第十四話:無価値な謝罪
王都から辺境の街フロンティアまでの道のりは、アルトを追放したあの日、彼らが意気揚々と引き返した時とは比べ物にならないほど、長く、過酷なものだった。切り詰めた旅費、質の悪い宿、そして互いへの不満が募る重苦しい空気。勇者パーティ『光の剣閃』の三人は、心身ともに疲弊しきって、ようやく目的の街にたどり着いた。
フロンティアの街門をくぐった瞬間、三人はある種の違和感に包まれた。辺境という言葉から想像される寂れた雰囲気はどこにもなく、むしろ王都の一部区画よりも活気に満ち溢れている。行き交う人々の表情は明るく、その口からは、ある一つのギルドの名前が頻繁に聞こえてきた。
「《アルカカディア》のおかげで、街の周りの魔物もすっかり減って、商売がしやすくなったよ」
「うちの息子も、冒険者になるなら《アルカディア》に入りたいって言うんだ。あそこは弱い者を見捨てないって評判だからな」
「リーダーのアルト様は、本当にすごいお方よ。私たちみたいな一般人にも、親身に相談に乗ってくださるの」
アルト。アルト。アルト。
どこへ行っても聞こえてくるその名前に、ガイアスの表情が苛立ちで歪んでいく。彼が知るアルトは、人の顔色を窺ってばかりで、自分の意見もろくに言えない、気弱なだけの青年だったはずだ。それが、街の英雄? 守護者? 冗談にもほどがある。
「……どうやら、噂は本当のようですわね」
セシルが、苦々しく呟く。リナは、街の活気と、アルトが人々に慕われているという事実に、安堵と、そしてそれ以上に深い罪悪感で胸が締め付けられるのを感じていた。
三人は、街の人々に場所を尋ね、かつて「幽霊屋敷」と呼ばれていたという丘の上へと向かった。そして、そこに建つギルドハウスを見て、言葉を失う。
蔦に覆われた廃墟を想像していた彼らの目の前にあったのは、美しく改装された、気品さえ漂う石造りの館だった。庭は手入れが行き届き、色とりどりの花が咲いている。館の入り口に掲げられた《アルカディア》の紋章が、誇らしげに風に揺れていた。そして何より、そこには人が絶えず出入りし、活気に満ちた声が溢れていた。自分たちの、今や閑古鳥が鳴くギルドとは、あまりにも対照的な光景だった。
「……嘘、でしょ……」
セシルが呆然と呟く。ガイアスは、目の前の光景が信じられず、ただ唇を噛みしめる。
彼らは、意を決して、その重厚な扉を開けた。
中に入ると、そこは広々としたエントランスホールになっていた。高い天井から柔らかな光が差し込み、磨き上げられた床がそれを反射している。その中央で、一人の青年が、訪れた冒険者の相談に乗り、穏やかに話を聞いていた。
その青年が顔を上げた瞬間、ガイアスたちの時は止まった。
そこにいたのは、紛れもなく、彼らが追放したアルトだった。
だが、その雰囲気は、もはや別人と言ってよかった。かつての卑屈なほどに自信なさげな態度は跡形もなく、ギルドマスターとしての自信と落ち着きが、その全身から滲み出ている。その背筋はまっすぐに伸び、その瞳には、かつてはなかった揺るぎない光が宿っていた。
彼の両脇には、まるで守護騎士のように、二人の美しい少女が控えている。一人は、翡翠の瞳を持つ、気高いエルフの射手。もう一人は、鋭い金色の瞳を持つ、野性的な獣人の拳士。彼女たちが、噂の《アルカディア》の主力メンバーなのだろう。その実力は、佇まいからだけでも十分に伝わってきた。
アルトも、彼らに気づいた。その表情が一瞬だけ、氷のように硬くなる。だが、それも束の間、彼はすぐに落ち着きを取り戻すと、相談に乗っていた冒KEN者に「すまない、少し待っていてくれ」と断りを入れ、ゆっくりとこちらに向かってきた。
その瞬間、ガイアスは動いた。彼は、この再会のために何度も頭の中で繰り返してきた筋書きを実行に移す。周囲の冒険者たちが何事かと注目する中、彼はアルトの足元に、勢いよくひざまずいた。
「アルトッ!」
ガイアスは、床に額を擦り付ける勢いで土下座した。
「悪かった! 俺たちが、俺が、全て間違っていた! お前という最高の仲間を、俺自身の嫉妬と驕りで傷つけ、追放してしまったことを、心の底から後悔している!」
そのあまりに劇的な土下座と謝罪に、ホールにいた全員が息を呑む。セシルも慌ててその隣にひざまずき、涙を浮かべて(いるように見せて)訴えた。
「そうですわ、アルトさん! あなたがいなくなってから、私たちはもうダメなのです! ゴードンは死に、パーティは崩壊寸前……! どうか、お願いです! 私たちの元へ、戻ってきてください!」
それは、謝罪というよりも、自分たちの惨状を訴え、相手の同情を引こうとする、あまりにも見え透いた芝居だった。
ホールは静まり返っていた。誰もが、英雄アルトがこの哀れな元仲間たちに、どのような慈悲深い言葉をかけるのかと、固唾を飲んで見守っていた。
だが、アルトから返ってきたのは、彼らの予想を、そしてガイアスたちの期待を、根底から裏切る言葉だった。
「……今更、何をしに来たんだ?」
その声は、凍えるほどに冷たかった。かつてのおどおどとした青年のものではない。絶対的な強者が、眼下の弱者に向ける、揺るぎない声だった。
アルトは、土下座する二人を、何の感情も映さない瞳で見下ろしている。
「君たちが俺にしたことを、忘れたわけじゃないだろう? 俺の鑑定をデタラメだと罵り、ダンジョン攻略失敗の責任を全て押し付け、なけなしの装備も金も奪い取って、あの冷たい雨の中に放り出した。あの時、絶望していた俺に、君たちの誰一人として、手を差し伸べる者はいなかった」
淡々と、しかし一言一言に責めるような響きを込めて、アルトは事実を突きつける。
「そ、それは誤解だ! 俺たちも、あの時はどうかしていたんだ! だから、こうして謝っているじゃないか!」
ガイアスが必死に言い訳をしようとするが、その言葉は鋭い声によって遮られた。
「お引き取りください。アルト様は、あなたたちのような方々と、これ以上関わるべきお方ではありません」
アルトの前に、守るように立ったルナが、氷のような視線でガイアスたちを射抜く。
「そうだぜ。こいつは、私たちのリーダーだ。てめえらの都合で、こいつをこれ以上振り回すんじゃねえぞ。さっさと消えろ」
ミコトもまた、威嚇する獣のように低い唸り声を上げ、その金色の瞳で殺気を放っていた。二人の少女から放たれる圧倒的なプレッシャーに、ガイアスとセシルは言葉を失う。
最後に、アルトがゆっくりと口を開いた。それは、彼らにとって、死刑宣告にも等しい言葉だった。
「俺にはもう、帰る場所も、守るべき仲間も、そして共に叶えたい夢も、すべてこの場所にある。君たちのパーティに、俺の居場所はもうない」
アルトは、そこで一度言葉を切ると、まるで遠い昔を懐かしむかのように、静かに続けた。
「……いや、もしかしたら、初めからなかったのかもしれないな」
その言葉は、完全な決別宣言だった。
リナの瞳から、堪えていた涙がとめどなく溢れ出す。セシルは、予想外の結末に、悔しさと屈辱で顔を醜く歪めた。そしてガイアスは、床に突いた拳を、血が滲むほど強く握りしめることしかできなかった。
「頼むから、もう二度と俺の前に現れないでくれ。君たちは、俺が捨てた過去だ」
その言葉を最後に、アルトは彼らに背を向けた。周囲の冒険者たちの、軽蔑と嘲笑が入り混じった視線が、床に這いつくばる三人へと突き刺さる。彼らが期待していた同情も、後悔も、ここにはひとかけらもなかった。ただ、自分たちがゴミのように捨てた「道具」が、今や自分たちの手の届かない、遥か高みへと昇ってしまったという、残酷で、絶対的な現実だけが、そこにあった。
アルトは、去っていく三人の背中を振り返ることなく、隣に立つルナとミコトに向かって、穏やかに微笑んだ。
「さて、待たせてしまったな。依頼の話の続きをしようか」
その顔は、忌まわしい過去との決別を果たした男の、晴れやかな表情をしていた。




