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第十三話:過去からの使者

王都からほど近い、中級冒険者向けのダンジョン『呻きの洞窟』。その最深部で、かつて王国最強と謳われた勇者パーティ『光の剣閃』は、苦戦を強いられていた。


「ぐっ……! セシル、詠唱はまだか!」


勇者ガイアスが、聖剣を振るいながら焦燥に満ちた声を上げる。彼の相手は、一体のオーガロード。以前の彼らであれば、苦戦する相手ではなかったはずだ。だが、パーティの要であった戦士ゴードンを失い、さらに雑用係だったアルトを追放して以来、彼らの歯車は狂い始めていた。


「わかっていますわ! でも、ポーションが……! 回復薬がもうありませんの!」


魔法使いのセシルが、腰のポーチを探りながら悲鳴のような声を上げる。聖女リナの回復魔法だけでは、オーガロードの猛攻を防ぎきれない。ゴードンの鉄壁の守りも、アルトが常に補充していた回復薬も、もうここにはないのだ。


装備のメンテナンスは行き届かず、鎧にはいくつもの傷が刻まれている。ダンジョンで手に入れた素材も、価値がわからぬまま安く買い叩かれる。食事は味気ない干し肉ばかり。これまでアルトが当たり前のようにこなしていた全ての雑務が、今や重い枷となって彼らにのしかかっていた。


「くそっ……! この程度で!」


ガイアスが渾身の力を込めて聖剣を振るうが、オーガロードの硬い皮膚に弾き返され、逆に強烈なカウンターを受けて吹き飛ばされる。


「ガイアス様!」


リナの悲痛な叫びが響く。結局、彼らは命からがらダンジョンを撤退するしかなかった。ゴードンを失ったあの日の悪夢が、再び彼らの脳裏をよぎる。



王都の酒場は、冒険者たちの喧騒で満ちていた。しかし、『光の剣閃』の三人が座るテーブルだけは、重く、気まずい沈黙に支配されていた。依頼の失敗は、これで今月に入って三度目。ギルドからの評価は地に落ち、パーティの財政は火の車だった。


「……どうして、こうなったのかしら」


セシルが、苛立ちを隠しもせずに呟く。


「ゴードンが死んだのが痛かった。だが、それだけじゃない。あの役立たず……アルトを追い出してから、全てが上手くいかなくなったわ」


その名が出た瞬間、ガイアスの眉がぴくりと動いた。彼にとって、アルトは自らの判断ミスを象徴する、思い出したくもない存在だった。


「あいつのせいではない! あいつは無能だ。今もどこかの溝で飢え死にしているに決まっている!」

「ですが、ガイアス様……」


リナが、おずおずと口を開いた。彼女の瞳には、常に罪悪感の色が浮かんでいる。


「アルトさんがいなくなってから、私たちのパーティが立ち行かなくなっているのは事実です。彼が、どれだけ私たちを支えてくれていたのか……今になって、わかります」

「黙れ、リナ! お前まであの無能の肩を持つのか!」


ガイアスの怒声が響き、周囲の冒険者たちが一瞬だけこちらに視線を向けた。その時だった。隣のテーブルで飲んでいた冒険者たちの会話が、彼らの耳に飛び込んできたのは。


「おい、聞いたか? 辺境の街フロンティアの噂を」

「ああ、『辺境の守護者』だろ? 新興ギルドの《アルカディア》とかいう連中が、ワイバーンの群れを撃退したって話だ」


ワイバーンの群れ。その単語に、三人は思わず聞き耳を立てた。それは、王国騎士団でも手を焼くほどの災厄だ。


「なんでも、たった三人のパーティらしいぜ。神業のような弓を操るエルフの美女に、一撃で竜の首を粉砕する獣人の女傑。そして、そいつらを率いる謎のリーダーがいるんだと」

「へえ、そりゃすごいな。どんな歴戦の勇士なんだ、そのリーダーってのは」

「いや、それが奇妙な話でな。見た目はごく普通の、冴えない青年らしい。だが、そいつの指揮と、仲間が使う見たこともない『錬成武具』とかいう装備の力が、奇跡を起こしたんだとよ」


錬成武具。聞いたこともない言葉だ。だが、ガイアスたちはその話をおとぎ話として聞き流す。辺境の噂など、尾ひれがついて大げさになるのが常だからだ。

しかし、次に聞こえてきた言葉に、三人は凍り付いた。


「そのリーダーの名前、なんだったかな……確か、『アルト』とか言ったか」


――アルト。


その、ありふれた、しかし彼らにとっては呪いのような名前。


「……まさか」


リナが、か細い声で呟いた。ガイアスとセシルも、顔を見合わせる。


「馬鹿な! あのアルトだと!? あの無能で役立たずの鑑定士が、ワイバーンの群れを? ありえん!」


ガイアスはテーブルを叩き、全力で否定した。だが、彼の心臓は嫌な音を立てていた。無能。役立たず。そう罵り、切り捨てた男。その男が、今や自分たちが束になっても敵わないような功績を挙げ、英雄として讃えられている。もし、それが事実だとしたら……。


「……何か、特別な力を手に入れたのかもしれませんわ。そうでなければ、あのような奇跡は起こせません」


セシルの声には、焦りと、そして強欲な光が宿っていた。


「錬成武具……。もし、それが本当にあるのなら、手に入れる価値はありますわね」


ガイアスの頭の中も、様々な思惑が渦を巻いていた。

(そうだ、もし本当にあのアルトなら……好都合だ。あいつは元々、俺のパーティの道具だった。俺が拾ってやらなければ、今頃どうなっていたかも分からん男だ。あいつが手に入れた力も、武具も、全ては俺のものだ。俺が、『光の剣閃』が、それを使う権利がある!)


彼の思考は、もはや正常ではなかった。地に落ちたプライドと、現在の困窮した状況が、彼を歪んだ自己正当化へと駆り立てていた。


「……辺境へ行くぞ」


ガイアスは、低い声で決断を下した。


「えっ……フロンティアへ、ですか?」

「そうだ。その噂が真実かどうか、この目で確かめに行く。もし、本当にあのアルトなら……当然、俺たちのパーティに連れ戻す。あいつは、俺たちに尽くす義務があるはずだ」


その傲慢な言葉に、セシルは口元に笑みを浮かべ、リナは不安そうに顔を曇らせた。


「でも、ガイアス様。もし、アルトさんが戻るのを嫌がったら……」

「力ずくで、言うことを聞かせればいい」


ガイアスの瞳には、かつての仲間に対する情など、もはや一片も残ってはいなかった。あるのはただ、失った栄光を取り戻すための、醜い執着だけだった。


こうして、かつてアルトを追放した三人の冒険者は、それぞれの思惑を胸に、辺境の街フロンティアを目指すことになった。


彼らはまだ知らない。その先で待っているのが、彼らが無能と切り捨てた男の、想像を絶する成長した姿と、決して覆すことのできない、冷徹な現実であることを。


過去の過ちが、今、具現化して彼らに追いつこうとしていた。その足音は、破滅への序曲となって、静かに鳴り響いていた。

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