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第七話:絆と力の開花

廃墟での一夜は、奇妙な緊張感に包まれていた。俺とルナが火を熾し、買ってきたパンと干し肉を差し出しても、ミコトと名乗った獣人の少女は、俺たちから三メートル以上の距離を保ったまま、決して警戒を解こうとはしなかった。


その金色の瞳は、まるで手負いの獣のように、俺たちの一挙手一投足を鋭く観察している。俺が差し出した水を飲む時でさえ、まず匂いを嗅ぎ、毒が盛られていないか慎重に確かめるほどだった。彼女がこれまで、どれほど過酷な環境で、どれほど人間に裏切られて生きてきたのか、想像に難くない。


「……あの、大丈夫ですよ。アルト様は、悪い方ではありせん」


見かねたルナが、おずおずとミコトに話しかけた。


「私も……少し前まで、奴隷でした。アルト様に救っていただくまでは、もう何も信じられませんでしたから、あなたのお気持ち、少しだけわかる気がします」


ルナの言葉に、ミコトの尖った耳がぴくりと動いた。彼女はルナの全身をじろりと見ると、「……あんたも、こいつに買われたのか」と低い声で呟いた。


「買われた、のではありません。救っていただき、仲間にしていただいたのです」

「……仲間、ね」


ミコトは鼻で笑うと、それ以上何も言わずに顔を背けてしまった。彼女の心を覆う氷は、まだ厚く、固い。俺は無理に話しかけることはせず、ただ静かに夜が明けるのを待った。



翌朝、俺たちはミコトを連れてアパートに戻った。風呂を使うように勧め、ルナが自分の予備の服を貸し与える。綺麗になった彼女は、野良猫が血統書付きの猫になったかのように、見違えるほど凛とした空気をまとっていた。だが、その警戒心だけは変わらない。


「何のつもりだ。いつまで私をここに置いておく気だ?」


部屋の中央に仁王立ちしたミコトが、俺を睨みつけて問う。


「同情のつもりならやめろ。施しは受けない。それとも、あの商人とグルで、もっと高い値で私を売り飛ばす算段か?」

「どれも違う」


俺は彼女のまっすぐな視線を受け止め、静かに答えた。


「俺は君を自由にした。君がここを出て行きたいなら、誰も止めない。ただ、行く当てがないのなら、傷が癒えるまでここにいればいい。君がこれからどうしたいかは、君自身が決めることだ」

「…………」


ミコトは何も言い返せず、悔しそうに唇を噛んだ。人間からの純粋な善意というものを、どう受け止めていいのかわからない、という戸惑いがその表情にありありと浮かんでいた。


数日間、奇妙な三人での共同生活が続いた。ミコトは必要最低限の言葉しか発せず、常に俺たちと距離を置いていたが、ルナが根気強く彼女に寄り添い続けた。同じように救われた者同士、何か通じ合うものがあったのかもしれない。ミコトの態度は、少しずつではあるが、軟化の兆しを見せ始めていた。


ある日の午後、俺は中庭で自主訓練に励むミコトの姿を眺めていた。彼女は、驚異的な身体能力の持ち主だった。その動きはしなやかで、速く、そして力強い。だが、その戦い方は、完全に我流だった。力任せな部分が多く、動きには無駄が多い。もし、彼女が正式な武術を身につければ、その力は計り知れないものになるだろう。


俺は意を決して、彼女に声をかけた。


「ミコト。君は、もっと強くなれる」

「……何が言いたい」

「君の戦い方は荒削りすぎる。その身体能力を活かしきれていない。俺が、君だけのスキルを作ってやる」

「はっ、スキルを作る、だと?」


ミコトは馬鹿にしたように笑った。


「人間が、私に力を与える? 寝言は寝て言え。どうせ、何か裏があるんだろう。私を都合のいい戦闘奴隷にでもするつもりか?」

「違う!」


俺は、思わず声を荒らげていた。


「俺は、仲間をそんなふうに扱ったりしない! 俺が嫌というほど、そういう連中を見てきたからだ!」


俺の脳裏に、ガイアスたちの顔が浮かぶ。道具のように俺を使い、切り捨てた者たちの顔が。その時の激情が、俺の言葉に熱を乗せた。ミコトは、俺の気迫に少しだけ気圧されたようだった。


そこへ、ルナが助け舟を出してくれた。


「ミコトさん。アルト様を、信じてあげてください。この方は、本当にスキルを創り出すことができる、世界でただ一人の方なのです」


ルナはそう言うと、窓の外に視線を向けた。遠くの木の枝に、一枚の葉が風に揺れている。彼女は静かに弓を構えると、矢をつがえずに、弦を軽く弾いた。すると、彼女の指先から風の魔力が凝縮された小さな矢が生まれ、音もなく放たれる。風の矢は、まるで意志を持っているかのように複雑な軌道を描き、木の枝をすり抜け、狙い過たず、揺れる木の葉の葉脈だけを綺麗に撃ち抜いた。


「これが、アルト様が私に与えてくださった力、【魔法弓】です」


ミコトは、その神業のような技術を目の当たりにして、言葉を失っていた。


俺は懐から、先日ジャンク屋で手に入れておいた二つのスキル珠を取り出した。一つは【格闘術(基礎)】。もう一つは【身体強化(微弱)】。どちらも、俺がミコトのために選び抜いたものだ。


「俺にできるのは、君が本来持っている力を、最大限に引き出す手伝いだけだ。受け取るかどうかは、君が決めてくれ」


俺はミコトの金色の瞳をまっすぐに見つめ、スキル錬成を開始した。


(ミコトの強さは、獣人としての野生そのものだ。そのしなやかさと、爆発的なパワーを、一つの技術として昇華させる。ただがむしゃらに振るうだけの力じゃない。技と完全に一体化した、百獣の王が放つような、絶対的な一撃を……!)


「【スキル錬成】!」


二つのスキル珠が激しい光を放ち、俺の手の中で一つに溶け合っていく。


`《【格闘術(基礎)】と【身体強化(微弱)】を素材として錬成を開始します》`

`《術者のイメージを反映……概念を再構築……成功しました》`

`《ユニークスキル【獣王撃】を生成しました》`


光が収まると、そこにはまるで燃え盛る炎のような、力強い橙色に輝くスキル珠が現れた。その珠からは、凄まじい闘気が放たれているのを感じる。


俺はそれを、黙ったままミコトに差し出した。

ミコトは葛藤していた。長年植え付けられた人間への不信感と、目の前で起きている奇跡。俺の真っ直ぐな瞳と、隣で優しく微笑むルナの顔を、彼女は何度も見比べた。やがて、彼女は何かを決心したように、震える手で、そのスキル珠を受け取った。


そして、自分の胸に当てる。

スキル珠が閃光と共に彼女の体に吸い込まれた瞬間、ミコトの全身から、凄まじい魔力が迸った。


「――っ!」


彼女は驚愕に目を見開き、自分の両手を見つめている。

「なんだ、これ……力が、身体の芯から……! 今までとは比べ物にならないくらい、どう動けばいいのか、気の流れが、全部わかる……!」


俺たちはアパートの裏にある小さな訓練場へ移動した。ミコトはそこに置かれていた訓練用の丸太に向かい、深く息を吸い込む。そして、今までとは比較にならないほど洗練された、無駄のないフォームで拳を突き出した。


「はぁっ!」


拳が丸太に触れるか触れないかの瞬間、彼女の拳から橙色の闘気が衝撃波となって放たれる。

ズドォォォンッ!!

凄まじい破壊音と共に、屈強な男でも破壊するのは難しいであろう訓練用の丸太が、根本から木っ端微塵に砕け散った。


「…………」


その場にいた全員が、ミコト本人も含めて、その圧倒的な威力に言葉を失う。これが、彼女が秘めていた本来の力。スキルによって、その才能が完全に解放されたのだ。


しばらくして、ミコトは粉々になった丸太の残骸から俺の方へと向き直った。その顔は驚きと興奮で紅潮している。彼女は俺の前に立つと、少し気まずそうに視線を彷徨わせた後、意を決したように口を開いた。


「……貸し、一つだ」

「え?」

「だから、貸しだって言ってるんだ! この力は、あんたに借りたものだ。だから、この力、あんたのために使ってやる」


ぶっきらぼうな口調。だが、その金色の瞳から、以前のような刺々しい敵意は完全に消え失せていた。


「……ただし、あんたが私を裏切らない限りだ」


それは、彼女が紡ぐことのできる、最大限の感謝と信頼の言葉だった。


俺は、思わず笑みがこぼれた。


「ああ、それでいい。よろしくな、ミコト」

「……ふん」


ミコトはそっぽを向いてしまったが、その尖った猫の耳が、嬉しそうにぴくぴくと動いているのを俺は見逃さなかった。隣では、ルナが本当に嬉しそうに微笑んでいる。


索敵と指揮を担う司令塔の俺、アルト。

遠距離からの精密な一撃で敵を仕留める後衛、ルナ。

そして、圧倒的な破壊力で敵陣を切り裂く前衛、ミコト。


こうして、俺たちのパーティ《アルカディア》は、本当の意味でその形を成した。追放された者、囚われていた者、虐げられていた者。社会の片隅に追いやられた三人が、手を取り合った。確かな絆の芽生えを胸に、俺たちの新たな挑戦が、今、始まろうとしていた。

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