ、いかにも頑固そうな表情で腕を組んでいる。その身なりは、明らかにドワーフのものだった。
俺の探知通り、彼女からは邪悪な気は一切感じられない。ただ、ひたすらに強い無念と、自分の仕事場を荒らされたくないという、職人のような頑固な意志だけが伝わってくる。
俺たちの侵入に気づいたドワーフの少女の霊は、ギロリと俺たちを睨みつけた。
「……何やつじゃ。我の工房を嗅ぎまわる不埒者は」
その声は、見た目の可憐さとは裏腹に、年季の入った親方のような力強さを持っていた。彼女がそう言うと、周囲に置かれていた金槌やヤスリが、ひとりでに宙に浮かび上がり、その切っ先を俺たちに向ける。
「ここは、我が生涯を懸けた神聖な仕事場。邪魔をするなら、容赦はせんぞ。さっさと立ち去れ!」
それは、この地に縛られた、孤独な魂の叫びだった。
どうやら、この幽霊屋敷の噂の正体は、この頑固で可愛いらしい先客だったようだ。俺たちのギルドハウス探しは、いきなり大きな壁にぶち当たってしまった。




