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第十六話:王国からの勅命

ガイアスたちが惨めに逃げ帰ってから数日。辺境の街フロンティアには、まるで悪夢が過ぎ去ったかのような、穏やかな日常が戻ってきていた。あの薄汚い路地裏での一件は、目撃した一部の冒険者たちの間で半ば伝説のように語られていたが、公になることはなかった。俺たちが、口止めをしたからだ。勇者の権威を完全に失墜させることは、王国の秩序を揺るがしかねない。俺は、無用な混乱を望まなかった。


「アルト様、本当に良かったのですか? あんな奴ら、もっと徹底的に叩きのめしてやればよかったのに」

「もういいんだ、ミコト。あいつらはもう、俺の人生には関係ない。それより、これから先のことを考えよう」


ギルドハウスの談話室で、俺は仲間たちに微笑みかけた。ルナが淹れてくれたハーブティーの優しい香りが、部屋を満たしている。


「そうですね。これで、本当に過去とはお別れです」


ルナの言葉に、俺は静かに頷いた。そうだ、これで終わりだ。忌まわしい過去との因縁は、すべて断ち切った。これからは、この大切な仲間たちと、俺たちが作り上げたギルド《アルカディア》を発展させていくことだけに、集中できる。


その日から、俺たちは再びギルドの業務に専念した。錬成武具の評判は口コミで広がり、性能を改良した武具を求める冒険者たちが、ひっきりなしに俺たちのギルドを訪れるようになった。俺はハガネと協力して彼らの要望に応え、ルナとミコトはギルドの主力パーティとして、街の治安維持に貢献する。


ギルドには、俺たちを慕ってくれる若い冒険者や、他のギルドではうまくやっていけなかった訳ありの者たちが、少しずつ集まり始めていた。まさに、俺が夢見た光景が、現実のものとなりつつあった。

この平穏が、ずっと続けばいい。俺は、心からそう願っていた。


しかし、運命というものは、俺に安息の時間を与えてはくれないらしい。

その日は、数週間ぶりに空が青く晴れ渡った、穏やかな日だった。ギルドハウスの前に、街の雰囲気にはおよそ似つかわしくない、一糸乱れぬ隊列を組んだ一団が現れた。


磨き上げられた白銀の鎧。その胸に刻まれた、王家の紋章である『金の獅子』。彼らは、王国最強と謳われる、王都直属の騎士団だった。


「何だ……?」


ギルドハウスにいた冒険者たちが、物々しい雰囲気に息を呑む。騎士団は、冒険者ギルドには目もくれず、真っ直ぐに俺たちの《アルカディア》の前にまで来ると、馬を降りた。

隊列の中から、ひときわ立派な装飾鎧をまとった、壮年の騎士が一人、進み出てくる。厳格な顔つきに、鋭い鷲のような瞳。その男が、この部隊の長であろうことは一目でわかった。


「私が、このギルドのマスター、アルト・シュヴァイツァーだ。王国騎士団が、このような辺境のギルドに、何の御用だろうか?」


俺が前に出て名乗ると、騎士団長は俺を値踏みするように一瞥し、尊大な態度で口を開いた。


「貴公がアルト殿か。私は、王国騎士団長を務めるアイゼン・グロスと申す。本日は、王家からの勅命を伝えに参った」


勅命。その言葉に、周囲の空気が凍り付いた。



ギルドハウスの応接室。俺と騎士団長アイゼンが、テーブルを挟んで向かい合っていた。ルナとミコトは、万が一に備え、俺のすぐ後ろに控えている。部屋の外は、アイゼンの部下である騎士たちが、完全に包囲していた。


アイゼンは、羊皮紙の巻物を広げると、感情の籠もらぬ平坦な声で、その内容を読み上げ始めた。


「第一条。元勇者パーティ『光の剣閃』リーダー、ガイアス・フォン・アルベールは、先日のフロンティアにおける一件で心身に回復不能な傷を負い、勇者としての責務を全うすることが不可能となった」

「……」

「第二条。王国騎士団の調査により、その原因は、ギルド《アルカディア》による、度を越した私的制裁にあると断定する」


その言葉に、ミコトが「ふざけるな!」と牙を剥くが、俺はそれを手で制した。アイゼンは、そんな俺たちの様子を意にも介さず、淡々と続ける。


「第三条。《アルカディア》が保有する『錬成武具』の製造技術は、一私設ギルドが独占するにはあまりに強力かつ危険であり、国家の平和と秩序を維持するため、速やかに王国管理下に置くべきものと判断する」


そこまで読み上げると、アイゼンは巻物を閉じ、冷徹な瞳で俺を射抜いた。


「以上を鑑み、国王陛下は、ギルドマスター、アルト・シュヴァイツァーに命ずる。速やかに王都へ出頭し、王国お抱えの筆頭錬成術師として、その身柄と、その技術の全てを、王国に捧げるように、と。……これは、命令である。拒否は、王国への反逆と見なす」


やはり、そう来たか。

俺は、静かに息を吐いた。ガイアスが泣きついたのだろう。自分の敗北を、俺たちの私刑のせいにし、俺たちが持つ技術の危険性を大げさに煽り立てたに違いない。そして、王家は、勇者を失った埋め合わせと、未知の技術を手に入れる好機として、この勅命を下した。全ては、国の都合。俺たちの意志など、初めから考慮されていない。


「……ふざけるな」


俺の背後から、ミコトの低い声が漏れた。彼女の全身から、抑えきれない怒りの闘気が立ち上っている。ルナも、その手はすでに腰に下げた弓の柄にかかっていた。


俺は、そんな二人を安心させるように、静かに振り返り、そして、再びアイゼンに向き直った。


「勅命とやらは、よくわかりました。その上で、お答えします」


俺は、椅子からゆっくりと立ち上がった。


「まず一つ。ガイアスの一件は、彼らが先に我々を襲撃してきたことに対する、正当防衛です。この街の冒険者たちの中に、その証人もいます。それを一方的に『私的制裁』と断定する国の判断は、到底受け入れられません」


「二つ目。俺のスキルも、俺たちがハガネの知識を借りて作る武具も、全て俺たちのものです。誰かに支配されるために手に入れた力でもなければ、戦争の道具にするために開発した技術でもない。これは、俺たちが自分たちの居場所を守るための力です」


俺は、そこで一度言葉を切り、アイゼンの鷲のような瞳を、真っ直ぐに見返した。


「そして、最も重要なこと。俺は、このギルド《アルカディア》を、この街で俺たちを信じてくれる仲間たちを、見捨てるつもりは一切ありません。王国の命令であろうと、国王陛下の勅命であろうと、それだけは絶対にできない相談だ」


俺は、はっきりと、一言一句に力を込めて、宣言した。


「よって、その勅命、謹んでお断りさせていただきます」


俺の明確な拒絶に、アイゼンの顔色が変わった。彼の厳格な表情に、怒りの色が浮かぶ。

「……貴様、それが何を意味するか、分かっているのか! この国、全てを敵に回すということだぞ!」


アイゼンが立ち上がると同時に、部屋の外にいた騎士たちが、一斉に剣の柄に手をかけた。ギルドハウス全体が、一触即発の、張り詰めた空気に包まれる。


だが、騎士たちが剣を抜くよりも速く、ミコトが一歩前に出た。そして、何の前触れもなく、ただ、軽く、右足で床を踏みしめた。


ドンッ!!


地響き、というにはあまりに静かで、しかし、腹の底に響く重い衝撃音。次の瞬間、ギルドハウスの頑丈な石畳の床に、ミコトの足元を中心として、放射状に巨大な亀裂が広がった。それは、ただの力ではない。圧倒的な実力差を見せつける、無言の威嚇だった。


騎士たちが、息を呑んで後ずさる。同時に、騎士団長アイゼンは、自分の額や首筋に、複数の見えない脅威が突きつけられていることを、歴戦の戦士としての本能で感じ取っていた。屋根の上、窓の外、階段の踊り場……この館の至る所から、エルフの射手による、殺意を乗せた矢が狙いを定めている。


そして何より、目の前の青年。アルト・シュヴァイツァー。彼は、ただのギルドマスターではない。王国騎士団長である自分を前にしても、一歩も引かず、その瞳の光は少しも揺らいでいない。その威圧感は、かつて彼が所属していたという勇者ガイアスなど、比較にさえならなかった。


(……無理だ)


アイゼンは、瞬時に悟った。力ずくで彼らを連行することなど、到底不可能。下手をすれば、ここで自分の部隊は、この三人に壊滅させられる。


「……よかろう」


アイゼンは、屈辱を噛み殺し、ゆっくりと剣の柄から手を離した。


「その返答、確かに王家へお伝えしよう。だが、覚えておくがいい、アルト・シュヴァイツァー。貴公らは、この王国に反旗を翻したのだ。その愚かな選択を、後悔する日が必ず来る」


それだけを言い残すと、アイゼンは踵を返し、騎士団を率いて足早に去っていった。


彼らが完全に立ち去った後、張り詰めていた緊張の糸が切れ、ギルドハウスに集まっていた人々から、わっ、と歓声が上がった。


「すげえ! あの王国騎士団を追い返しやがった!」

「俺たち、あんたたちに従うぜ、マスター!」


俺は、そんな彼らに向かって、力強く宣言した。

「聞いてくれ! 俺たちは、誰の支配も受けない! この《アルカディア》は、自由を望む者たちのための、自由なギルドだ!」


俺の言葉に、人々は更なる歓声で応えた。街の領主からも、後ほど「街の守護者である君たちの判断を支持する」という、心強い伝言が届いた。


俺は、王国という、あまりにも巨大な敵を作ってしまった。これからの道は、これまで以上に険しいものになるだろう。だが、俺の心に、後悔や迷いはひとかけらもなかった。


隣には、絶対の信頼を寄せてくれる仲間たちがいる。背後には、俺たちを信じてくれる人々がいる。

大切なものを守るためなら、俺は、国さえも敵に回してみせる。


辺境のギルド《アルカディア》の、本当の戦いが、今、幕を開けたのだ。

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