第二十話:天秤の塔と世界の真実
過去の幻影が支配する『真実の回廊』を、俺たちは絆の力で踏破した。互いの存在が、何よりも強い盾となり、矛となることを証明した俺たちの前に、地下都市アガルタの中心にそびえる巨大な塔が、その入り口を静かに開いていた。
「ここが……『天秤の祭壇』へと続く道」
ルナが、ごくりと喉を鳴らす。塔の内部は、外観と同じく、壁や天井を流れる無数のクリスタルの脈が、柔らかな光を放つ幻想的な空間だった。しかし、その美しさとは裏腹に、俺たちは肌で感じていた。この塔全体が、一つの巨大な古代の仕掛け(アーティファクト)であり、侵入者を試すための強烈な意志を持っていることを。
ゆっくりと足を踏み入れると、目の前に二つの扉が、まるで俺たちの選択を待つかのように現れた。左の扉には燃え盛る剣の紋章が、右の扉には開かれた本の紋章が刻まれている。
『左の扉より、強大な力を求める者の道。汝に比類なき力を与えん。されど、その代償として、汝の最も大切な記憶を一つ奪う』
『右の扉より、深遠なる知恵を求める者の道。汝に世界の真実を示さん。されど、その資格を問うため、汝に解けぬ謎を課す』
扉に刻まれた古代文字を、俺が読み上げる。力の扉と、知恵の扉。どちらを選んでも、相応のリスクを伴う試練だった。
「力、ねえ。小難しい謎解きなんざ、性に合わねえ。左の扉をぶち破って行こうぜ」
ミコトが、【百獣の爪牙】を装着した拳を鳴らしながら言う。
「待ってください、ミコトさん。代償が『大切な記憶』というのは、あまりに危険です。ここは慎重に、右の扉を選ぶべきでは……」
ルナが、冷静に反論する。二人の意見は、もっともだった。だが、俺の考えは違った。
「どちらも選ばない」
「「え?」」
俺の言葉に、二人が同時に素っ頓狂な声を上げる。
「この試練は、俺たちに選択を強制している。力か、知恵か。だが、なぜどちらかを選ばなければならない? 俺たちは、力も知恵も、どちらも自分たちで創り出してきたはずだ」
俺はそう言うと、二つの扉の中間、何もない壁の前に立った。そして、【スキル錬成】を発動させる。俺の頭の中に、この塔の構造が【構造解析】によって描き出されていく。二つの扉は、それぞれ異なる魔力回路で制御されている。だが、そのエネルギー源は、壁の内部にある一つの供給源から分岐しているだけだ。
(この二つの回路をショートさせ、本来は存在しない第三の経路にエネルギーを流し込む……!)
俺は、扉の錠前に使われている【魔力認証】の概念と、壁の内部にある【エネルギー伝導】の概念を、無理やり引き剥がし、錬成する。
「【スキル錬成】――『バイパス回路』!」
俺が壁に手を触れると、バチッ、と青白い火花が散った。次の瞬間、俺たちが立っていた床の一部が、音もなく沈み込み、下り階段となってその姿を現した。
『……理を捻じ曲げ、選択を拒みし者よ。面白い。実に面白い』
塔のどこかから、感心したような、それでいて無機質な声が響き渡る。俺たちは顔を見合わせ、頷くと、現れた第三の道へと進んでいった。
◇
その先にあったのは、広大な円形の闘技場だった。そして、その中央には、俺たちの身長の五倍はあろうかという、巨大なクリスタルのゴーレムが鎮座していた。その全身は磨き上げられた水晶で構成され、内部には複雑な魔力回路が、まるで血管のように青白い光を明滅させている。
『『選択』の理を破りし者よ。我は、この塔の守護者にして裁定者。汝らに、世界の理に触れる資格があるか、その力、見せてもらおう』
機械的な合成音声が、広間に響き渡る。問答無用。戦闘は避けられないようだ。
「来るぞ!」
俺の合図と共に、三人は散開した。ゴーレムが巨大な腕を振り下ろし、闘技場の床を粉砕する。ミコトはその攻撃を紙一重でかわし、懐に潜り込むと、渾身の【獣王撃】を叩き込んだ。だが、ゴッ、と鈍い音がしただけで、ゴーレムの水晶の体には傷一つ付かず、逆にミコトの拳が痺れたように弾かれた。
「硬えっ!?」
「ミコトさん、下がって! 【ウィンド・カッターアロー】!」
ルナの放った風の刃が、ゴーレムの頭部を襲うが、それもまた、表面で淡い光の膜が発生し、いとも容易くかき消されてしまう。
『無駄だ。我の『魔力吸収障壁』は、あらゆる物理、魔法攻撃を無効化する』
まずい。攻撃が一切通じない。俺は冷静に【構造解析】でゴーレムを分析する。弱点は、胸の中心部で輝く紅いコア。だが、そこは常に強力な魔力障壁で守られている。どうすれば、あの一点を破れる……?
『マスター! あの障壁、一つの属性の攻撃を吸収することに特化しすぎている! 複数の異なる属性の攻撃を、寸分の狂いもなく同時に叩き込めば、処理能力を超えて飽和し、一時的に機能不全に陥るはずじゃ!』
頭の中に、ハガネの鋭い声が響く。さすがは神代の鍛冶師。古代の技術にも通じている。
「……なるほど。一瞬の隙か」
俺は即座に作戦を立て、二人に叫んだ。
「ルナは風の魔力を最大に! ミコトは闘気を拳に集中させろ! 俺が氷の魔法で援護する! 俺の合図で、三方向から同時に、胸のコアを狙うんだ!」
三人はアイコンタクトで頷き合う。ルナの矢に翠色の嵐が宿り、ミコトの籠手が橙色の炎のように燃え上がる。俺もまた、錬成で作り出した【氷結弾】のスキルを掌に展開する。
「今だッ!!」
三つの異なる属性の力が、三本の光線となって、寸分違わぬタイミングでゴーレムの胸のコアに殺到した。
パリンッ!
ガラスが割れるような甲高い音が響き、コアを守っていた魔力障壁が、一瞬だけ、蜘蛛の巣状にひび割れた。
「ミコトォォォッ!!」
その、コンマ数秒にも満たない好機を、彼女は見逃さなかった。
「もらったァァァッ!! 【獣王・滅閃撃】!!」
ミコトの全身全霊を込めた一撃が、砕けた障壁の隙間を縫って、紅いコアへと吸い込まれていく。
ズガガガガガガガッッッ!!!
クリスタルのゴーレムは、悲鳴を上げることもなく、その巨体の内側から凄まじい光を放ち、やがて全身に亀裂が走ると、ガラス細工のように砕け散っていった。
◇
静寂が戻った広間に、俺たちの荒い息遣いだけが響く。砕け散ったゴーレムの残骸から、かろうじて頭部だけが残り、最後の力を振り絞るように、無機質な声を発した。
『……見事だ。汝らには、資格がある』
「資格……? 何の資格だ」
『世界の真実に、触れる資格だ』
ゴーレムは、語り始めた。それは、俺たちの常識を覆す、衝撃的な内容だった。
『魔王とは、特定の個人を指す名ではない。それは、この星の生命力が、星の外より飛来する精神汚染体……『ノイズ』によって変質し、具現化した、災厄そのものの総称……』
「精神汚染体……ノイズ?」
『そうだ。それは、憎悪、絶望、狂気といった、負の感情の集合体。それに蝕まれた大地は枯れ、生物は凶暴な魔物へと変貌する。我ら地底人は、その『ノイズ』による汚染から逃れるため、光の届かぬこの地下都市アガルタを築き、眠りについたのだ』
ハガネの伝承は、真実だったのだ。
『天秤の祭壇は、その『ノイズ』を観測し、いずれは星ごと浄化するために我らが遺した、最後の希望。だが、それを起動させ、制御するには、純粋な『創造』の力を持つ魂……すなわち、『調停者』の存在が不可欠となる……』
調停者。創造の力。俺は、はっとした。それは、俺の持つ【スキル錬成】そのものではないか。
「まさか、俺が……」
『そうだ、理を捻じ曲げし者よ。汝こそが、この星が幾千年もの間、待ち望んだ調停者。……行け。祭壇は、汝を待っている』
ゴーレムの言葉と共に、闘技場の奥の壁が光を放ち、最上階へと続く螺旋状の光の階段が現れた。
『……だが、忘れるな、調停者よ。天秤とは、常に等価の代償を求めるもの……。何かを得るには、何かを捧げねばならん……』
その意味深な言葉を最後に、ゴーレムのクリスタルの瞳から光が消え、完全に沈黙した。
世界の真実。魔王の正体。そして、俺に課せられた『調停者』という役割。あまりにも巨大な運命が、突如として俺の肩にのしかかってきた。
俺は、隣に立つルナとミコトの顔を見た。彼女たちは、驚きながらも、不安の色を見せてはいなかった。ただ、まっすぐに俺を見つめ、その決定を信じて待っている。
「……行こう。俺たちの手で、確かめに」
俺は、仲間たちに力強く頷き返すと、光の階段へと一歩を踏み出した。
この先に何が待っているのか。そして、ゴーレムが言った『代償』とは、一体何なのか。
答えは、この塔の最上階、『天秤の祭壇』で、俺たちを待っているはずだ。




