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第一章 炎の夜、失国 二 城下の支度

太鼓が三度、四度、短く鳴ると、城下は蜂の巣をつついたような忙しさに変わった。

露店は幕を畳み、男たちは槍を担ぎ、女たちは水桶を運ぶ。寺子屋の師匠は子らに布で口を覆わせ、地下蔵への道を教えた。


門楼の上で、若い弓兵が顎をこわばらせる。

「……本当に来るのか」

隣の年長兵が頷く。

「来るさ。だが、姫様がいる。結界がある」


それは根拠の薄い言葉かもしれない。だが、言葉は膝の震えを止める楔になった。


ミコトは神殿の石段を駆け上がり、最奥の祭壇にひざまずく。

白木の鈴、桜の香。母から渡された子守りの札が胸元で静かに温かい。


「——御身を守り給え、桜の神よ。いまここを、国の根と見なして……結べ」


護符がふわりと舞い、薄い桜色の線が宙に描かれる。

術式は塔から塔へ、城壁から城壁へ、目に見えぬ糸で紡がれていく。

紫水晶の瞳が淡く光を帯び、結び目ごとに鈴が細く鳴った。


外で歓声が上がる。

「結界が張られたぞ!」

「姫様だ、姫様がお守りくださる!」


温かい。だが同時に重い。

(わたしの祈りは、皆の心に縄をかける。ほどけないように、切れないように)

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