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第六話:路地裏の獣と二番目の仲間

ルナが仲間になってから、一月が過ぎた。俺たちの生活は、驚くほど順調に軌道に乗っていた。


俺たちは冒険者ギルドに正式に登録を済ませた。パーティ名は、いつか設立するギルドの名前を先取りして《アルカディア》。まだ二人だけの、小さな小さなパーティだ。それでも、俺の【自動素材探知】による確実な索敵と、ルナの【魔法弓】による完璧な狙撃の組み合わせは、他の冒険者たちが舌を巻くほどの効率を叩き出した。


「アルト様、西の森に出現した『マッドウルフ』の討伐依頼です。数は五体。群れの位置は把握できていますか?」

「ああ。ここから南西に三百メートル。岩場の影で休んでいる。風は北からだ。ルナなら、匂いに気づかれる前に仕留められるはずだ」

「承知しました」


こんな会話が、俺たちの日常になった。俺が司令塔となって敵や素材の位置を正確に特定し、ルナがその超人的な弓技で一撃のもとに葬り去る。この戦法によって、俺たちは危険な接近戦を極力避けながら、依頼を次々と達成していった。おかげで、ギルド設立のための貯蓄も、着実に増え始めていた。


なにより嬉しかったのは、ルナが日に日に明るさを取り戻していくことだった。当初は俺の後ろに隠れるようにしていた彼女も、今では自信に満ちた表情で弓を構え、依頼を終えた後には屈託のない笑顔を見せてくれるようになった。彼女の笑顔は、俺にとって何よりの宝物だった。


その日、俺たちは依頼の報告を終え、ギルドに併設された酒場で遅めの昼食をとっていた。活気に満ちた酒場は、様々な情報が行き交う場所でもある。俺は食事をしながら、自然と他の冒険者たちの会話に耳を傾けていた。


「おい、聞いたか? 最近街に来たヴォルコフって商人の噂」

「ああ、珍しい魔獣を扱ってるっていう、あの胡散臭い男だろ」

「なんでも、この前は獰猛な『黒鉄のアイアン・クーガー』を捕らえたって話だぜ。どうやって手懐けるんだか」

「手懐ける、ねえ……。裏では違法な魔道具で無理やり従わせてるって噂だ。夜中に倉庫の方から、気味の悪い鳴き声が聞こえてくるって話も……」


ヴォルコフ商会。最近、急速に羽振りが良くなっているという商人だ。だが、その裏では黒い噂が絶えない。特に、彼の扱う獣たちは、どれも不自然なほど従順か、あるいは極度に衰弱しているという。


その話を聞いた瞬間、俺の脳裏に、奴隷市場で見たルナの姿が重なった。理不尽な力で自由を奪われ、尊厳を踏みにじられる存在。胸の奥に、ずしりと重い何かが沈み込むのを感じた。


「アルト様……?」


俺の表情の変化に気づいたのか、ルナが心配そうに顔を覗き込む。

「……なんでもない。少し、気になる話を聞いただけだ」


俺はそう言って誤魔化したが、一度気になり始めると、もう無視することはできなかった。その夜、俺はルナに事情を話し、二人でヴォルコフ商会がある倉庫街へと向かった。


倉庫街は、夜になると人通りが途絶え、不気味なほど静まり返っていた。俺は【スキル錬成】で新たに作り出したスキルを発動させる。素材は【探索】と【魔力感知(微弱)】のスキル珠。そこから生み出したのは、【生命探知】というスキルだ。


スキルを発動させると、建造物の向こう側にいる生物の気配が、生命力の強さに応じて光の点として認識できる。ヴォルコフ商会の倉庫に意識を向けると、案の定、いくつもの光点が見えた。そのほとんどは、おそらく見張りの人間か、捕らえられた獣たちだろう。だが、その中に一つだけ、ひときわ強く、そして激しく明滅を繰り返す光があった。まるで、檻の中で暴れる猛獣のような、荒々しい生命力。


「……いた。あそこだ」


俺たちは物音を立てないように倉庫に近づき、埃っぽい窓から中を覗き込んだ。そして、その光景に絶句した。


倉庫の中にはいくつもの檻が並べられ、その中には珍しい獣たちがぐったりとした様子で横たわっている。そして、中央の一番大きな檻の前では、ヴォルコフという金歯の男が、数人の屈強な部下と共に、檻の中を罵倒していた。


「このクソ猫が! いつまで反抗するつもりだ! さっさと首輪をつけさせろ!」


その檻の中にいたのは、黒い髪と、しなやかな尾を持つ、一人の獣人の少女だった。歳は俺たちとそう変わらないだろう。着せられた服は破れ、体は傷だらけだったが、その金色の瞳は、獣のように鋭く、一切の屈服を拒絶する強い光を宿していた。


「人間なんかに、誰が従うか!」


少女の喉から、威嚇するような低い声が漏れる。ヴォルコフは舌打ちすると、部下に命じて別の檻を開けさせた。中から現れたのは、涎を垂らす二匹の巨大な魔犬『ヘルハウンド』だった。


「少し灸を据えてやる必要があるようだな。こいつらにお前のその生意気な手足を食いちぎられる前に、大人しくなるんだな!」


まずい。このままでは彼女が殺される。俺がそう思った瞬間、隣にいたルナが、すでに弓に矢をつがえていた。その翡翠の瞳には、静かな怒りの炎が揺らめいている。彼女もまた、この光景に過去の自分を重ねているのだ。


「アルト様。ご指示を」

「……助けるぞ、ルナ」


俺たちは頷き合う。作戦は一瞬で決まった。


まず、ルナが【魔法弓】で倉庫内のランプを正確に射抜く。けたたましい音と共に、倉庫内が完全な闇に包まれた。


「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」


ヴォルコフたちのうろたえる声が響く。その隙に、俺は先日錬成しておいたもう一つのスキル、【隠密歩行サイレントステップ】を発動させ、音もなく倉庫の扉から内部に滑り込んだ。このスキルは、【探索:足跡追跡】と【生活魔法:消音】という、これまたジャンク品のスキル珠から作り出した自信作だ。


闇と混乱の中、俺は少女が囚われている檻へと一直線に向かう。背後では、ルナが放つ風切り音と、チンピラたちの短い悲鳴が断続的に響いていた。彼女が、外から完璧な援護をしてくれている。


「誰だ!」


檻に近づいた俺の気配に、獣人の少女が鋭く反応した。闇に慣れた彼女の瞳が、爛々と俺を捉える。


「助けに来た。すぐにここから出してやる」

「……人間を、信じられるか!」

「今は俺を信じろ!」


俺はそう言い放つと、懐から取り出した針金で、檻の南京錠に取り掛かった。【アイテム鑑定】で培われた指先の器用さと構造知識は、こういう時に役に立つ。数秒後、カチリ、と小さな音を立てて錠が開いた。


扉を開けた瞬間、背後からヴォルコフの怒声が飛んできた。


「そこか、こぞう! そいつを放せ! ヘルハウンド、やれ!」


闇の中から、二つの赤い光――ヘルハウンドの目が、俺たちに向かって突進してくる。

俺は咄嗟に少女を庇うように前に立った。だが、少女は俺の腕を振り払い、自ら魔犬の前に躍り出た。まだ足には枷が繋がれたままだというのに。


「グルアァァ!」


一匹のヘルハウンドが、彼女の喉笛に食らいつこうと跳びかかる。絶体絶命。その刹那、ひゅ、と風を切り裂く音が響き、魔犬の眉間に一本の矢が深々と突き刺さった。ルナの援護だ。


残る一匹が怯んだ隙を、少女は見逃さなかった。彼女は信じられないほどの瞬発力で地を蹴ると、枷の長さを利用して遠心力を乗せ、強烈な回し蹴りをヘルハウンドの側頭部に叩き込んだ。


ゴッ、と鈍い音が響き、巨大な魔犬がくぅんと悲鳴を上げて横転する。なんて身体能力だ。武器もスキルもなしに、素手で魔物を圧倒している。


「て、てめえら!」


ヴォルコフが恐怖と怒りで顔を引きつらせる。だが、俺たちに構っている暇はなかった。外からは衛兵の笛の音が聞こえ始めている。騒ぎが大きくなる前に、ここから離脱しなければ。


「こっちだ!」


俺は少女の手を掴み、倉庫の裏口へと駆け出した。彼女は一瞬抵抗したが、状況を理解したのか、黙って俺に従う。背後からルナも合流し、俺たちは夜の闇の中をひた走った。裏路地を抜け、水路を飛び越え、追っ手の気配が完全になくなるまで、ただひたすらに走り続けた。


ようやく安全な廃墟に身を隠し、俺たちは荒い息を整える。月明かりが、俺たちの顔をぼんやりと照らしていた。


助け出した獣人の少女は、俺とルナを強い警戒心に満ちた金色の瞳で睨みつけていた。助けられたというのに、その敵意は少しも和らいでいない。


「……何のつもりだ、人間。私を助けて、どうしようって言うんだ。もっと酷いことをするつもりか?」


吐き捨てるような彼女の言葉に、俺は静かに首を振った。そして、彼女の足につながれたままの枷に手を伸ばす。


「ただ、君が自由になるべきだと思った。それだけだ」


鍵はない。だが、俺の鑑定スキルは、その枷の最も脆い部分を正確に見抜いていた。俺は腰のダガーをその一点に突き立て、渾身の力を込めてこじ開けた。ガキン、と音を立てて、彼女を縛っていた最後の枷が外れる。


少女は、驚いたように目を見開いたまま、動かなくなった。俺はそんな彼女に向かって、かつてルナにも言ったのと同じ言葉を、もう一度繰り返した。


「俺の名前はアルト。こっちはルナ。君の名前は?」


少女はしばらく黙っていたが、やがて、諦めたように、しかし力強く、その名を告げた。


「……ミコト」


こうして、俺たちのパーティ《アルカディア》に、二人目の仲間が加わることになる。まだ心に深い傷と人間への不信を抱えた、気高い獣人の少女が。

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