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第二十二話(最終話):ただの鑑定士と、かけがえのない仲間たち

俺の意識は、どこまでも広がる虹色の光の奔流の中にあった。

ユニークスキル【スキル錬成】。絶望の淵にあった俺に、新たな人生を与えてくれた奇跡の力。その力が、今、俺の魂から引き剥がされ、天秤の祭壇へと注ぎ込まれていく。力が失われていく喪失感よりも、不思議と心は穏やかだった。


これまでの出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

無能と罵られ、雨の中に捨てられた日。

初めてスキルを錬成し、自分の足で立つ力を手に入れた日。

奴隷市場で、翡翠の瞳を持つ少女の手を取った日。

人間不信の獣人の少女と、ぶつかり合いながらも心を通わせた日。

工房で、頑固なドワーフの師匠と、最高の武具を夢見て語り合った日。

仲間と笑い、戦い、築き上げてきた、ギルド《アルカディア》での、かけがえのない毎日。


(ああ……俺の力は、決して俺一人のものじゃなかったんだな)


その全てが、この力があったからこそ得られたものだ。そして、今、この力は、その全てを守るために使われる。これ以上に、ふさわしい使い道があるだろうか。


光の奔流が最高潮に達した時、俺の目の前で、傾いていた巨大な天秤が、ギシリ、と音を立てて動き始めた。俺の魂とスキルを注ぎ込まれた空の皿がゆっくりと下がり、やがて、世界を乗せた皿と、完全に水平になった。


均衡は、取り戻された。


その瞬間、天秤の祭壇から、世界そのものを祝福するかのような、温かく、清浄な光の波が放たれた。光は塔を突き抜け、地下都市アガルタを照らし、そして、地上へと溢れ出していく。


その頃、地上では、人々が空を見上げて奇跡を目の当たりにしていた。

辺境の街フロンティアでは、空を覆ったオーロラのような光のカーテンに、誰もが言葉を失っていた。その光に触れた凶暴な魔物たちは、まるで悪夢から覚めたかのように、その狂気を鎮めて森の奥へと帰っていく。枯れかけていた大地には、みるみるうちに青々とした若草が芽吹き始めた。


それは、フロンティアだけではない。王都で、獣人連合で、ドワーフ王国で、世界のあらゆる場所で、人々は天がもたらした浄化の光に、祈りを捧げていた。世界を蝕み続けていた精神汚染体『ノイズ』が、星の理そのものから消え去っていく。


やがて、光が収まった時、俺は祭壇の皿の上で、ゆっくりと意識を取り戻した。

体の中から、あれほど確かに感じられた【スキル錬成】の力が、綺麗さっぱり消え失せているのがわかった。今の俺が持つスキルは、ただ一つ。追放されたあの日と同じ、【アイテム鑑定】だけ。


一抹の寂しさが胸をよぎる。だが、それ以上に、世界が救われたことへの安堵と、目の前で涙ぐみながら俺の名を呼ぶ、かけがえのない仲間たちの姿に、心が満たされていた。


『ありがとう、調停者よ。汝が紡いだ絆と、その選択が示す未来に、祝福を……』


祭壇の遺志から、最後のメッセージが届く。それを最後に、巨大な天秤は役目を終えたかのように、きらきらと輝く光の粒子となって、星空のような空間に溶けて消えていった。

同時に、足元の地下都市全体が、ゴウゴウと地響きを立てて崩壊を始める。


「アルト様!」

「アルト、行くぞ!」


ルナとミコトに両腕を引かれ、俺たちは崩れゆくアガルタから、地上へと続く道をひた走った。



――それから、一年。


辺境の街フロンティアは、以前とは比べ物にならないほどの発展を遂げていた。王国からの経済封鎖は、世界の危機が去ったことで解除された。だが、フロンティアはもはや王国に依存してはいなかった。獣人連合やドワーフ王国との独自の交易路によって、街は大陸でも有数の商業都市へと成長していたのだ。


そして、その中心には、常に俺たちのギルド《アルカディア》があった。

ギルドは、今や百人以上のメンバーを抱える大所帯となっていた。そこには、種族も、過去も、様々な者たちが集っていた。かつての俺たちのように、行き場を失い、それでも前を向こうとする者たちの、最後の受け皿。そして、新たな希望を見つける場所。まさに、俺が夢見た理想のギルドが、そこにはあった。


「副長! こちらの依頼書、受理してよろしいでしょうか?」

「待ってください。依頼内容とパーティのランクが見合っていません。メンバーを再編成して、危険がないように手配します」


ギルドの実務を取り仕切っているのは、副長となったルナだ。彼女は、弓の名手として今なおギルド最強の戦力の一人であるが、それ以上に、その優しさと的確な判断力で、全てのギルドメンバーから深く慕われていた。


「おい、新入りども! 訓練の時間だ! へばってる暇があったら、拳の一つでも多く振るえ!」


ギルドの訓練場で檄を飛ばしているのは、戦闘部隊長のミコト。彼女は街の守護者として、その圧倒的な力でフロンティアの平和を守り続けていた。最近では、冒険者志望の子供たちに体術を教えるのが、彼女の新しい日課になっている。ぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、子供たちに向けるその眼差しは、驚くほど優しい。


そして、ギルドハウスの地下工房からは、今日も賑やかな金属音が響いてくる。


『たわけ! 魂の込め方が足らんわ! そんなことでは、ただのナマクラしかできんぞ!』

「は、はい! ハガネ師匠!」


ハンマーに宿る伝説の鍛冶師ハガネは、後進の育成に情熱を燃やしていた。彼女の指導を受けた鍛冶師たちが作る武具は、たとえスキルが付与されていなくとも、王都の一級品に勝るとも劣らない品質を誇った。《アルカディア》の名は、最高の冒険者ギルドであると同時に、最高峰の武具工房としても、その名を大陸に轟かせていた。


では、肝心の俺、アルト・シュヴァイツァーは何をしているかというと――。


「うーん、この薬草は、乾燥させすぎだな。これじゃあ薬効が半減してしまう。もう少し早い段階で摘み取らないと」

「こっちの鉱石は……ほう、不純物の中に、微量だがミスリルが混じっている。精錬方法を工夫すれば、価値が跳ね上がるぞ」


俺は、ギルドマスターとして、持ち込まれる様々な素材やアイテムの鑑定を行っていた。俺に残されたスキルは、ただの【アイテム鑑定】。だが、これまでの経験で培われた知識と判断力は、他の誰にも真似できない、俺だけの武器となっていた。


素材の価値を正確に見極めてギルドの財政を潤し、新人冒険者の持つ僅かな才能の輝きを見つけ出し、彼らに最適な道を指し示す。もはや、俺の仕事ぶりを「無能」と罵る者は、どこにもいなかった。スキルを失った俺は、しかし、決して無力ではなかったのだ。


その日の夕暮れ。俺はギルドハウスのバルコニーに出て、夕日に染まるフロンティアの街並みを眺めていた。活気に満ちた人々の声、子供たちのはしゃぐ声。その全てが、愛おしかった。


「アルト様。お疲れ様です」


そっと、ルナが温かいお茶を持ってきて、俺の隣に寄り添った。


「おう、アルト。サボってんのか?」


訓練を終えたミコトも、汗を拭いながらやってくる。


『マスター! 今度の新作、とんでもないものができそうじゃぞ! 期待しておくがよい!』


工房から、ハガネの楽しそうな声も飛んできた。

王国とは、あの一件の後、正式に和解した。いや、正確に言えば、フロンティアとその周辺地域が、王国から半ば独立した自治権を認められた、という形だ。もはや、俺たちに干渉する力は、王国には残っていなかった。


俺は、隣に立つルナの、そしてミコトの顔を見た。

俺は、確かに、あの祭壇で奇跡の力を失った。

だが、代わりに手に入れたものは、あまりにも大きく、温かい。


仲間、居場所、信頼、そして、穏やかな日常。

力がなくても、これだけのものに囲まれている。後悔など、あろうはずもなかった。


「さて、と」


俺は一つ伸びをすると、仲間たちに向かって微笑んだ。


「明日は、ドワーフ王国から来た新しい商隊の積荷を鑑定する仕事があるんだったな。頑張らないと」


追放された、無能な鑑定士は、もうどこにもいない。

ここにいるのは、かけがえのない仲間たちに囲まれた、世界で一番、幸せなギルドマスターだ。


俺たちの物語は、ここで一つの終わりを告げる。

だが、俺たち《アルカディア》の、賑やかで、温かくて、そして少しだけ騒がしい毎日は、この先もずっと、続いていくのだ。

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