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第十八話:王国の誤算と辺境の胎動

王国がフロンティアへの経済封鎖を開始してから、一月が過ぎた。その効果は、王都の貴族たちが思い描いていた以上に、限定的だった。いや、むしろ、彼らのもとに届く報告は、日に日に信じがたいものへと変わっていった。


「フロンティアの物価、安定。むしろ一部の食料品は値下がりしているだと?」

「近隣の山から新たな鉱脈が発見され、活況を呈している?」

「東の獣人連合と独自の交易を開始し、見たこともない特産品が流通している……?」


宰相が読み上げる報告に、国王は眉間の皺を深くした。彼らの狙いは、辺境の街を干上がらせ、生意気な小ギルド《アルカディア》のリーダー、アルト・シュヴァイツァーを屈服させることだったはずだ。だが、現実はどうだ。フロンティアは王国という大木から切り離された蔓草となるどころか、その地に力強く根を張り、新たな芽を吹き始めている。


「アイゼン卿。貴公の報告では、あの男、ただの若造ではなかったのか」

「はっ……。その通りでございます。ですが、彼の持つ技術と、彼に付き従う者たちの力は、我々の想定を遥かに超えておりました。特に、彼のギルドが作り出すという『錬成武具』……その力は、あるいは勇者の聖剣にも匹敵するやもしれませぬ」


騎士団長アイゼンの言葉に、議場は静まり返った。勇者を失った今、それに匹敵する力が辺境で生まれ、あろうことか王国に牙を剥いている。その事実は、彼らのプライドをいたく傷つけた。


「もはや、小手先の圧迫では無意味か。……次の手を打て。あの街を、そしてアルト・シュヴァイツァーを力で捩じ伏せる準備を始めよ」


国王の冷たい声が、玉座の間に響いた。王国の巨大な歯車が、今度は辺境の地を物理的に砕くため、ゆっくりと、しかし確実に回り始めた。



その頃、俺たち《アルカディア》は、新たな局面を迎えていた。

王国の経済封鎖を【スキル錬成】による内政チートで乗り越えた俺たちは、フロンティアの民から絶大な支持を得ることに成功した。ギルドには、俺たちを慕う者、新たな可能性を求める者たちが、以前とは比べ物にならないほど集まり始めていた。


「マスター! 南のドワーフ王国から、正式に使節団を派遣したいとの連絡が!」

「アルト様! 獣人連合から、こちらの霊薬の追加注文と、技術交流会の打診が来ています!」

「アルト、街の農地で、また見たこともない野菜が採れたんだが、どうすりゃいいんだ!?」


ギルドハウスは、今やフロンティアの行政機能の一部を担う、活気あふれる拠点となっていた。俺は押し寄せる難題を一つ一つ捌きながらも、充実した日々を送っていた。


だが、俺の心には、常に一つの懸念が影を落としていた。

それは、この世界の根幹に関わる、大きな歪みの存在だ。


きっかけは、ハガネとの会話だった。

『マスターよ。最近、どうも大地のマナの流れがおかしい。まるで、世界のどこかにある大きな傷口から、生命力が少しずつ漏れ出しているかのようじゃ』


ミスリルハンマーに宿る彼女の魂は、世界の魔力循環、すなわちマナの流れに敏感だった。彼女の言葉は、俺の胸に小さな棘となって突き刺さった。


そういえば、最近、魔物の異常発生スタンピードの報告が各地で頻発している。ワイバーンの群れが巣を追われたのも、ただの火山活動だけが原因ではなかったのかもしれない。


「世界の傷口……か」


俺は、自分のユニークスキル【スキル錬成】について、改めて思考を巡らせた。スキルを創造するこの力は、明らかにこの世界の理から外れたものだ。俺はなぜ、この力を持って転生したのか。俺がここにいること自体が、ハガネの言う「世界の歪み」と何か関係があるのではないか……?


そんなある日、獣人連合の使者が、一つの古文書を携えて俺たちを訪ねてきた。


「アルト殿。これは、我ら獣人の祖が書き記したとされる、伝説の断片だ。貴殿らの持つ未知の技術と、この地に起き始めている異変に、何か関係があるやもしれん」


古文書に記されていたのは、にわかには信じがたい神話だった。

それは、遥か神代の時代、この世界には「魔王」と呼ばれる災厄が存在したという記述から始まっていた。


『魔王は、世界の理を喰らう者なり。その存在は、大地を枯らし、空を淀ませ、生きとし生けるものの魂を蝕む。古の勇者と七人の賢者は、その身を犠牲にして魔王を『世界の最果て』に封印した。じゃが、封印は永遠ではない。星々の巡りが悪しき兆しを示す時、封印は綻び、災厄は再び大地に染み出すであろう……』


「魔王……」


まるで子供向けの英雄譚だ。だが、その記述は、ハガネが感じていたマナの枯渇や、各地で頻発する魔物の異常発生と、不気味に符合していた。


「この古文書には、続きがあるのです」と、使者は言った。


『災厄の兆しが現れし時、古の民が築きし『天秤の祭壇』を探せ。そこに、世界を救う鍵と、世界を滅ぼす災いが共に眠っている』


「天秤の祭壇……?」

「我々にも、それがどこにあるのかは分かりませぬ。ただ、この大陸のどこかに存在する、失われた古代遺跡であるとしか……」


俺は、その「古代遺跡」という言葉に、強く引かれるものを感じた。

追放される前、ガイアスたちと共に潜ったダンジョン。あれらも、古代文明の遺跡だった。俺の【アイテム鑑定】スキルは、そんな遺跡の中で、時折奇妙な反応を示すことがあった。誰にも理解されなかったが、俺だけが感じ取れる、微かな魔力の共鳴のようなものを。


もし、俺のスキルが、この古代遺跡と何か関係があるとしたら?


「アルト様……?」


俺が考え込んでいると、ルナが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。その翡翠の瞳は、どんな時も俺の心の奥底まで見透かしているかのようだ。


「……決めた。俺たちは、その『天秤の祭壇』を探しに行こう」


俺の決意に、ミコトが目を丸くする。

「はあ!? 魔王だか何だか知らねえが、そんなおとぎ話、本気にするのかよ! それに、王国がいつ攻めてきてもおかしくないって時に、ギルドを空けるのか?」


「ああ、本気だ。これは、おとぎ話じゃないかもしれない。それに、王国との問題も、これが解決の鍵になる可能性がある」

「どういうことだ?」


「もし、この魔王の復活というのが真実なら、王国も悠長に俺たちと争っている場合じゃなくなるはずだ。そして、『天秤の祭壇』に、もし本当に世界を救うほどの力が眠っているなら……それは、王国さえも無視できない、俺たちの最大の切り札になる」


それは、守りから攻めへの転換だった。王国の脅威に怯えるのではなく、こちらから世界の運命を左右するカードを握りに行く。それこそが、俺たち《アルカディア》が、この先生きのこるための道だと直感した。


『面白い! 神代の謎解きか! 鍛冶師の血が騒ぐわい!』

「アルト様が行くとお決めになるなら、私もどこまでも」

「……はあ。あんたがそこまで言うなら、付き合ってやるよ。どうせ、退屈してたところだ」


ハガネ、ルナ、そしてミコトも、俺の決意に同意してくれた。


王国との対立。そして、世界の深淵に眠る、魔王という新たな脅威の影。俺たちの旅は、辺境の街フロンティアという小さな舞台から、世界の運命そのものを賭けた、遥かに大きな冒険へと、その舵を切ろうとしていた。


俺は、古文書に描かれた、風化した地図の断片に視線を落とす。そこに記された古代文字を、【アイテム鑑定】でゆっくりと解読していく。


『始まりの地は、忘れられた民の眠る、地の底の聖域……』


新たな目標が、定まった。俺たち《アルカディア》の、本当の冒険は、ここから始まるのだ。

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