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第十一話:新興ギルドへの風当たり

ワイバーン討伐の一件以来、俺たちのギルド《アルカディア》は、辺境の街フロンティアで知らぬ者のない存在となっていた。


「おい、見たか? あれが《アルカディア》の連中だ」

「たった三人であのワイバーンを……。特にあの獣人の嬢ちゃんが着けてた籠手がヤバいらしい」

「リーダーはあの冴えない男なんだろ? いったいどんなカラクリがあるんだ……」


冒険者ギルドを訪れるたびに、そんな囁き声が聞こえてくる。好奇、羨望、そして、ほんの少しの嫉妬。かつて誰からも相手にされなかった俺が、今や街中の注目の的になっている。その事実は、少しむず痒くもあったが、決して悪い気はしなかった。


俺たちが拠点とする、かつての「幽霊屋敷」にも、ぽつりぽつりと訪問者が現れるようになった。その多くは、《アルカディア》の強さの秘密を探ろうとするスパイ紛いの連中だったが、中には純粋な興味や、あるいは他に居場所のない、かつての俺たちのような境遇の冒険者も混じっていた。


俺たちはまだ正式なギルドメンバーを募集してはいなかったが、訪ねてきた者たちを無下に追い返すことはしなかった。そんな穏やかな変化の裏で、しかし、新たな嵐が着実に近づいていることを、俺はまだ知らなかった。


最初に気づいたのは、ささいな異変だった。俺たちが受けようとする高報酬の依頼が、タッチの差で他の誰かに受注されてしまうことが続いたのだ。薬草店に行けば、目的の素材が「ちょうど今、売り切れた」と言われ、武具屋を訪れても、修理を後回しにされる。


それは、あまりにも不自然な偶然の連続だった。


「どうも、きな臭いな」

『うむ。これは偶然ではないわい。何者かが、裏で手を引いておるのう』


工房で武具のメンテナンスをしながら、俺とハガネは顔を見合わせた。そして、その犯人が誰であるかは、すぐに判明した。


「おい、見ろよ。またあの《アルカディア》の化け猫だぜ」

「人間様に媚びやがって。気色悪い」


街で買い物をしていたミコトに、数人の柄の悪い冒険者が絡んできたのだ。その腕には、フロンティア最大手のギルド【鉄牙団アイアン・ファングス】の紋章が刻まれている。リーダーはバランという、筋骨隆々で傲慢な男だ。俺たちの急な台頭を、最も快く思っていない人物だった。


「なんだ、てめえら。もう一度その口を開いてみろ。喉笛を噛み千切ってやるぞ」


ミコトが、獣のように低い声で威嚇する。彼女の金色の瞳が、鋭い光を宿した。以前の彼女なら、すぐに拳が飛んでいただろう。だが、俺たちとの生活の中で、彼女は少しだけ自制心を学んでいた。


「やれるもんならやってみな! この街で俺たち【鉄牙団】に逆らって、どうなるか分かってんだろうな!」


男たちが下卑た笑いを浮かべ、ミコトを取り囲む。その時だった。ひゅん、と空気を切り裂く音が響き、チンピラの一人が被っていた帽子の飾りが、綺麗に撃ち抜かれて宙を舞った。


全員がはっとして見上げると、少し離れた建物の屋根の上に、静かに弓を構えるルナの姿があった。その翡翠の瞳は、氷のように冷たく、男たちを射抜いている。


「……!?」

「それ以上、私の仲間に手出しをするなら、次は頭を撃ち抜きます」


ルナの静かな、しかし有無を言わせぬ迫力に、男たちは顔を引きつらせて後ずさった。

「お、覚えてやがれ!」

捨て台詞を残して逃げていく彼らの背中を見送りながら、俺は物陰から姿を現した。


「……やはり、あいつらか」

「アルト様。ミコトさん、お怪我は?」

「平気だ。あんな雑魚、私一人で十分だった」


ミコトはぶっきらぼうに言うが、援護に来てくれたルナの存在が、まんざらでもないことはその表情から見て取れた。だが、これで確信した。【鉄牙団】は、明確な敵意をもって、俺たちを潰しにかかっている。



数日後、俺たちはギルドで一つの依頼書を手に取っていた。『水晶洞窟のジャイアントアント大規模発生、その討伐』。危険度は高いが、報酬も大きい。そして何より、最近の嫌がらせでまともな依頼が受けられなかった俺たちにとって、これは貴重な仕事だった。


「どう思う? 少し話がうますぎる気がするが」

『罠の匂いがぷんぷんするのう。じゃが、今のわしらが作った武具と、おぬしらの連携があれば、大抵の罠は踏み潰して進めるわい』


ハガネの自信に満ちた言葉に、俺は頷いた。危険は承知の上だ。だが、ここで引き下がれば、相手の思う壺だ。俺たちは、この依頼を受けることに決めた。


水晶洞窟の内部は、その名の通り、壁一面が淡く光る水晶に覆われた幻想的な場所だった。しかし、その美しさとは裏腹に、足元には無数の巨大な蟻、ジャイアントアントの死骸が転がっている。


「……おかしい」


ミコトが、鼻をひくつかせて言った。

「血の匂いが新しい。それに、こいつらの殺され方が妙だ。まるで、何かに驚いて、同士討ちでもしたみたいだ」


その時、俺の【生命探知】が、洞窟の奥から凄まじい数の敵性反応を探知した。報告にあった数十体というレベルではない。百……いや、二百は下らない大群が、こちらに向かってきている!


「まずい! 罠だ! ルナ、ミコト、退路を確保しろ!」


俺たちが踵を返した、その瞬間だった。

ゴゴゴゴゴ……!

凄まじい地響きと共に、俺たちが入ってきた入り口が、巨大な岩で完全に塞がれてしまったのだ。


「やられた!」


【鉄牙団】の連中だ。俺たちが洞窟に入ったのを見計らって、外から入り口を爆破でもして塞いだに違いない。俺たちを、この狂乱した蟻の巣の中で生き埋めにするつもりなのだ。


キシャアアアアアア!!


退路を断たれた俺たちの背後から、壁を埋め尽くすほどの大群が、赤黒い津波となって押し寄せてくる。


「アルト様!」

「ちっ、数が多すぎる!」


ルナとミコトの顔に、焦りの色が浮かぶ。だが、俺は冷静だった。こういう時のために、俺は新たなスキルを用意していたのだ。


「二人とも、落ち着け! 俺に考えがある!」


俺は【スキル錬成】で生み出した、【地形解析】のスキルを発動させる。これは【探索】と俺自身の【アイテム鑑定】を組み合わせて創り出した、周辺の地形構造を立体的に把握するスキルだ。


(洞窟の構造、岩盤の強度、地脈の流れ……見える!)


俺の脳内に、この洞窟の完全な立体地図が描き出される。そして、見つけた。この先の広間に繋がる、岩盤の薄い部分を。


「ミコト! あの壁をぶち破る! ルナはそれまで、何としても蟻の進軍を食い止めてくれ!」

『マスター! その壁なら、左上から三メートル、亀裂の入っておる場所が一番脆い! そこを狙わせろ!』


ハンマーのハガネから、的確なアドバイスが飛ぶ。


「わかった! ミコト、聞いたな!」

「任せろ! 一匹たりとも、あんたたちには近づけさせない!」


ミコトは【百獣の爪牙】を構え、押し寄せる蟻の津波の前に仁王立ちになった。彼女はその場で回転し、両腕から闘気の嵐を解き放つ。

「【獣王螺旋撃スパイラル・ファング】!」

凄まじい竜巻が蟻の群れを薙ぎ払い、無数の甲殻が砕け散る音が洞窟に響き渡る。まさしく、一騎当千。彼女は一人で、軍勢を相手に戦線を維持していた。


その背後で、ルナが次々と矢を放つ。

「風よ、舞い散れ! 【ウィンド・スキャッターアロー】!」

一本の矢が、空中で数十の小さな風の刃と化し、蟻の群れを切り刻んでいく。これは、ハガネの助言を元に俺が錬成した矢尻を使い、ルナのスキルを応用した新技だった。


二人が命がけで時間を稼ぐ中、俺はハガネの指示した壁のポイントに全力でダガーを突き立てる。そして、そこへ魔力を流し込んだ。

「【構造解析】――崩落起点、特定!」

「ミコト、今だ! そこを全力で殴れ!」


ミコトは蟻の群れを蹴散らしながら後退すると、俺が印をつけた壁に向かって、渾身の力を込めた拳を突き出した。

「喰らえぇぇぇぇっ!」


ズガアアアアアアアンッ!!


籠手が壁にめり込み、そこから蜘蛛の巣状に亀裂が走る。そして、壁は轟音と共に崩れ落ち、その向こうに新たな空間が現れた。


「よし、行けるぞ!」


俺たちは、開いた穴へと飛び込んだ。その先は、ひときわ巨大な空洞。洞窟の主である、ジャイアントアント・クイーンの巣だった。

「どうせなら、大物を狩って帰るぞ!」

俺の言葉に、二人も不敵に笑う。俺たちは退路を確保しただけでなく、依頼の主目的を果たすために、さらに奥へと進んだのだ。


数十分後。俺たちは、洞窟の別の出口から、朝日を浴びながら姿を現した。ミコトの肩には、討伐の証であるアント・クイーンの巨大な頭が担がれている。


そして、その出口の前には、俺たちが「事故死」したか確認に来たのであろう、【鉄牙団】のリーダー、バランとその部下たちが、愕然とした表情で立ち尽くしていた。


「な……馬鹿な……なぜ、お前たちがここから……」


彼らの顔が、驚愕から絶望へと変わっていく。俺は、そんなバランの顔を冷たく一瞥すると、ただ一言だけ告げた。


「忠告しておく。次に俺たちの邪魔をしたら……容赦はしない」


俺の静かな声には、今まで誰にも見せたことのない、冷たい怒りが込められていた。バランたちは、俺の気迫に完全に圧倒され、道を開けることしかできなかった。


俺たち《アルカディア》は、 英雄としてギルドに帰還した。洞窟崩落の危機を乗り越え、なおかつアント・クイーンまで討伐したという報は、これまでのどんな噂よりも衝撃的に、街中を駆け巡った。


【鉄牙団】の卑劣な罠は、結果として、俺たちの実力と絆が本物であることを、街のすべての人々に証明する最高の舞台となったのだ。俺たちのギルドの名は、もはや誰も無視できないほどの重みを持って、この辺境の地に轟き始めていた。

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