怨嗟 裏・琴吹編
表の光一編と違ってBL色や暴力的な描写がかなりきつくなっておりますのでご注意下さい;
光一の事で少し時間を取られながらもなんとか順調に仕事を進めていた明希は報酬と称する名の甘い一時を琴吹に支払わされていた。昼間から事に及んで翌早朝までそれは続き、ようやく解放された明希は智裕への報告の為に異空回廊を使って屋敷を訪れる。
「うちが悪阻で苦しんでる時にえろうお楽しみやったみたいですな‥」
智裕に朝食の席で思い切り嫌味を言われて明希は気不味そうに味噌汁に口を付ける。明希はまさかの嫌味に言葉も出ない。
「だからいちいち監視すんなよ」
小さく言うと椀を置いた。
「別にあの売女やエセ祓魔師と好きにしてもうても構しません
それより問題なんはダーリンがあの売女の当主印の事を黙ってた事実です」
そう言われると明希は手を止めた。
「あんたさん‥気付いて無い筈ないですわなぁ?」
少し冷たい視線を向けた智裕から明希は視線を逸らす。智裕には極力ばれないように気を使っていたつもりだったが昨日の午前中に仕事を終えてそのまま琴吹と今朝まで快楽に耽っていた為か一時、視界を塞ぐ処置が外れてしまっていたようだ。
「あいつは今、現状でそれなりに暮らしてんだ‥そっとしといてやれよ」
そう言って明希がまた食事を再開すると智裕は深い溜息を吐く。
「うちかてダーリンの為にそうしてもうてもええんですけどな
四神四家の問題に関してはそうも言うてられへんのです
とにかくダーリンから大人しく龍王院家に戻るように提案したげて下さい
後はうちが安生、龍王院家に話持って行きますさかい」
智裕は視線を落としたままフルーツにだけ手を付けた。智裕も恐らく降って湧いたようなこの事実に戸惑っているのだろう。四神四家の当主の重責は嫌というほど身に沁みている。殆ど一般人として生きてきた真琴には耐えられないだろうとも思っていた。
「分かったよ‥」
明希は朝食を終えて席を立つと智裕の頭を軽く撫でてから部屋を出て行った。智裕は少し照れたように頬を赤くすると嬉しそうにまたフルーツを摘まんだ。
明希が自宅に戻ると琴吹は情事の後、眠りに就いたままの姿で穏やかに寝息を立てていた。
「おい‥起きろよ」
煙草を咥えたままベッドに腰を下ろし静かに明希が言うと琴吹は目を閉じたままゆっくりと明希のズボンに手を回してボタンを外すとその手を滑り込ませて明希を手で愛撫し始める。明希は別に抵抗するでもなく好きにさせながら溜息交じりに煙草を揉み消した。そして琴吹の手を引き抜くと覆い被さるようにその姿を眺める。
「もう報告には行って来たんだろ?
もっとしようよ」
目を開けて誘うような視線で琴吹が言うと明希は何も言わずにその首筋に舌を這わせた。
しかし第二ラウンドを始めようかという時に明希は何かに気付いてベッドを出ると脱ぎ捨てられた琴吹の衣類の一番下になっているスマホを出して琴吹の方へ投げた。
「そろそろ電話に出てやったらどうだ?」
明希が煙草を咥えながら言うと真琴は諦めたように電話に出た。
『良かった、やっと繋がった』
「どうしたんだよこんな朝から‥」
安心したように光一が言うと琴吹は体を起こし明希の背中に寄りかかりながら空いた手でそれを相変わらず弄りつつ真琴を装い答える。
『例の廃墟の件なんだけど‥』
「あれならもう処置は終わってるよ」
『それって何時やったの?』
「お前らと会った後に通り道だったからついでに片付けておいた」
会話とは裏腹に琴吹は妖艶な手付きで挑発するが明希はそれを気にもせず煙草をふかしながら二人の会話を聞いていた。
『だったら何で廃墟行った奴がまだ死んでくんだよ』
少しの沈黙の後に光一が絞り出すように言うとようやく琴吹はその手を止める。
「死んだって‥どういう事?」
琴吹は明希から身を離して座り直しながら光一に聞く。光一は合宿の前に町田の兄が廃墟に行っていた事とその町田の兄と坂田達と一緒に廃墟に行った他校の女子生徒の一人が死んだ事を告げた。
『心配になったから坂田の所へ様子見に行ったけどあの影もやっぱり消えて無かった‥だったらこれってどういう事だよ』
怒りをぶつけるように光一は言うと泣いているのか少ししゃくるように声を詰まらせた。それを聞いて琴吹は難しい顔をする。
「処置も呪いの切り離しも完璧にした筈だ‥とにかくもう一度見に行くよ
連れとその他には式を送るからもう心配しなくて良いから‥」
慰めるように言い置くと琴吹は電話を切って大きく溜息を吐く。
「珍しく失敗したか?」
落ち込む琴吹を気遣う事も無く明希が言うと複雑そうな顔で黙り込む。
「おっかしいなぁ‥悪いけどもう一回、廃墟に行ってくれる?」
頬杖を突きながら真琴が言うと明希は無言で立ち上がり身なりを整える。真琴もベッドから出ると服を手に取ったが思い出したようにもう一度それを置き、明希のデスクからメモを取り、数枚を人形に切って呪を唱えながらそれを放つ。すると人形は方々へ散らばるように飛んで掻き消えた。
二人は支度を終えるとまた例の廃墟にやってきて車を降りる。今度は明希も一緒に琴吹に続いた。
「報告通りの廃墟だな」
入り口の大きな枠のガラスはすべて割れていてあちこちに破片が散乱し、らくがきも酷くかなり荒れている。まだ日が高いせいか外の明かりでうすぼんやり奥まで見えたが懐中電灯を手に二人は辺りを照らしていく。
「うん、本当によくある健康ランド系の廃墟だよ
やっぱりちゃんと処置した後の綺麗なままだな‥別にまた可笑しくなってる感じも無いじゃん」
琴吹は歩を進めながら二人は施設内を回って行く。一番奥の大浴場手前の広間には小さなステージが在り、その前にはステージを楽しんだりごろ寝出来るように畳の敷かれた部分がある。その奥の浴場や二階より上の宿泊出来る部分も細かく見て回ったが何も問題は無かった。
「っかしいなぁ‥やっぱり綺麗になってる」
ステージのある場所まで戻って来ると真琴は屈んで考え込んだ。明希はただ琴吹に付いて回っていたがある事に気付いて視線を走らせる。そしてステージ横の楽屋に続く出入り口に向かうとその辺りを見渡し始めた。
「おい‥お前、此処の処置をしたか?」
明希は奈落に続く床の閉ざされている開口部分に視線を送りながら聞いた。琴吹はそれを聞くと明希の傍まで来てその部分を見る。普通に上下する奈落のようにしか見えないがその隙間から異質な空気が漏れているような気配がしていた。
「何これ‥明らかに俺が処置した気配と異質じゃないか」
それに気付くと琴吹は奈落の入り口を探しにその通路の奥へと進む。何段かの階段を下りてステージ裏の狭い半地下に当たる楽屋に入ると更に奥への扉が在り、その奥へ進むとまた階段があってようやく奈落に到着した。流石にこの規模の奈落は天井が低く狭くて圧迫感がある。二人は昇降台の所まで来ると周りを照らしながらそれぞれ気配の元を探った。
「あ‥あれだ」
昇降台から少し離れた床に鉄板で閉ざされた丸い開口が見える。
二人は縦横に走る舞台装置を抜けながらようやく其処まで来ると屈んでその蓋に貼られていた札を見た。
「こりゃ封印ってより揺動用だな‥」
「そうだな‥せっかく無理して此処まで入ったのに‥」
明希がお札の文様を見ながら言うと真琴も同意しながら面倒臭そうに溜息を吐いた。しかし明希は何かに気付きもう一度その札を念入りに見る。そして端の方からゆっくり札を剝がしにかかった。そして剥がし終えるともう一枚札がありその文様を見ると二人は息を呑んだ。
「厄介だな‥これは呪術師の札だ
しかも指定領域を示唆してる
まだこの施設は生きた施設だって事だな」
明希は言いながら昔、組織に居た時に見た異空間の気配を思い返していた。アレックスは難なくその封印を解いて中に入ったが今の明希ではこの封印を解く程の技術は無い。
「どういう事さ?」
「この気配は何かを隠す為に使う術式だ
恐らく別空間でこの施設を利用してる奴が居るってこった‥前に似たような現場を見たからな‥
当時は分からなかったが今なら解る
この札に下手に手を出すと大怪我するぜ」
真琴の問いに答えると明希はその場を去ろうと身を返し真琴もそれに続く。
もう一度ステージに戻って来ると明希は座り込んで煙草を咥えて火を点けた。何かを考え込みながらジッと宙を見ている。
「こういう場合はあの札を攻略するのが一番、手っ取り早い方法だ
他の手段としては鍵になる何かがあればそれを辿って行ける筈だがそれを探してる時間は無さそうだな‥恐らく其処から放たれた呪詛なら幾らお前でも辿れないだろう?
幾ら呪詛をかけられた者を守っても防戦だけじゃ限界があるからな」
そう言うとスマホを取り出し不機嫌そうな顔で何処かに電話をかけた。
「少し手を借りたい‥好きなだけ咥え込んでやるから協力しろよ」
『ほぉ、お前にしちゃ大盤振舞だな
じゃぁ早速と言いたい所だが今ちょっと忙しくてな‥十日ほど先になるがそれでも良いか?』
明希が嫌そうに言うと電話の向こうでアレックスがそう返す。
「チッ、使えねぇな」
吐き捨てるとすぐに電話を切った。
「例の祓魔師?」
「ああ、すぐに動けねぇみたいだからあいつには頼れねぇな
他の方法を探すしか無さそうだ」
琴吹が聞くと明希は頭を掻きながら答える。自分がこの世界に踏み込んで初めてアレックスの技術の高さを思い知り、偶にこうして協力を仰ぐ事は有ったが半分程はタイミングが合わずに協力を得られなかった。
「指定領域を作れるなら俺より高位の術者って事か‥それ以前に呪術師固有の術式は俺ら陰陽師じゃ殆ど対応出来ないな」
難しい顔で琴吹も考え込んだ。
「公でも無いこんな案件じゃ智裕達の力は借りられねぇ
俺等でどうにかするしかねぇが当てはあるか?」
「無理‥俺、専門の陰陽師じゃ無いし基本、禰宜だから呪術師とはあんまり接点が無いんだよね
四神四家の管轄外の仕事は下請け以下のバイト扱いだし‥もうちょっと立場的に上なら知り合いも出来るんだけどさ」
複雑な表情で明希が振るとお手上げ状態で琴吹も溜息を吐く。二人で途方に暮れている所に真琴のスマホが鳴った。
「どうした?」
着信相手を確認して電話に出ると何も話さない光一に琴吹が声をかける。何も言葉が出ないのか微かに泣いているような雰囲気が窺えた。
『俺‥しくったかもしんない‥』
涙声で光一がそれだけ言った。ただならぬ雰囲気を察して琴吹はすぐに遠隔で光一の様子を確認する。電話口で泣いている光一の背後に怨念の塊が張り付き耳元で何かを囁き続けていた。
「すぐ帰るから家に居ろ!」
そう言って電話を切ると立ち上がって明希を見る。明希は切羽詰まったその顔を見て自分も立ち上がると二人は足早に車へ戻り、真琴の自宅へ向かった。
境内側では無く裏手の駐車場から琴吹達は他の者に見つからないよう自宅へ入って光一の部屋まで来るとノックをした。光一が顔を出すと琴吹を見て堪えていた涙を流す。
「何があったか聞かせてくれ」
光一に落ち着くように言い含めると椅子に座らせ自分はその前に座り込んだ。明希はドアの傍で壁に凭れながらその様子を眺める。
「電話の後で多田と坂田んちに行ったんだ
あんまり怯えてたから励ましてたんだけど後ろの影が坂田の耳元で何か囁き始めて‥どうしようもなくなって俺‥」
其処まで言いうとまた泣き出してしまい琴吹は少し慰めるように膝の上で硬く握られた手を撫でてやりながら落ち着くのを待つ。
「坂田に憑いてる奴を遠ざけようと必死に祓言葉を唱えてた‥その内に見えなくなったから兄貴の式が来たんだと思って安心して家に帰って来たんだ
でも式が来たんじゃ無かった‥あいつは俺に乗り換えてたんだ‥
帰って来てから何か聞こえ出したと思ったらすぐに声が大きくなって‥ずっと耳元で言うんだ‥「死ぬんだろう?死ねよ」って‥今もずっと耳元で聞こえてて‥」
今にも発狂しそうな表情になり光一が話し終えると琴吹はトンと光一の額を小突いた。すると光一は気を失うように倒れ、それを琴吹は受け止めるとベッドに寝かせる。
「だいぶ浸食されてるが大丈夫そうだな‥
とりあえずそいつを返して後を辿るか?」
明希が静かに言うと琴吹は光一に纏わり付く化け物を片手で引き離しポケットから取り出した水晶に閉じ込めた。
「どうだろう‥こんな弱い呪いであの空間が開くとは思えないけど‥
とりあえずやってみるしかないな」
琴吹は封じた水晶を明希に投げると光一に幾つかの処置をして再び家を出た。
「対策はあるのか?」
車の中で明希が聞く。
「放たれた呪いは多分、全体的にこの程度のモノだろうから認知してる子達には送った式で対応出来ると思う
多少、怖い思いはするだろうけど自業自得だからね
でもそれ以外は死んじゃうだろうな
怨嗟系は追い詰めて心を侵食しながら殺すから‥」
平然と言う琴吹は表情も変えずに窓の外をぼんやり見ている。真琴と違って自分の縁者以外の命に興味が無いのだ。
「そういや最近、表に出てくる頻度が多いな‥真琴の奴は大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫じゃない?
神社の仕事が忙しくて医者の所に通う頻度が減ったから‥催眠が切れかけてるんだと思うよ
お陰で時間切れも少なくなったしこうして何時でも出て来れるから助かるしね
明希ちゃんともたっぷり楽しめるようにもなったしさ」
明希が聞くと琴吹はそう言いながら明希にすり寄ってまた下半身を弄る。
「運転中は止めろ
ちゃんと終わったらもう一晩くらい付き合ってやるから‥」
呆れながら言うと琴吹はようやくにっこり笑った。そして廃墟に戻って来ると広域結界を張って呪いを放った。しかし呪いは廃墟の周りを獲物を求めてうろつくだけで別空間にある施設へ入ろうとはしない。
「やっぱりあの指定領域の術師と呪いを放った術師は別物なのかもね
術式の温度差があり過ぎる」
その様子を眺めながら琴吹は言う。
「確かに‥あれなら俺でも楽に祓える程度の呪いだからな‥
ただ数がどれ位かってのも気にはなるが‥もし桁が一つ違うならそれなりの術者の筈だ」
明希が答えると琴吹は片手で印を組んで何やら唱えた。すると呪いは大きさを増してより邪悪な気を放ち始める。
「これで多少の術師なら殺せる呪いになったと思うけどこれだとどうかな?」
真琴が呟くと明希はまた建物を這い回るそれを眺める。すると呪いの姿が弱くなったり強くなったりするポイントがある事に気付いた。
「入り口は4階バルコニーと屋上か‥」
明希が言うと琴吹は少し微笑んで建物へ歩み出す。
「因みに明希ちゃん神隠しは出来る?」
「自分の分くらいはな‥」
「俺も自分の分くらいしか出来ないからそれなら大丈夫だね」
歩きながら真琴が聞くと明希も歩きながら答え二人は同時に印を組むと二人の存在は搔き消すように消えた。そして屋上までその状態で来ると呪いが近くに来たタイミングでその後に続く。結界を抜ける時とはまた違った違和感を潜り抜けると可笑しな空間に出た。
見た目は今までいた廃墟だが空気感がまるで違い別空間に来たのだと分かる。
「とりあえず呪いの発信源か術者を探さないと‥」
真琴は来た道を戻るように振り返って歩き出すと階下へ降りる。明希は出来るだけ離れないようにそれに続いた。念入りに一部屋づつ見て回るが上層階にはそれらしい痕跡や術師の姿は見えない。
「やっぱりあの奈落の穴が怪しいか?」
一階まで下りてくるとそう呟き明希は溜息を吐いた。しかしステージが見える位置まで来ると琴吹は立ち止まったまま顔を引き攣らせた。
「どうした?」
琴吹の異変に気付いて明希は琴吹を見てからもう一度ステージの方を見る。其処には確かにステージは広がっているが元の廃墟のステージとは違い、中央に丸い円形のステージとそれを取り囲むように絨毯敷きの宴席があった。真琴はガクガクと震え出すと己を抱きしめ膝を折る。
「おい!」
明希が琴吹に声をかけながら傍に屈んだがもう琴吹は息をするのもやっとの状態で大粒の涙を流し、その余りの動揺ぶりに仕方なく明希は琴吹を抱えてその場を後にした。異空間から出て車に戻ると後部席に二人で乗り込んで明希は琴吹を抱き寄せてそのまま落ち着くのを待った。
「らしくねぇな‥一体どうしたってんだ?」
小一時間ほどして琴吹が少し落ち着くと明希は抱き寄せたままで窓の外を見ながら事情を聴いてみた。
「‥れ‥た」
消え入りそうな声でそう言ったが明希にはよく聞き取れず少し琴吹を見る。
「あそこで‥犯された‥」
そう言うと琴吹はグッと身を小さくする。明希はそれを聞いてそれ以上、何も聞かなかった。長い沈黙の後、ようやく震えが止まった琴吹に安心すると明希はこれからどうしようかと考える。恐らく琴吹にあの場所はもう無理だろう。勿論、真琴もだ。
「ごめん‥もう平気だから‥」
震えが止まって少しすると琴吹はそう言って身を離す。しかし明希を見ずにまだ俯いたままだ。
「とにかく今日は引き上げよう
もう弟達の方は大丈夫なら暫く放置しても問題無いだろうからな」
労わるように言うと明希は後部座席から運転席に乗り換える。琴吹はシートに寄り掛かったまま、まだぼうっとしていた。
明希の自宅に着くと琴吹はまだ心此処に在らずといった感じで黙り込んでいる。今まで琴吹のこんな姿は見た事が無い。明希は琴吹が生まれた訳は聞いていたがその状況までは聞いた事が無かった。自分と同じように犯された経験がある位の認識しかないのだ。しかし普段、冷静、冷酷な琴吹が此処まで怯えているのにはやはり何かあるのだろうと察する。それにあのステージの形状、それも何かあるのだろうと考えた。
「ほら‥呑めよ」
ロックグラスに強めの酒を入れて琴吹に手渡す。琴吹はそれをゆっくり飲みながらやはりぼんやりしたままだ。明希はただ黙ってそんな琴吹の傍に居てやる位しか出来なかった。
「俺さ‥まだ陰陽師なってそんな経たない頃に神社に内緒で依頼を受けたんだよ
本当は神社を通さない依頼は受けちゃいけないんだけどさ‥自分一人で何とか出来るってタカ括って首突っ込んだんだ
でも相手がプロの呪術師でさ‥捕まって薬入れられて皆の前で輪姦された」
酒瓶が空になる頃に真琴はようやくテーブルに頭を預けたままそう言った。明希はそれに何も返さず酒を吞み続ける。薬を盛られて犯されるとどうなるか明希も熟知しているから尚更かける言葉が無かった。自分の場合は一人の相手に長期間だったが真琴は多数に短期間だ。しかもあの状況から察するに乱れていく己を見られるという屈辱に晒されている。明希にはもう一人の人格を生み出さなければ己を保てない程の恐怖を察する事は出来ても想像はつかなかった。
「明希ちゃん‥抱いてよ‥」
動かないまま琴吹が言った。
「もう寝ろよ」
明希が返す。
「抱いて‥」
もう一度、琴吹が言うと明希はグラスを置き琴吹をベッドに運んで口付けた。琴吹は目を閉じたまま明希の背中に手を回す。何時もは快楽だけを貪る二人だったがその日はお互いの存在を確認するように身体を重ねた。
「明希ちゃん起きてよ」
そう言う琴吹をチラッと見てから明希は琴吹に背を向ける。どうやら何時もの感じに戻っているのでもう大丈夫かと安心した。するとやはり何時ものように後ろから両手を回して下半身を弄ってくる。
「頼むからもう少し寝かしてくれ」
背を向けたまま明希は言うがやはり嫌がる様子は無い。
「せっかくだから元気なうちにしようよ
もう平気だからさ‥」
仲良く朝勃ち状態の二人の何時ものルーティンだ。その言葉に明希は諦めて一戦交えるとまたベッドに突っ伏して目を閉じる。琴吹はそれを横目にベッドから出るとシャワーを浴びて戻って来た。明希はその様子をチラリと見ると一気に覚醒する。腰の龍の文様がクッキリ浮かび上がっていた。何時ものように痣と見間違えるようなぼんやりしたモノで無く智裕や時生と同じようにハッキリ四神四家の当主印だと解るほどだ。明希は身を起こすと智裕の言葉を伝えるか迷う。
「何?もう一回する?」
明希の視線に気付いて琴吹が振り返って言う。
「悪ぃ‥智裕に気付かれちまった」
明希は視線を外してそう返すが琴吹はキョトンとした顔をしてから少し噴き出す。
「今更だろ?
寧ろ知っててこうやって明希ちゃんを俺の所に寄越すんだから堂々とセックスすれば良いじゃん」
何時ものように冗談っぽく言ったが明希は神妙な表情を崩さずに琴吹に視線を戻す。
「四神四家の当主印について知ってるか?」
明希が聞くと何を今更という顔をした。
「そりゃぁ、陰陽師なら誰でも知ってるよ
どういうモノか実物は見た事無いけどね‥俺等みたいな末端には縁のない代物だから話程度にしか知らないよ」
答えながら服を着ると椅子に腰を下ろして明希の方を見た。
「お前の腰に有るのがその四神四家の当主印だ」
明希が言うと琴吹は驚いた顔をした後に噴出して大笑いする。
「幾ら冗談でもそれは在り得ないよ
だってうちはただの神主の家だよ?
そんな力なんて有る訳無いじゃん」
笑いながらそういうが明希は溜息を吐くと煙草を咥え火を点けた。
「昨日、智裕のとこに報告に行った時にお前に龍王院に戻るように言えって言われたよ
俺も確信は無かったが一応その腰の痣はうちの奴等には隠してたからな‥昨日はついうっかり目隠しが外れてたみたいで嗅ぎつけた奴がお前の事を調べ上げたらしい
これがその報告書だ」
明希はベッドから出ると書類を出して琴吹に見せた。琴吹はそれを受け取るとまだ疑うようにそれを読み始める。
「確かお前の祖母に当たる人物がその筋の家系だって前に言ってたがドンピシャで龍王院家の血筋だったんだよ
しかも前当主の従兄妹に当たるかなり血の濃い筋だ
お前の父親は恐らく知っててその当主印を隠す術を施してる
それが本来の神威の力と融合した時に封印が利かなくなって出てきてるんだろう」
琴吹はそれを読み終わると青い顔で俯く。
「昨日の今日でこんな話はしたくなかったんだがな‥多分、余り考えてる時間は無い
もし龍王院へ行きたくないなら逃げる段取りはしてやる
だが智裕から確実に逃げられるか俺も保証はしてやれねぇ
だから自分で選んでくれ‥」
明希は言うと琴吹の返事を待つ。
「少し‥考えさせて‥」
昨日のショックと今日のこれで琴吹は少しパニックになりそうだった。
「今日、一日しっかり此処で考えろよ
俺はちょっと出て来るから‥」
明希は服を着て身なりを整えてから琴吹の隣を通り過ぎようとしたが腕を掴まれ引き留められた。
「その前に昨日のやり残しを片付けないと‥
最後まで付き合ってよ」
俯いたまま琴吹は言ったが明希はこんな状態では無理だと思った。
「心配しなくても俺が何とか片付けてくる
お前はとりあえず自分の事を考えろよ」
「もう平気だって言ったろ?
あいつらは皆、俺が残らず殺したんだ
昨日は真琴の人格に引っ張られて動揺しただけで今はもう何とも感じないから‥」
気遣うように言ったが琴吹は手を離すと立ち上がり平然と明希に視線を合わせる。明希は少し迷ったが諦めて琴吹と共にまた廃墟へ向かった。
同じ手順でステージのある一階までやってきたが公言した通り琴吹は表情一つ変えず辺りを探って行く。
「在ったよ明希ちゃん」
琴吹が明希を呼んでから浴室入り口のカウンターにある呪符の束を指した。
「此処に居る怨霊だけじゃなくてあちこちから集めてきたみたいだね‥
一つ一つは弱いけどこれだけの呪いを自由に操ってるとなるとかなりの術者なのは確かだな」
琴吹は呪を唱えるとその呪符を焼き捨てる。
「これで表で動いてる呪いは消滅した筈だけど‥ちょっと確認するよ」
琴吹はまた少し俯きがちに何処か遠くを見るような目でジッと動かない。
「完全に消滅してるし道も無くなったよ」
薄く微笑んで琴吹が言うと明希は少し安心したように同じく細やかな笑みを浮かべた。
「後はこの空間を作ってる術者か‥」
明希は煙草を蒸しながら気配を探るが生きている人間の気配はしない。
「中には居ないんじゃないかな?
生きてる人間の気配はしないから‥」
同じ見解を述べた琴吹に確信を持つと明希は結界で隔離してそのまま異空間を暫く放置する事にした。
「術者が居ないなら暫く放置しても大丈夫だろ‥後始末はやっぱりアレックスにでも頼むか」
明希はまた鬱陶しそうに言った。恐らくあの奈落の先に本チャンの術式が組んであるのだろうと踏んでいるのだ。そうなると自分で処理するよりもアレックスに依頼した方が早い。だが報酬の事を考えると琴吹並みに気が重かった。幾ら下の緩い明希でもこの二人の相手は骨が折れる。
「とにかく無事に済んだ事だし帰るか‥」
明希は溜息交じりに言うと出口へと向かう。琴吹は明希に続くと視界に入った何かに気付いて振り返った。しかし其処にはステージがあるだけで他には何も無く琴吹は気のせいかとまた明希の後を追った。
廃墟を出て車まで来ると琴吹はもう一度、廃墟に視線を戻した。何か違和感があるが何が気になるのか分からない。そして出入口を見て固まった。其処に在る人影はこの世に居る筈の無い人物だ。明希が琴吹の異変に気付いて視線を追って同じく固まる。確かに誰も居なかった筈の場所に人が居てこちらを見て少し微笑むと二人に歩み寄ってきた。
「やぁ‥久しぶりだな‥
相変わらず男を咥え込んでんのか?」
ひょろりとした目つきの悪い男はそう言うとニヤニヤしながら琴吹を舐めるように見る。
「確かに‥殺した筈だ‥」
脂汗を滲ませながら琴吹が動けずに言う。
「確かに死んだよ‥しっかりね
でもまたお前を可愛がってやりたくてこうして地獄から戻って来たのさ
あのステージでまた良い思いさせてやるから楽しみにしとけよ」
男はそう言うと笑いながら掻き消え、琴吹はまた震えながら膝を付く。明希はただ何も出来ずにその光景を見ていたがハッとして辺りの気配を急いで探る。しかしやはり生きている人間の気配も何かの術式を使った形跡も無かった。ただ、深い恨みと濃い呪いの気配が其処には漂うばかりだ。
「おい、大丈夫か!?」
明希は屈んで琴吹の様子を窺うが昨日と違って睨むように男が消えた場所を見ていた。
「平気‥また真琴に流されそうになったけど俺はあいつの事なんて何とも思って無いから‥寧ろ今度こそ完全に地獄の底へ突き落してやろうと思ったよ」
少し口の端を上げ笑みさえ浮かべそうな琴吹の表情は殺人衝動に駆られている時の顔だった。
「もしかして真琴との境が薄くなって来てんのかな?」
落ち着きを取り戻し二人で帰路に着く道中でポツリと琴吹が言った。明希はそれに返さず運転を続ける。
「俺、どっか遠い所で明希ちゃんと暮らしたいな‥」
窓の外を眺めながらそう言ったのは琴吹の本音なのだろう。幾ら末端と言っても四神四家の重責は想像に難しくない。逃げたい気持ちで一杯なのだろうと思った。
「お前、アレックスと一緒に海外に出ろよ
上手く誤魔化せばどっかで静かに暮らせるだろ?」
「そうしたいのは山々なんだけどそれってもう家族に会えないって事だろ?
それはちょっと寂しいかなぁ」
苦笑しながら言ったこれも本音だろう。全て投げ出したいが何も手放せない、琴吹の気持ちはかなり揺れていた。
「あーっ!もうっ!!
俺は普通に陰陽師で禰宜で良いんだって!
ちまちま出世して適当な所で引退出来たらそれで満足なんだよ!
あーっ‥あいつ殺す方に全振りしよう!」
琴吹は発散するように言う。明希はそれを聞くと何と言って良いのか複雑そうな顔をするが昨日のように泣かれるよりはマシかと諦めながら溜息を吐いた。
「あいつの事を聞いても良いか?」
聞こうか迷ったが明希は聞いてみる。
「名前は菅野正、そこそこの呪術師だけど仄暗い仕事専門で主に精神系の呪法や術式のかかった薬を使うんだ‥でも指定領域まで出来る実力は無い筈だよ
それに依頼人も仲間の術師もあいつの周りはクズばかりだ
あの場に居た全員を殺した筈なのに何であいつが生きてるのかは分かんない
死霊なら納得出来るけどあの気配は人間かどうかは別にして確かに実体のある影だった」
琴吹はやはり普通に答えそれを見ると明希も少し安心した。
「とにかくこっちは置いといて明日は例の鍵を引き渡しに行く‥一応お前も護衛で一緒に来いよ」
「分かってるよ、それよりその鍵って何処に持ってくの?」
「そりゃ流石にお前にも言えねぇよ」
「ケチ」
何時ものように話しながらとりあえず琴吹を送り届けて自分も自宅に戻るとシャワーを浴びる。
「ちょっと教えて貰いたいんだがな‥」
シャワーを終えるとまだ濡れたまま身体を拭きながら電話をかけそう切り出した。
『お久しぶりですね‥何でしょう?』
相変わらず柔らかな口調で東條が答える。
「死んだ人間が術を使って生き返るとか出来んのか?」
身体を拭き終わるとバスタオルを羽織り明希は鏡を見て少し伸びた髭を剃りながら聞いた。
『流石に死んでから術で生き返るのは無理ですね
でも術者の中には誰かに魂を呪物化して貰って受肉する者も居るようですけど‥』
「その場合、見た目はどうなる?
やっぱり生前の姿なのか?」
『基本は受肉した肉体に容姿が引っ張られて本人と認識出来る事が難しくなります
私は魂だけで受肉しましたが多分、同じような感じだと思いますよ?』
会話をしながら髭を整えると明希はタオルを腰に巻き、洗面所を出て冷蔵庫から缶ビールを出してからベッドに腰を下ろした。
「じゃぁ霊体だけで術は使えるか?」
『それもほぼ無理ですね
基本は受肉しないと使えません
何かありましたか?』
東條が問うと明希は一連の話をした。
『それは恐らく呪肉体でしょうが容姿が生前と変わらないと言うのは妙ですね
呪術師であればそういう術式を使う輩が居ても不思議では無いですがそうすると少し厄介です
陰陽師でも呪術師でも固有の術式というのは攻略がし難い上に正攻法で対抗するのは難しいので‥何より特化した術式を使う術者は能力値が高いですからね
もし手に追えない案件なら呪術師協会に応援を要請した方が良いかもしれません』
明希の話を聞いてそうアドバイスした。
「分かった‥とにかく術式の解読が出来ないようならそっちへ回すよ」
『それからもう一つ‥指定領域の崩し方は何も特異点の解除だけではありません
人外等の介入でも安易に消失させる事は出来ますよ』
「分かった‥何とか考えてみるよ」
続けた東條にそう言うと電話を切った。
翌日、明希は実家に戻っている琴吹を迎えに行った。駐車場で待っていると光一が自転車で裏から出て行くのが見え、暫くすると琴吹が出てきた。
「お待たせ‥」
助手席に乗り込みながら琴吹は言って微笑んだ。
「弟、どっか出掛けたけどもう大丈夫なのか?」
明希は車を出すと聞いた。
「呪いの記憶は消したからもう大丈夫だと思うよ
魔除けの呪もかけてあるから暫くは悪いモノも寄って来ないだろうし‥それより寝過ごして朝飯食いそびれたからどっか寄ってよ」
琴吹が言うと明希は近場のファーストフード店の駐車場に車を入れた。店内に入るとばったり多田と出くわして琴吹が驚く。
「あ、ちわす!」
「あれ?今日は光一とキャンプ行くんじゃなかったの?」
琴吹に気付いて多田が言うと琴吹はそう聞いた。
「そんな約束してないっすよ?
ってか今日は用事があるってプール行くの断られたんっす
何か真琴さんの知り合いに呼び出されたとか何とか言ってましたけど‥」
多田がそう言うと琴吹は明希に視線を向けるが明希は知らないと首を振る。
「俺の知り合いが呼び出したって‥誰?」
琴吹は考え込むがそんな知人に心当たりは無い。何より神社関係以外は極力会わせないようにしているし懇意にしている明希でさえこの間が初対面だ。
「何か家の近所で話しかけられてちょっと気味が悪い感じだけど術者仲間なんだろうって言ってましたよ
真琴さんの事で大事な話だから家族に内緒で来いって言われたって‥だから俺とキャンプって言っとけばバレないと思ったのかな?
言っといてくれたらちゃんと口裏合わせてやったのにあいつ‥」
多田は自分の名前が勝手に使われた事に関してちょっと憤慨しているようだった。
「どんな特徴の人だったか聞いてる?」
「どんな人かって話はしなかったけどとにかく雰囲気が気味悪いとは言ってました‥何かニヤニヤしながら舐めるように見てきて感じ悪かったって‥」
琴吹が聞くと多田は記憶を辿りながら返す。二人の脳裏に浮かんだのは菅野だった。
「何処へ行くとかは言って無かった?」
努めて平静を保って真琴は質問を続ける。
「行き先まではちょっと‥あ、でも用事が済んだらハチスタで帰りに買い物って言ってたからキングモールなんじゃないっすかね?」
「そっか‥ありがとう」
明希と琴吹は至極自然に微笑んで多田に別れを告げると店を出た。
「俺は先にこれを空港まで届けなきゃいけねぇ
お前は近場の駅で降りて弟を探せよ」
急いで車に乗り込むと明希は言ってから小さな端末を琴吹に差し出す。
「それをスマホの充電口に差しとけ‥それがあれば電波の無い場所でもお前の位置が掴める」
明希が続けると琴吹はそれを受け取ってスマホに刺した。
「それから10時台の山形行きの飛行機の時間をちょっと調べてくれねぇか?」
車を出すと明希が言った。琴吹は検索をかけて出てきた時間を告げる。窓の外を無言で眺める琴吹は冷静そうに見えたが恐らくかなり動揺しているだろうと思った。
「とにかく俺が戻るまで無茶すんじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ」
最寄りの駅で琴吹を下ろすと明希はそう言ったが返した琴吹の笑みにかなり後ろ髪を引かれる。最短ルートを検索しながら明希は車を出した。
琴吹はキングモールまで来ると光一の気配を探りながら店を覗いて周る。吹き抜けの広場まで来ると菅野が人込みに紛れ其処に佇んで琴吹を見ていた。
「弟を返せよ」
琴吹が冷たく言う。
「心配しなくても言う事を聞いてくれたらちゃんと返すさ」
菅野は言いながら付いて来るように目配せをする。真琴はそれに続き、立体駐車場まで来て車に乗るように促す菅野に従った。連れて来られたのはあの廃墟だ。琴吹は警戒しながら車を降りたが指定領域に足を踏み入れた瞬間に何か強く衝撃を受けて気を失った。
気が付くと静まるステージ前の大きな岩壁のような物に四肢を繋がれていた。琴吹は自分が繋がれている後方の岩を確認する。其処には呪が描かれていてあれこれ片手で組める印を組んでは術を発動しようと藻掻いたが何も起こらず能力を完全に封じられているようだった。何より立ち込める香の匂いに気が遠くなる。催淫剤を含んだ香では屈しないくらいの精神力は持ち合わせているがこう蒸せるほど立ち込めていると集中力は欠けてくる。何とか脱出する術を探しているとステージにスポットライトが当たりそちらを見て琴吹は固まった。気を失った裸の光一を抱え込んで菅野は琴吹を見ている。
「まだ何もしてないよ‥普通の睡眠薬で眠ってるだけで薬も入れてないぜ
ほら、ちゃんとヴァージンだろ?」
菅野が言うと横から男達が出てきて光一の足を広げて琴吹に固く閉じられた秘所を見せつける。
「やめろ‥殺すぞ‥」
菅野は言うと琴吹は低い声で返す。
「じゃぁ教えて欲しい事が有るんだけど素直に教えてくれるなら弟君は返してやるよ
朱雀王子家の人間と仲良いよな?
この間、鎮めた御陵の鍵は何処にある?」
菅野は問うが琴吹は睨み付けたまま何も答えない。すると光一の首筋に舌を這わせながら指先で乳首を弄び始めた。
「あ‥ふっ‥」
光一は身悶えるように体を捩って喘ぎ始める。
「やめろ!」
琴吹が怒鳴りながら枷を外そうと暴れるがビクともしない。
「薬も入れて無いのに良い感度だな‥香だけでこんなになってる」
菅野がそう言うと男達はまた光一の足を開き力を持ったそれを露にした。執拗に光一の乳首を攻めながら琴吹を挑発するように眺める。光一はそれに感じながら刺激される度に喘ぎ声を発し、力を持ったそれの先から蜜を滴らせ始めた。
「俺は何も知らない!
何も教えられてない!」
琴吹はそれを強調したが冷ややかな視線を送りながらただ菅野は光一を嬲り続ける。そして右手を横に出すと男がたっぷりとローションをその手に注いだ。
「本当だ!俺は何も知らない!」
琴吹の訴えも無視して固く閉じられた蕾に指を宛がうと撫でるように蕾の周りをローションで濡らしながらじわじわと指を挿入する。光一が身を捩りながら足を閉じようとしても男達はそれを押さえつけて強引に足を開かせる。
「あ‥はっ‥あっ‥い‥やっ‥」
少し苦しそうな顔で光一は喘ぐと菅野はゆっくりと指を動かし始めた。
「やっ‥痛‥痛い‥」
譫言のように首を振りながら訴え光一は息を荒げた。始めは痛みの為か少し萎えたそれも蕾を押し広げられながら動きが少しずつ早くなる度に力を取り戻した。また先から蜜を滴らせ無意識に己のそれを擦ろうと手を伸ばしたがそれも男達に抑えられる。
「ダメだよ‥自分でしちゃ‥
ほら、犯される方が気持ち良いだろ?」
菅野が聞くと光一はそれに応えるように切ない表情を浮かべながら喘いだ。そしてもっと深く指を咥え込むように腰を動かしていく。その様子を見ながら菅野が激しく指を動かすと光一の目いっぱい張り詰めたそれは白濁を吐き出した。
絶頂を迎え、少し痙攣しながらぐったりした光一を見て菅野は満足そうに指を引き抜いた。それをフーフーと荒い息で怒りを全身に纏いながら琴吹は見ていた。
「薬入れなくてこれだから本当に淫乱‥兄弟揃って好きモノだな」
「殺す‥殺す‥」
菅野が言うと琴吹はそれだけ吐き出した。
それを見ると菅野は光一を四つん這いにして己のそれを少し緩んで痙攣している秘所に宛がう。
「鍵は何処?」
秘所の辺りをそれでなぞりながら菅野が聞く。光一はその刺激にまた喘ぎ始め自分から蕾に押し付けようと腰を動かし始めた。
「山形‥山形だ!
それ以上は本当に何も知らない!」
耐え切れずに琴吹が叫ぶと菅野は光一の秘所から少しそれを離した。
「それだけでも分かれば結構‥じゃぁよく言えたご褒美を弟君に上げるよ」
菅野は言うともう一度、光一の秘所にそれを宛がい挿入した。琴吹はそれを見て目を見開きながら言葉を失う。それを咥え込んで光一は先程より大きく喘いだ。
「はぁ‥あっ‥は‥んぁっ‥」
男達は光一の顔をよく見えるように琴吹の方へ向け快楽に喘ぐその姿を目に焼き付けさせた。菅野は光一が感じる部分を執拗に擦り上げていく。そして光一のそれが張り詰めてくると菅野は動きを止める。
「ほら‥どう犯されたいか自分で動けよ」
半分ぐらいまで菅野は己のそれを引き抜いて光一に言った。光一はそう言われると自分の中へそれを埋めるように腰を動かしながら更に悶え根元まで咥え込むと自分から腰を妖艶に振り始めた。腰の動きが早まり一段と声が大きくなると男達に体を起こされ光一はもっと奥まで咥え込むように蕾を菅野に押し付けながら絶頂を迎えた。恍惚とする光一の耳元で菅野は何か囁き男達が力を緩めると前に倒れ込む。その拍子に光一に快楽を与えていたそれは白い糸を引きながら引き抜かれた。全身を快楽で痙攣させながら光一はまだ微かに腰を動かしている。
「弟君‥最高だったよ」
笑いながら言うと菅野達はステージ向こうの暗闇に消え、妖艶な姿の光一だけがステージに残される。琴吹は少しでも近寄ろうと渾身の力来込めたが繋がれた部分が傷だらけになるだけだった。
琴吹が絶望の中で放心していると何かが割れるような音がして明希と鬼の姿の東條が空間を超えて飛び込んで来る。明希は真琴と光一を見て駆け寄り光一に上着をかけてから琴吹の枷を外した。
「遅くなってすまん‥」
放心状態の琴吹に言うと明希は抱きしめる。
「明希ちゃん‥俺のせいで光一‥犯されちゃった‥」
目を見開いたまま琴吹は言って大粒の涙を流した。明希は抱きしめる腕に力を込める。それから琴吹を支えるように明希が立ち上がると東條は優しく光一を抱き上げた。
「酷い匂い‥ですね」
東條は充満する香の匂いに少し表情を歪めながらパチンと指を鳴らす。するとバンッと弾けるように指定領域が崩壊した。それから岩壁に書かれた文様を見ると明希の方へ向き直った。
「ともかく此処を出ましょう」
東條が言うと明希は琴吹を支えながら表に出る。外には車が待機していて明希達はそれに乗り込んだ。そして一番近い高級ホテルへ着くとこれまた一番高い部屋へ琴吹と光一を運び込んだ。
明希は光一の身体を綺麗にするよう従者に指示を出してから琴吹をリビングのソファへ座らせて自分も隣に腰を下ろすと落ち着かせるように琴吹の肩を抱く。東條はテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろした。そして従者が温かい飲み物を運んでくるとそれを飲むように勧める。ほんのり甘くその温かさに少し琴吹も落ち着き始めた。
「言いたくないかもしれんが何があったか話してくれ」
琴吹の方を見ずに明希が告げる。長い沈黙が続いたが明希と東條は琴吹が話せるようになるまで待った。
「キングモールまで来たらあいつが待ち伏せしてて付いて来いって言うからそのまま光一の所まで案内させたんだ
そしたらやっぱりあの廃墟でさ‥光一の姿さえ確認出来たら皆殺しにしてやるつもりだった
でも指定領域に入った途端に何かに殴られたみたいな衝撃で気を失ったんだ
気が付いたらあの状態でさ‥
術も何も利かないしどうしようもなくて‥
目の前で光一が嬲られてるのに俺‥何も‥」
其処まで言うと琴吹はまた泣き出した。
「あの岩壁の呪は術師封じの文様です
貴方で無くとも術師ならば誰も抵抗は出来なかったでしょう」
明希が琴吹を労わるように抱き寄せると東條は慰めるように言った。
「で、あれは誰の仕事か分かるか?」
明希が東條に聞くと少し口籠る。
「はっきりとは言い切れませんがアレは呪術師の使う術式では無いと思います
どちらかと言えば陰陽師が使う封戎ですね
それも四神四家に関わる術者が使うような‥」
「あんたにしちゃえらい歯切れが悪いな
ハッキリ言えよ」
言い淀んでいると明希はそう言いながら煙草を咥えた。
「時生様の眷属が好んで使用していた術式なんですよ
勿論、使用していた術式そのままでは無いので断言は出来ません
しかし元の術式は同じモノです
指定領域も酷似していたので今回の件に何かしら関わっているかと思います」
東條は答えると少し視線を落とす。
「あいつ‥鍵の行方の事を聞いてきた‥
俺は何も知らないって言ったけど信じて貰えなくて‥明希ちゃんが山形行きの時刻聞いてたからそれ喋っちゃった‥ごめん‥」
琴吹はより俯くと肩を震わせる。
「お前に罪はねえよ
それにうちの眷属は優秀だからな‥そう簡単に捕捉されたりしねぇ」
「そうですね‥寧ろ巻き込んでしまって申し訳ありませんとしか言いようがありません
光一君の事は我々が責任を持ってケアをさせて頂きますのでどうか今は安心してお休みになられて下さい」
明希も東條も出来るだけ琴吹を慰める言葉をかけた。琴吹はそれを聞くと明希に身を寄せ泣き続ける。暫く泣くと気を失うように眠ってしまった。明希はその体を抱き上げ隣の寝室へ行くと光一の隣のベッドに寝かせた。
リビングに戻って来ると明希は東條に表に出るように目配せし、二人は部屋を出て展望ラウンジへ移動した。人目の無いVIP席に入ると明希はビールを東條はオレンジジュースを頼んだ。女性店員は少し頬を染めながら東條を少しチラ見する。
「コスプレなんですよ‥よく出来ているでしょ?」
角を指さしながら東條がにこやかに言った。その微笑みに店員は真っ赤になりながらそそくさと頭を下げてから下がる。明希は少し呆れたようにそんな東條を見た。
「あんたどんだけその格好で出歩いてんだよ」
「最近はコスプレで通るので助かります
一昔前ならこの格好でうろうろすると騒がれましたからね
良い時代になったものです」
溜息交じりに明希が言うと東條は笑いながら答えた。明希は内心、突っ込みどころは其処では無いと思っていた。ハッキリ言ってこの姿の東條はかなり美しい姿をしていてその美貌だけで人目を引く。明希でさえうっかり見つめられると視線を外してしまう程だ。
「で、本題なんだが‥やっぱり狙われてんのは俺か?」
外の景色を眺めながら明希が聞く。
「恐らく‥多分、廃墟関連の諸々から仕組まれていたと思います
貴方は朱雀王子家の中では一番狙いやすいですからね
眷属で完璧に守られた貴方を直接狙わなくても貴方の周りなら隙も付けますから‥」
東條が答えると明希は複雑な表情をした。
「完璧に守られてるってよりは首輪を付けられてるって言った方が良いんじゃねぇか?」
「まぁ、そうとも言えますね」
そんな話をしていると飲み物が運ばれてきた。
「そういやあんたが酒の類を飲んでんの見た事ねぇな‥下戸なのか?」
「別に嫌いでは無いんですけどね
お酒は良い物をゆっくり味わいながら頂きたいんですよ」
「その辺は年相応なんだな‥」
他愛もない話をしながら暫くするとようやく日が傾き始める。
「動いて来ると思うか?」
「どうでしょう‥あのお二人はもうこちらの保護下にあるので心配無いと思いますが次はどう出て来るか予想も出来ませんね」
「琴吹の薬はどれくらい効いてる?」
「明日の昼くらいまでは眠っていると思います
弟さんも解毒剤を処方したので直に香の影響下から脱していくでしょうし‥暫くは二人仲良く眠っていて頂けると思いますよ」
「そうか‥ならこっちから打って出たいな‥
弟を犯した奴の居場所は分かるか?」
ようやく本題に入る。東條は少し視線を下げると違う場所を見始めた。
「どうやら無理ですね‥完璧に隠されています
やはり時生様の息がかかっているのかもしれません
向こうが仕掛けてきてくれれば其処から捕捉出来るのですが今の所、後手後手ですからね
とにかく待つしか手は無さそうです」
東條が溜息交じりに答える。
「長い夜にならなきゃ良いがな‥俺は少し仮眠を取るがあんたはどうする?」
「私は一度、屋敷に戻ります
智裕様にこの事を報告しなければいけませんから‥」
二人は言いながら立ち上がりVIp席を出ると何時の間にか出待ちが発生していて東條は女性に囲まれる。
「あの、お写真、一緒に良いですか?」
「すいません‥そう言ったものは苦手なので遠慮させて下さい」
明希は複雑そうにその横を抜けて先にラウンジを出た。程無く東條は明希に追いつくと長い溜息を吐く。
「モテモテじゃねぇか」
「止めて下さいよ」
明希の嫌味に東條は困ったように答える。そして部屋に戻ると東條はまた空間を超えて屋敷に戻り、明希はソファで仮眠を取った。
「明希‥起きて下さい」
東條に声をかけられて明希は目を覚ますと周りの状況に驚く。時計は深夜を示し、傍に控えていた従者が悉く倒れていた。
「どうやら隙を憑かれてしまったようです
二人の姿も消えてしまっています」
明希はそれを聞いて急いで寝室を覗いたが二人の姿は忽然と消えている。
「どうやら琴吹という人物を少し甘く見ていました‥これは相手の仕業ではなく彼の仕業です
恐らく自分で決着を付けに行ったのでしょう」
東條が言うと明希は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あいつの後を追えるか?」
明希が聞くと東條は目を閉じてその気配を辿る。
「やはり例の廃墟へ向かっているようです
我々もこのまま空間を飛んでいきましょう」
そう言うと東條は明希の手を取り二人の姿は掻き消えた。
明希が目覚める一時間前、琴吹は廃墟のステージに置かれたソファに座る菅野と対峙していた。指定領域の無い今は元のステージになっている。
「好きモノの弟君と寝てやったか?」
頬杖を突きながら菅野が言うと琴吹は冷ややかな顔で少し指を動かした。しかし琴吹の攻撃は何か見えない壁に阻まれ弾け飛ぶ。続けて幾つも攻撃を仕掛けたがやはり菅野には届かなかった。
「その壁はお前、程度じゃ破れないぜ?
それより弟は犯してやったのか?ん?」
余裕の表情で菅野が続けるとまた琴吹の全身に怒りが満ちる。
「何だ‥犯してやらなかったのか‥
どうりで素直に戻って来た訳だ」
そう言って脇の楽屋出入り口を見ると琴吹もそちらに視線を向けて固まった。
「光一!逃げろ!」
琴吹は叫んだがまるで聞こえていないように光一は袖から出てきて菅野の傍へ歩み寄ると自ら服を脱ぎ始めた。そして膝を折ると菅野のズボンからそれを出して股間に顔を埋めてしゃぶり始める。
「言っとくが薬は入れてないぜ?
ただなぁ‥今の俺の身体は体液自体が催淫剤みたいになってんだよ
すぐに犯して掻き出してやりゃぁ問題無かったんだがなぁ」
菅野は言い放って笑った。琴吹は印を両手で組んで更に強い攻撃を放ちながらその壁を越えようとするがビクともしなかった。
「そろそろ楽しいショーでも始めようか」
菅野が言うと脇から裸の男達が現れる。男達に手を引かれ光一は舞台中央まで連れて来られると自ら寝転んで足を開いた。そしてローションを陰部に思いきりかけられて乱暴に犯される。
「止めろっ!」
琴吹は叫ぶがやはり光一にその声は届いていない。
「言い忘れてたけどお前の声は届いて無いし姿も見えてないぜ‥けど彼は至って正気なんだからウケるだろ?
自分から犯されに此処まで来てるからな」
菅野は言うと後方の液晶に光一が自ら此処に来た映像を流した。それは琴吹がホテルを出た後、光一が続いてホテルを出てきて自ら菅野の車に乗り込む様子が映し出されていた。そして車内で光一が菅野にもう一度犯されたいと懇願する一連のやり取りが流れると琴吹の顔から更に怒りが漏れる。
「因みに俺とお前のやり取りも聞こえてないけどこれで弟君が自分でこうしてるのは分かって貰えたかな?」
菅野の言う前で光一は男達に輪姦されて何度も絶頂を迎え只管よがり狂っている。菅野はそんな光一に歩み寄る。
「ほら‥もっと犯されたいならこいつらのも元気にしてやらなくちゃな」
屈んで言うと光一は恍惚とした表情で傍に居た男に差し出されたそれにしゃぶりつく。
菅野は男達に目配せして琴吹に光一の淫らな姿がよく見えるようにさせた。
「こいつが正気だって証拠を見せてやろうか?」
菅野がニヤニヤしながら言うと琴吹は何度も印を組んで攻撃を仕掛けた。それを嘲る様に笑みを浮かべながら菅野が指を弾く。そして男のそれをしゃぶりながら恍惚とした光一の顔を琴吹の方へ向けさせた。光一はしゃぶりながら薄く目を開けて琴吹をその視界に確認すると苦しそうな顔で涙を浮かべながら射精した。そして琴吹から顔を逸らせようとしたが菅野はそのまま光一の顔を琴吹の方へ向かせる。
「ほら‥大好きな兄貴に淫乱な身体をしっかり見て貰えよ」
菅野が言うと光一は泣きながら喘いだ。
「や‥あっ‥」
目を閉じて何とか琴吹と視線を合わせないようにしながら抵抗するが齎される快楽で身体はどうにも出来ない。
「見られると感じるだろ?ん?」
菅野が光一のそれに軽く触れると光一はそれだけで達してしまった。琴吹の怒りは限界を超えていたがやはり何をしても菅野に届く事は無かった。
その時、琴吹の後方から光の矢が飛んできてその壁に穴を穿つ。琴吹は其処から攻撃を仕掛け壁を破壊するとゆっくり菅野に歩み寄る。菅野は驚く間もなく粉々に砕け散り、その途端に光一を犯していた男達も塩の山となり崩れ去った。光一の傍まで来ると琴吹は震えながらその傍に膝を付いた。光一は己の痴態を琴吹に見られた事で身を縮めながら泣いている。其処にようやく明希と東條が駆けつけた。二人の状況を見て察すると東條は光一の傍まで来て術で眠らせた。
「明希‥何かかける物を下さい」
東條が言うと明希は上着を脱いで渡し、それで光一の身体を包んで抱き上げる。そして琴吹と明希を残したまま掻き消えた。明希はピクリとも動かず膝を付いたままの琴吹をただ見つめている。
「ごめん‥自爆しちゃった」
消え入りそうな声で琴吹が言う。
「俺が迂闊だったんだよ‥そいつらよりもっとお前の方に注意を払っとくべきだった」
明希はステージ上の残骸を見て返すと琴吹を支えながら立たせて外で待つ車へ乗せるとホテルへと連れ帰った。
ホテルへ戻ると明希達は寝室へ向かう。寝室には空間を移動して先に戻っていた東條と光一の他に見慣れない術者が数人いて視線で様子を窺うが東條は首を振る。それを見て明希は琴吹を連れたままリビングの方へ移動した。ソファに腰を下ろすと明希は放心状態の琴吹を抱き寄せたまま無言で煙草を蒸す。暫くしてから東條が年若い術者を伴ってリビングへ来てソファに腰を下ろした。東條に促され若い術者もその隣へ腰を下ろす。
「時間が無いから結論から言っても良いですか?」
東條に視線で促されて若い術者がそう言った。
「ああ‥頼む」
短く明希が答えると若い術者はチラッと東條を見てから続ける。
「本来あのタイプの術式ならば治療でどうにか出来るんですが術者固有の侵食していくタイプは時間と共に身体に刻印として刻まれ完全に根付くと抑える事も出来ないんです
彼の場合はまだ根付き始めて間もないので多少は進行を遅らせる事は出来ますが取り除く事は不可能で完全に根付いてしまえば自分の意志と関係無く同じように快楽を貪るようになるでしょう
今は極力進行を抑える処置をしてますがこの処置を施したままでは意識が無い状態になるので日常生活は送れないんです
この状態から脱するには選択肢は二つ‥いえ、三つですね
刻印を根付かせてそれと折り合いを付けながら生きていくか高位の不可侵術式で刻印の上から何かしらの上書きをするか‥若しくは安楽死です」
若い術者が言い終えて一つ溜息を吐いた。
「高位の不可侵術式で上書きってのは?」
明希が若い術者に聞くと術者は東條に視線を送った。
「四神四家の当主だけが使用出来る固有の術式です
これならばどんな術者の刻印や術式だろうとほぼ無効にしてしまう事が出来ます
ただしそれを行使するには公の名目が必要になります‥それだけ特別な術式なんですよ」
「じゃぁ今回の件で智裕にやって貰う事は出来ねぇって事か?」
「そうなりますね」
東條が言い終えると明希は続けて質問したがあっさり言われてしまった。
「ただし、あんたさんが龍王院の当主になるんやったら術の相伝言う事で使える筋が立ちますけどどうします?」
沈黙する一同の前にふわりと現れながら智裕が言う。明希と東條以外の皆はそれに少し驚いた。これでも深層の姫君故にその姿をはっきり見れる機会など無いからだ。周りに居た眷属や従者はすぐに首を垂れて平伏する。
勿論、若い術者もすぐにソファを離れて膝を折った。
「龍王院でも何処へでも行くから‥だから光一を助けてよ‥」
琴吹は智裕に言いながら明希に身を寄せるとその胸で泣いた。明希はそんな琴吹を労わるように更に抱き寄せる。
「ほならうちからも条件があります
あんたさんには相伝という名目で術式に参加して貰う事、それから神隠しを受けて貰います
勿論、略式やのうて本式の神隠しです
今まで生活で関わって来た家族や友人にはすっぱりあんたさんの事は忘れて貰いますよって‥」
それに言葉無く琴吹は明希の腕の中で頷く。
「それからダーリンにはうちの式になって貰いますけどよろしいな?」
「智裕様それは‥」
智裕が締め括ると東條は少し身を乗り出し慌ててそう言いかける。
「構わねえよ」
それを明希は遮るように答えた。冷静な東條が何時に無く慌てているのを見て皆は平伏しながら少し動揺の色を見せた。琴吹はその空気感に明希を見た。
「式になるという事がどういう事か理解しているのですか?」
「ああ、全部、承知してるよ」
東條が明希に問うとそれだけ答える。
「今回の件はあんたさんにも落ち度があったんで自業自得ですさかいな‥これはペナルティーです」
表情を変えずに智裕が言う。琴吹はこの三人の会話が分からずに不安そうな顔でもう一度明希を見た。しかし明希は琴吹を安心させるように頭を少し撫でてやる。
「よろしおす、ほなら準備させますよって屋敷の方へ移動して下さい
うちは先に帰って待ってますさかいに‥ほな‥」
智裕は言うとまたふわりと姿を消した。その瞬間に一同から緊張が消えようやく身を起こす。そしてバタバタと移動の準備を始めた。
「夜分に苦労を掛けましたね総一郎‥後はまた式に送らせますから‥」
皆と同じように緩和した若い術者に東條が労いの言葉をかける。
「そんな!お師さんの役に立てるだけで俺は幸せですから!」
まるで恋する少女のように東條を見ながら総一郎が言うと東條は微笑んで見せる。総一郎はその笑みに更に照れると顔を伏せた。そして東條は印を組んで小さく一言呟き足元に猫を一匹出現させる。
「じゃぁまた何かあったら何時でも呼んで下さい」
総一郎は頭を下げながらそう言うとその猫に付いて行く。すると猫と総一郎は掻き消すように姿を消した。
「じゃぁ我々も行きましょうか‥」
東條に促されて明希は琴吹を支えながら立ち上がり部屋を後にした。
屋敷に戻って来ると明希は東條と共に自室へ琴吹を連れてきた。
「俺はこれから準備があるから儀式まで出来るだけこいつについててやってくれ」
「承知しました」
琴吹をベッドに座らせると明希はそう言い置き、東條が答えるのを聞きながら部屋を出て行った。
「何かお飲みになりますか?」
俯いて泣き腫らした目の琴吹に東條は優しく声をかけた。琴吹は少ししてからようやく顔を上げる。
「式になるってどういう事?」
ようやく東條を見ながら聞いた。
「生きながら式になるという事は術者に心を食われるという事です
扱われ方や術の規模でその度合いは違いますが‥勿論、術者の裁量や式になる人物の霊力等にもよりますけどね」
東條が答えるとまた琴吹の目から涙が溢れる。
「俺が悪いのに‥」
そう言うとまた俯いて拳を強く握った。
「明希が言ったように貴方に罪はありませんよ」
優しく言うと部屋の戸口まで行き小さく何か囁いた。そして戻って来ると座卓の方へ腰を下ろす。
「お疲れになったでしょうから少し休まれてはどうですか?
私が付いていますから安心して頂いて大丈夫ですよ」
東條は泣きっぱなしの琴吹に声をかけるが琴吹は動かなかった。
「失礼いたします」
其処へ戸口の向こうから誰かが声をかけてきた。
「どうぞ‥」
東條が返すと戸が開いて従者は頭を下げる。
「龍王院の方々が当主印の見分に参られましたのでお支度の方をさせて頂きましても宜しいですか?」
従者が頭を下げながら言うと東條は琴吹に歩み寄る。そして琴吹の前に屈んで視線を合わせた。
「これから貴方の当主印を確認する儀礼がありますので着替えて頂かなくてはいけません
因みに当主印はどちらにあるのですか?」
「腰に‥」
東條が聞くと琴吹はようやく涙を堪えて答えた。
「慣れない事で戸惑われるかもしれませんが傍に私が控えておりますからご安心を‥後は従者に任せれば滞りなく進みますので‥」
東條が言うと琴吹は小さく頷いた。それを見てにっこり東條は微笑んでから従者の方へ向き直り目配せして準備に取り掛かるように促す。すると数人の従者が入ってきて琴吹を裸にして白い浴衣を見に付けさせた。そして何とか泣き止んで支度が整うと東條と共に部屋を出て謁見の間に向かった。
謁見の間には数人の男女と一番前に一人の幼児が正座して控えていた。
「ご無沙汰しております千代丸様」
謁見の間に入ると東條はそう言って一番前の幼児に頭を下げる。
「お久しぶりですね東條‥元気にしていましたか?」
その容姿に似つかわしく無い丁寧な口調で千代丸が返すと東條は顔を上げて微笑んだ。
「こちらがご当主になられます周防真琴様です」
東條が言うと琴吹は従者に促されて東條の横に戸惑いながら腰を下ろす。
「智裕様からお話は伺っています
貴方が周防真琴様‥いえ今は琴吹様なのですね?」
千代丸が微笑みながら聞くとその雰囲気に吞まれながら琴吹がハイと答える。
「では、ご見分、よろしくお願いします」
東條が言いながら従者に目配せすると従者は琴吹に小さく耳打ちした。琴吹は言われるままその場で立ち上がると背中を向けて着ている物を脱いだ。一糸纏わぬ姿に複雑な表情を浮かべながら琴吹は言葉無く立ち竦む。
「確かにお爺様と同じ青龍の当主印です
では、正式に迎え入れの準備をさせて頂きますので智裕様にはそうお伝え下さい」
「御意にございます」
殆ど尻に近い腰の当主印を見て千代丸が言うと東條は答え、従者は琴吹の浴衣を手早く直した。そして千代丸達は程無く謁見の間から出て行くと頭を下げていた東條も立ち上がる。
「お疲れ様でした‥ではお部屋の方へ戻りましょうか‥」
東條に言われ琴吹はまた明希の部屋に戻って来た。窓の外がうっすら明るくなり始めている。東條は座卓に腰を下ろし用意されている飲み物を飲むように琴吹にも視線で促す。
「きっとこの先、真琴は耐えられない‥真琴を俺の幸せな記憶の中で眠らせてやれないかな?」
冷静さを取り戻した琴吹がポツリと呟いた。
「恐らく智裕様なら可能でしょう
私からお伝えしておきます」
静かに東條が答えると琴吹は視線を落としたまま少し安心したように微笑んだ。
「東條様、湯浴みの用意が整いました」
「分かりました」
戸外から声をかけられるとそう返す。
「慌しくて休んでる暇も無いですね‥すいませんが先に身を清めに行きましょう
その後は儀式まで休めるように配慮させますので‥」
「もう大丈夫‥ありがとう」
申し訳無さそうに東條が言うと琴吹は躊躇いがちに微笑んで返した。浴場に行くと琴吹はまるで銭湯のようなその広さに少し驚く。脱衣場では女性の従者が沐浴着で待っていて真琴の浴衣を脱がせたりとまるでドラマに出てくる殿様のような気分だった。東條はそのままの姿で共に風呂場へ入りその傍に沿っている。背中を流したりあれこれと従者がしてくれるので真琴は戸惑いながら東條に助けを求める視線を送った。
「そういう事にも少しづつ慣れて下さいね」
にこやかにそう言われると仕方なくされるがままになった。
湯浴みを終えてまた部屋に戻って来ると朝食が運ばれてきた。
「余り食欲は無いかもしれませんが少しでも手を付けて下さい
もし希望の物が有りましたら用意させますので遠慮なく言って下さいね」
食べ切れないほどの料理を前に東條が言うと琴吹は少し溜息を吐く。
「こんなに豪華な朝食初めて見た‥どれも美味しそうだけどこういうのも慣れるべきなのかな?」
余りにも現実離れしている対応に琴吹は自宅が無性に恋しくなった。
「正式に龍王院家のご当主になられたらご自由になされば宜しいかと思いますよ
ただ、仕える者の気持ちというモノも有りますのでそれも含んで差し上げて下さい
当主の在るべき姿は千代丸様がしっかり教えて下さるでしょうから‥」
そう返しながら東條は朝食に手を付ける。
琴吹も続いて少しばかり手を付けたがやはり食べる意欲が湧かずすぐに箸を置いた。
「やはり少しお休みになられて下さい
人払いはしておきますので‥」
東條に言われて少し頷くと琴吹はベッドに横になった。すると天蓋のカーテンが閉じられ、外の光が遮られると琴吹は程無く眠りに落ちた。
懐かしい雰囲気がして真琴が目を開けると自宅のリビングに居た。
「もう!マコちゃん、ちゃんとパンツ履きなさいよ!」
「暑いんだから良いじゃん」
キッチンからそう声がしてそちらに視線を向けると裸の自分が冷凍庫からアイスを漁っていて紀代子がそれを見て何時ものように怒っていた。
「あ、俺のも取ってよ」
ソファでゲームをしながら光一が言う。何時もの光景に琴吹は少しキョトンとした。そして何時ものように過ごす団欒に目を細め泣きそうになる。
「これで構しませんか?」
「うん‥ありがと」
後ろからそう声をかけられると琴吹はその団欒を目に焼き付けるように返した。
痛い想いばかりさせてごめん‥今までありがとう‥
そしてフッと意識が無くなる寸前に自分の声が聞こえた。
琴吹がぼんやり目を覚ますとゆっくりと天蓋のカーテンが開いた。
「おはようございます琴吹様、何かお飲みになりますか?」
湯浴みの時に見た侍女がそう声をかけてくる。
「冷たい麦茶貰っても良い?」
まだ夢の途中という感じでそう答えながら辺りを見た。相変わらず東條は座卓の所で座ってお茶を飲んでいる。琴吹はベッドから出て東條の前に腰を下ろす。
「真琴の奴、幸せそうだった‥」
「そうですか‥」
琴吹が言うと東條は短く返した。
「やっぱり俺と真琴の境目が無くなりかけてたんだな‥今、自分でもびっくりするくらい凄く落ち着いてる」
琴吹は言いながら少し戸惑っているようだった。
「恐らく明希との交流が貴方に影響を及ぼしていたんでしょうね
お互い否定から生まれた人格が明希を起点に寄り添い始めたんでしょう
貴方は本当に明希の事を愛していたんですね」
東條に言われると少し驚いた顔をしてから少し考え込んだ。
「確かに明希ちゃんの事は好きだけど愛って言うのかは分かんないな
まだ恋に近いと思うんだけどね」
複雑そうな表情で答える琴吹は何時もの太々しさを取り戻していた。そんな話をしていると冷たい麦茶が運ばれてきた。琴吹は一気に飲み干すと長い溜息を吐いて状況を整理する。真琴に引っ張られて放心状態だった為に何も考えていなかったので置かれた立場を嚙み砕いて行った。
「で、俺はこれから何をしたら良いの?」
まずはやるべき事を東條に聞く。
「もうすぐ明希が禊を終えますからそうしたらすぐに不可侵術式に入ります
智裕様が術式を展開する間、貴方はとにかく術式の流れをよく覚えて下さい
これは術者と術を受ける者で基本は執り行われますが今回は明希が智裕様の式として代理で術を展開します
ですから智裕様が明希の身体を通してどういう術を展開しているのか把握して頂ければ構いませんので‥」
東條がざっくり説明すると琴吹は一つ頷いた。
「でも基本的に術者と術を受ける者で執り行われるならどうして明希ちゃんは式にされないとダメなの?」
疑問に思った事を訊ねた。
「それは刻印された場所に直接、術式を施さないとならないからですよ」
東條はサラリと言ったがそれを聞いて流石の琴吹も思考が停止してしまった。
「それってつまり‥」
「セックスでしか術式が展開出来ませんから式が居るのですよ」
琴吹が其処まで言って言葉を切り、考えたくない返事を東條は即答した。その言葉に流石の琴吹も少し絶望的な気分になった。何も知らなかった自分はまだ良いがそれを承知で智裕や明希はこの術式を承諾してくれたのだ。真琴に引っ張られなくても琴吹の心は揺れた。何よりまた光一のそんな姿を見るのはやはり辛い。
「こういった事も慣れて行って下さい
四神四家の当主とはそういうモノなのです」
慰めるように東條が言う。
「もう少しで三上様の準備が整うようですのでこちらもご準備させて頂きます」
控えていた侍女に使いが耳打ちすると侍女が東條に伝えた。すると儀式用の衣を持って数人の侍女がまた琴吹を取り囲んで身なりを整えていく。琴吹は流石に禰宜だけあってそう言う式服には慣れていたので全く違和感は無く、寧ろ着せられてもしっくり来た。
「では参りましょうか‥」
そう言われて東條に続くと少し開けた場所まで来て其処で一旦、東條は足を止めた。
「私は此処までしか入れませんのでこの先はこの者に付いて行って下さい」
其処に待っていた物々しい装束の一人が深く琴吹に頭を下げて付いて来るように促す。琴吹はそれに従うように続くと渡り廊下を過ぎて神殿のような場所へとやってきた。そして観音開きの大きな扉を開けると一人で中へ入るように促す。
「こちらへ」
巫女装束の侍女に案内され更に奥へ進むと御簾の向こうに誰かの気配がした。琴吹が傍まで来ると御簾が上がり其処には光一と智裕が居た。光一は布団の上に浴衣姿で寝かされていてその頭上に智裕が正座している。
「其処に座り」
短く智裕に言われて光一の寝る布団の横にある座布団に腰を下ろした。そして御簾が下りると浴衣姿の明希が入って来る。明希が智裕の傍まで来ると智裕は立ち上がって明希の胸に手を当てた。それから呪を唱えると智裕の掌が仄かに光り始めゆっくり手を離すと明希から光の球体が出てきて智裕はそれに指先で呪文を刻んだ。そしてもう一度、明希の体内に戻すように手を当てて押し込む。その間、明希は表情も変えずにそれを見ていた。そして再び智裕が座り直して呪文を唱え始めると明希はゆっくり光一に歩み寄り身体に覆い被さるように寝そべってから優しく口付けて浴衣を脱がし始める。光一は口付けられると無意識にそれに応じ喘ぎ始めた。光一の浴衣を脱がせると明希も浴衣を脱いで光一の身体を愛撫し始める。その光景に思わず琴吹は視線を逸らした。
「ちゃんと見とかんとあきませんで‥」
呪文を中断して智裕は明希を見たまま言う。琴吹は言われて智裕を見てからまたその光景に視線を戻した。智裕は顔色一つ変えずまた呪文を続けながら明希が光一を愛する様を見ている。琴吹は覚悟を決めて術の流れに気を集中した。明希は大切に光一を愛撫する。光一はその快楽に何度も達しながら明希を受け入れ更に喘いだ。その行為が二時間を迎えた頃、ようやく光一は満足したように恍惚とした表情で達して穏やかに寝息を立て始めた。明希は事が終わるとそのまま智裕の傍へ立って荒げた息を整えながら始めと同じように光の玉を抜かれ呪文を消して貰ってから浴衣を羽織ってその場を後にした。
「これでもう問題無く普通の生活に戻れます
後は体の治療をして家に帰しますけどそれで宜しいな?」
「本当にありがとうございました」
智裕が言うと琴吹は智裕に深く頭を下げて言った。それを聞くと智裕はその場を後にして光一は従者に連れていかれた。琴吹の傍にも先程の侍女が来て付いて来るように促す。先程の場所まで戻って来ると東條が待っていてまた二人は明希の部屋へ戻って行った。
部屋に戻ると琴吹は早々に着替えを済ませて東條と共に寛いでいた。
「やっぱ姫ちゃんって凄いな‥」
窓辺の椅子に座って外をぼんやり眺めながら琴吹が言う。
「あの方は生粋の四神四家の跡取り候補でしたからね
精神コントロールも幼い頃から受けていますし過酷な人生を歩まれてきておいでですから何時もああいう厳しい物言いをされるのですよ
でも本来はとてもお優しい方なんです」
「うん‥それ、今はよく分かるよ」
東條がフォローするまでも無く琴吹はそれを実感していた。
「センセぇ~聞いてぇ~」
ドアを開けていきなり智裕が駆け込んでくると東條に泣きながら訴える。
「ダーリン、うちがおるのにめっちゃエロい事してん!
もう、うち堪えられへんわ!」
そう言うと東條の膝に突っ伏して大泣きした。琴吹はそれを呆然と眺め、東條に視線を移すと東條は苦笑しながらその頭を撫でていた。そして一頻り泣いてすっきりすると体を起こして今更、気付いたように琴吹を見た。
「何やあんたさんまだダーリンの部屋おったん?
何時までもダーリンにベタベタせんとちゃんと部屋用意したったんやからそっち行きや」
自分を鬱陶しそうに見る顔は何時もの智裕で琴吹は何と返して良いのか少し困った。本来なら諸々の礼を言いたいところだがやはりチクチクする嫌味には少し腹が立つ。
「ったく此処に居たのか‥ちゃんと休めって言ったろうが!」
明希が入って来ると智裕に言う。
「せやかてダーリンうちがおるのにあんなエロい事ばっかり‥酷いわ!
センセーにでも聞いて貰わへんかったらうち収まれへんやん
ダーリンこそ早よ禊行きや!」
犬も食わない何時もの夫婦喧嘩である。
「仲が良いのは結構なんですがその辺にして明希は本当に早く禊を済ませて来て下さいね
智裕様も大事なお身体ですからちゃんと休まれて下さい」
にこやかに怒りを含んだ東條に言われると二人は気不味そうに下がって行った。琴吹は明希が何時もの明希で少し安心する。心を食われてどうなるかかなり心配だった。
「良かった‥明希ちゃん変わって無くて‥」
「恐らく智裕様がかなり術式の負荷をご負担になったのでしょう
明希もそれを心配して智裕様に休むように強く言っているようですから‥」
ホッとしながら琴吹が言うと東條はそう返す。
「それより姫ちゃんって何時もああなの?」
ちょっと琴吹が呆れながら聞いた。
「そうですね、ああやってちゃんと偶には発散しておいでですよ
始めはあんな風に素直に感情を表に出される方では無くてかなり心配しましたけど‥良い伴侶を持たれたと思います
貴方も出来れば智裕様には出来るだけ今まで通り接して差し上げて下さい
それがあの方の癒しになりますから‥」
東條は優しく微笑んで言う。琴吹はそれを聞くと少し智裕に嫉妬した。
「そう言えば今まで忘れてたんだけどあの結界を壊してくれたの東條さんだよね?
まだお礼も言ってなかったや‥ありがとう」
ふと思い出して琴吹が言うと東條はキョトンとした顔をした。
「結界?私は何もしていませんけど?
私がホテルに戻った時にはもう布団も冷たくなっていましたから貴方が去られてかなりの時間が経過していたと思います
それからすぐに明希と空間を移動してあの場に参りましたから何かをする余裕は無かったですよ?」
東條が答えると琴吹は考え込んだ。あんなに強固な結界に簡単に穴を穿ったあの光の矢は誰が放ったのか‥他に心当たりは無い。
「一体何があったんです?」
東條が聞くと琴吹は菅野を包む結界の話をしてそれに穴をあけた光の矢の話をした。
「その事は誰にも言わないで下さいね」
少し顔色を変えてから東條が返す。
「誰が矢を放ったか知ってるの?」
その余りの表情の変化に琴吹が聞いた。
「それは間違いなく智裕様の放たれた巫女の矢です
これも四神四家固有の術で許可無く使用してはいけない術なんですよ
バレれば何かしら罰を受けるかもしれませんのでどうかご内密にお願いします」
青い顔で頭を下げた東條にどれだけ自分が明希や智裕に負荷をかけていたか思い知った。
「誰にも言わない!
だから頭を上げてよ!」
慌てて返しながら東條の手を取った。
「悪い東條‥」
そうしているとまた明希が入ってくる。その手には赤ん坊が抱かれていた。
「智明を少し見ててくれ‥こいつが泣いたら智裕が起きちまうからな‥」
そう言うと明希は赤ん坊を東條に預ける。
「咲灯は?」
「少し使いにやっててな‥直に帰るだろうからそうしたら交代してくれ
俺はこのまま禊に入るから‥お前もちゃんと休んどけよ」
東條が聞くと明希は答えてから琴吹にも言ってすぐに部屋を出て行く。
「それ‥明希ちゃんの子供?」
東條の腕の中で眠る赤ん坊を覗き込みながら琴吹が聞いた。
「そうです‥お二人に似てとても聡いお子なんですよ」
東條が琴吹に言いながら微笑むと智明が目を覚ます。東條と琴吹を見て智明が笑うとその笑顔に琴吹の表情も綻んだ。
「何か光一が生まれた時の事、思い出すな‥」
そう言いながら智明の手を取って相手をしてやる。智明は真琴に遊んで貰うと嬉しそうにまた笑った。小一時間ほどして咲灯が智明を引き取りに来ると真琴は少し寂しそうな表情をする。
「龍王院に行けば貴方もすぐに自分の子を抱けるようになりますよ
美しい方が大勢いますから‥」
東條が言うと琴吹は少し気が重そうな表情を浮かべる。子を成す事も当主の務めと暗に言われているのが分かったからだ。しかし正直言うと琴吹は女性に余り関心が無かった。無論、真琴は普通に女性と恋愛もしていたが琴吹は男にしか興味が無い。子供を作れと言われても正直、気が重いだけだった。
「真琴は女の子とそういう経験あるけど俺、童貞なんだよね‥
女相手に勃つかなぁ‥」
溜息を吐きながら脱力する。
「何事もモノは試しですからいろいろ経験されれば良いんですよ」
東條が微笑みながら言うと真琴はまた深く長い溜息を吐いた。
翌日、智裕と琴吹は無言で一緒に朝食を取っていた。やはりお互い虫が好かないのか難しい顔をしている。其処へようやく禊を終えた明希が朝食を取りに部屋に入って来た。
「ご苦労はんです‥」
睨むように明希を見て智裕が相変わらずフルーツだけを摘まみながら言う。琴吹もチラッと明希を睨んだ。その険悪な雰囲気に明希は二人から視線を逸らせて席に着くと黙って食事を始めた。針の筵である。
「お役目や思うて我慢してましたけどめっちゃ楽しんではりましたな‥」
「本当にね‥人の弟によくあんな事出来るよね」
智裕と琴吹からそれぞれ嫌味を言われて明希は気不味そうな顔で食事を続ける。
「うち、あんなにチューしてもうた事おまへんねんけど‥」
「俺だってあんなにイかせて貰った事無いなー」
二人は嫌味を続けた。
「別に楽しんでた訳じゃねぇよ」
小さく言い訳するが正直、矯正されたての光一の身体はとても良かった。
「へぇ‥その割に明希ちゃん、何回もイってたよね?
セキュリティー会社辞めてAV男優でもやったら?」
「ほんまに下の緩い事で困りますわ‥」
明希が反論するとステレオで嫌味が帰って来る。明希はそそくさと朝食を終えると早々に部屋を出た。自室に戻ると東條が食事を終えてお茶をすすっていた。
「お疲れ様です」
明希を見るとにこやかに言う東條が少し腹立たしく感じた。
「ったく、散々だ」
東條の前に腰を下ろしながら明希は言って煙草を咥える。
「まぁ、それも込みで引き受けたのでしょう?
弟さんの治療も済んで先程、家に帰しました
もう大丈夫かとは思いますが神隠しが終わるまで護衛として東雲があの方の代わりに真琴を演じています」
にこやかに東條が言うと明希はチラッと見てから視線を外した。
「俺があいつを逃がそうとしたのはバレてたんだな‥」
溜息交じりに言った。
「渡りに船とはいえ我々もこんな手は使いたくなかったのですがね‥大人しく龍王院に戻って頂くにはこれしか手段はありませんでした
お陰で時生様にも結局は逃げられてしまいましたから寝覚めが悪いのはお互い様ですよ」
どうやら今回の件は始め時生だけの企みだったものを智裕達が途中から利用したようで恐らく光一が初めに連れ去られた時からこの結末は仕組まれていたのだと東條の様子を見て明希は理解した。
「でも遅かれ早かれあの方には戻って頂かなくてはなりませんでしたから明希もどうか智裕様を責めないでいてあげて下さいね」
続ける東條は少し視線を落とす。
「分かってるよ‥またあいつに辛い思いをさせちまったのは結局、俺だからな‥」
明希は煙草を蒸しながら答えると何処か遠くを見た。
その日の午後には無事に神隠しの術式も済んで琴吹は早々に龍王院家に輿入れした。
「今日はそのままして‥」
今朝の事もあり明希は久しぶりに智裕と身体を重ねていたが本番直前に明希が避妊具を取りに起き上がると智裕はそう言って明希を引き留めた。
「産まれたら幾らでもしてやるからそれまでは我慢しろよ」
言いながら智裕の手を解いてベッドを離れる。そしてバラでは無く箱を手にして戻ってきた明希を見て智裕は少し頬を赤らめた。
「しっかり寝てきたんなら大丈夫だろ?」
「変態‥」
明希が言うと智裕は真っ赤になって顔を背けた。
明け方近く、二人は寄り添いながら微睡んでいた。
「お役目に慣れるまではあんたさんあの売女の様子見に行ってあげなはれ」
目を閉じたまま眠りに落ちそうな智裕が言う。
「そうするよ」
明希は智裕を抱え込むように抱いたまま返し頭を撫でた。そして仲良く眠りに落ちていく。二人でこうして眠りに就く瞬間が唯一、安らげる時間だった。
おわり
おまけ・後日談
目を覚まして見知らぬ天井を見ながら琴吹はぼんやり辺りに視線を移す。
〈そういや昨日、輿入れしたんだっけ‥〉
思いながら身を起こすとぼんやり部屋を見渡した。智裕の所とはまた違う設えの豪華な部屋でまるで海外の王宮さながらの寝室だ。ベッドからのっそり起き上がると空かさずノックと共に侍女が入って来た。
「おはようございます琴吹様、お召替えのご用意をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
侍女は頭を下げながらそう言った。
「着替えくらい自分でするから‥それよりシャワー浴びたいんだけど‥」
「ではご案内させて頂きます」
琴吹が困ったように答えると侍女はそう言って琴吹を浴室に案内した。
部屋を出て少し廊下を行った先に智裕の所と同じ規模の浴室があり、やはり沐浴着を着た侍女が控えている。
「お願いだから一人で入らせて‥」
困り果てながら琴吹が言うと一礼してサッと侍女は下がった。
〈これからずっとこうだと気が重いなぁ‥〉
琴吹は体を流して湯船に浸かると複雑な表情でそう思った。風呂から出て用意された浴衣を羽織る。部屋に戻ると侍女が控えていて冷たい水を差し出しブティックさながらにハンガーにかかった服を運び込んできてどれを着るか尋ねてきた。どれも琴吹が普段、来ているようなデザインの物だったがタグを見ると全部が高級ブランド品だった。少し気後れしながらも仕方なくチョイスして用意して貰うと着替える。それから朝食を取りに部屋を移動すると其処には先に千代丸が座って待っていた。
「おはようございます琴吹様、昨日はよくお休みになられましたか?」
琴吹を見て立ち上がると一礼してからにこやかに言った。とても幼児とは思えないその言動にやはり琴吹は戸惑う。
「おはよう‥あの‥そう言う畏まったの苦手だから止めてくれる?」
琴吹が返すと千代丸はキョトンとしてからもう一度微笑む。
「別に畏まっているつもりは無いのですが琴吹様がそう仰るなら今後は気を付けます」
苦笑しながら千代丸が返した。
それから琴吹は千代丸に此処での生活や当主が学ぶ事をあれこれ聞かせて貰った。
「僕が知っている事は僕がお教えしますがそれ以外の事はこの宴龍にお聞き下さい
宴龍は当主候補専属の教育係の長なので琴吹様が龍王院家の当主として一人前になられるまでしっかりとお世話させて頂きますので‥」
そう言いながら千代丸が後方に居る初老の男を見ると宴龍は琴吹に深く頭を下げた。
「お初にお目にかかります琴吹様‥私、喜多川宴龍と申します
これからよろしくお願い致します」
「こちらこそ‥宜しくお願いします‥」
いかにも堅物そうなその態度に少し引きながら琴吹は返した。宴龍を見ていると勤めていた神社のクソ真面目な権禰宜を思い出した。
それからザックリと千代丸に屋敷内を案内して貰ったがザックリ案内されるだけで丸一日かかった。そして夕食後にこれまたザックリ琴吹の世話係や眷属を紹介されたが人数が多すぎて顔も名前も覚えられなかった。
「色々と覚える事が多いかと思いますので分からない事は常に琴吹様のお傍に居るこの二人にお聞き下さい」
そう言って最後に若い男女二名を紹介する。
「雨晴心と申します
これからよろしくお願いいたします琴吹様」
昨日から身の回りの世話をしてくれている侍女が頭を下げた。
「佐久間真十郎です
宜しくお願いします琴吹様」
二人が交互に頭を下げると琴吹もよろしくと頭を下げた。
「ではお疲れになったでしょうから今日は此処までにしましょう
僕は下がらせて頂きますが御用があれば何時でも声をかけて下さいね」
「うん‥ありがとう、おやすみ」
千代丸が言うと琴吹も返して微笑んだ。その後、部屋に戻ると琴吹はドッと疲れてソファに沈むように腰を下ろした。
「何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」
心が言うと琴吹は宙を見ながら考える。
「冷たい麦茶が飲みたい」
宙を見たまま答えると空かさず傍に控える侍女に心が目配せし侍女はサッと下がった。
「それから琴吹様、夜の湯浴みの際には侍女がご一緒させて頂きますがそちらは今後もご承知置き下さいますよう宜しくお願い致します」
少し申し訳無さそうに心が言うと琴吹は東條の言葉を思い出す。
「うん‥分かったよ‥」
仕方ないかと諦めたように返事をした。
「ありがとうございます」
心が頭を下げると麦茶が運ばれてきた。此処へ来てから身の回りの世話をしてくれる侍女達は心を始めどれも若くて美人ばかりでいかにもそういう行為を誘っているのだと琴吹は感じたが全く琴吹の食指は動かない。この先が思いやられると正直思っていた。麦茶を飲むと早く一人になりたくてすぐに風呂へ入るが何かと豊満な侍女が身体を押し付けてきたりと疲れが取れるどころか余計に疲れて風呂から上がる。部屋に戻って麦茶を飲みながら寛いでいると心が入って来た。
「今宵の伽の相手を見繕って参りましたので宜しければご見分頂きたく思うのですが‥」
恐らく湯浴みの時に何も無かったので業を煮やしたのかダイレクトに言われた。
「いや‥何て言うか俺、そう言うの興味無くて‥」
そら来たと言わんばかりに真琴は視線を外しながら答えた。
「ではご見分だけでもお願いして宜しいでしょうか?」
心は食い下がる。真琴は仕方なく了承すると数人の浴衣姿の侍女が入って来た。どれもそれぞれかなり美人で普通の男なら全部と言ってしまいそうなくらい魅力的だった。侍女達は簡単に自己紹介しながら頭を下げる。
「お気に召した者はおりませんか?」
心が聞くと琴吹は何とも言えず複雑そうに視線を逸らした。それを見て心は視線で侍女に下がるように命じる。
「この際だからぶっちゃけ言わして貰うんだけど俺、女に興味無いんだよ
子供作らなきゃいけないのは分かってるけど心の準備が出来るまでもう少し待ってくれないかな?」
気不味そうに視線を逸らしたまま琴吹はカミングアウトした。
「それは男の方とならセックス出来ると理解しても宜しいのですか?」
これまたダイレクトに心が聞いてきた。
「うん‥明希ちゃんとの事は聞いてない?」
チラッと心を見て躊躇いがちに聞いてみる。
「いえ、そう言ったお話は聞かされておりませんでしたので‥」
流石の心も少し動揺したように答えた。朱雀王子家から粗方、琴吹の情報は聞いていたし自分達でもそれなりに調べていたが龍王院家が掴んでいた殆どの情報は真琴のモノだった為に明希と琴吹が親密な関係だとは知らなかったのだ。
「そういう事なんでこれからは普通に接してよ
何とかなりそうになったらこっちから言うからさ‥」
流石に申し訳ないと思ったのか視線を伏せながら言った。
「承知しました
では男性の妾もご用意いたしますので少しお待ちを!」
心は気持ちを切り替えると力強く言って部屋を出て行った。琴吹は引き留めようとしたが心が出て行く方が早かった。心の去った方を見ながら真琴の手は宙を掻く。もう一度、ソファに深く座り直しながら琴吹はその手で目頭を覆った。
そして暫く放心状態でいたがいっそ心が戻ってくる前に寝てしまおうと思い直して立ち上がった瞬間に心の方が先に戻ってきてしまった。琴吹は絶望に満ちた目で心を見る。
「あの‥申し訳ありません琴吹様‥
急な‥お申し出でご用意が出来ませんでしたのでこちらでご容赦下さいますよう‥お願い致します‥」
かなり駆け回っていたのか呼吸を整えながら心が言って表に控えている者に入るよう促す。入って来たのは浴衣姿の真十郎だった。
「では私はこれで失礼いたします」
完全に息を整えて心は言うと真十郎を残して下がった。
「ごめん、何か余計な事言って混乱させちゃったみたいで‥気にしなくて良いから下がって良いよ
俺、もう普通に寝るから‥」
琴吹は苦笑いを浮かべながら真十郎に言った。
「いえ、ご所望とあらばお勤めさせて頂きますのでご遠慮は無用でお願いします」
そう言いながら浴衣を脱いで己の裸体を恥ずかしげも無く琴吹に晒す。整った顔と細いが引き締まった体に立派なそれは琴吹の気を引いた。‥というか完全に好みだった。思わず心が揺れまくる。
「じゃぁ‥ちょっとだけ相手して貰おうかな‥」
完全、完璧に欲に負けて視線を外しながらそう言った。
結局、日付が変わるまでみっちり事に及んでしまった琴吹は自分の押さえられない性欲を呪う。しかも明希とはまた違う趣向で真十郎の寝技は巧かった。
それから昼間は当主としての心構えや術を学び夜は真十郎に偶に相手をさせた。心は他の妾も用意したが琴吹はもう真十郎だけで十分だったのでそれを断った。
一週間ほどした頃に明希が朱雀王子家の遣いとして龍王院家に訪問してきた。一応、正式な遣いなので謁見の間で対応したが使者を持成すという事で離れへ移り琴吹と二人きりになった。
「少しは慣れたか?」
窓辺に腰掛けて外を見ながら明希が聞く。
「全然‥まだまだ慣れるには程遠いかな」
隣に腰を下ろしながら琴吹が答える。
「それより明希ちゃんがそういうカッコしてるの初めて見た‥何か見慣れたスーツ姿よりそそるよね」
琴吹は以前と変わらず明希に纏わり付きながら言うと頬に口付ける。
「だからそういう事は止めろって‥
もう妾も宛がわれてんだろ?
さっさとガキでも作って落ち着けよ」
相変わらず好きにさせながら明希は言った。
「妾は断っちゃった
俺、ゲイだってカミングアウトしたから‥男の妾は一人付けて貰ったけどね」
微笑みながら言うと袴の脇から手を滑り込ませて明希のそれを摩る。
「あのなぁ‥まともにセックスしなくても良いから何とか子供は作れよ
でないと後々、面倒になるぞ」
「じゃぁ明希ちゃんと3Pなら良いよ」
琴吹に股間を弄られつつ呆れながら明希が煙草を咥え返すと琴吹は冗談半分で言った。
「本当でございますか!?」
離れの襖を開けて心が興奮気味に言った。琴吹は股間を弄る手を思わず止めてしまうくらい驚き、明希は煙草を落とした。
「今すぐ侍女をご用意しますのでそのままお続けになられて下さいませ!」
素早く言って襖を閉め、心が去っていくと長い沈黙が二人の間を過ぎる。
「お前の責任だからな‥」
「何かごめん‥」
明希が脱力しながら言うと琴吹も視線を逸らせて答えた。仕方なく明希は言った手前、それに付き合う羽目になり何とか三人の侍女と琴吹を繋げる事に成功した。
それから明希が訪問する度に心はそれとなく明希に協力を要請する。明希も誰かが懐妊する迄と諦めてそれに付き合った。
始め心は二十人ほどの妾を用意したが明希は元、時生の眷属だった家の者を含む殆どを排除して霊力の高い六人に絞って相手をさせる。龍王院家の眷属になったとはいえ、やはり時生の縁者は排除しておくに越した事は無いという明希の配慮だった。殺伐とした今もバリバリ武闘派の朱雀王子家と違い平和的な龍王院家では一族や眷属による殺し合いが殆ど無いので其処までの注意を払っていない。警戒し過ぎかもしれないが極力、龍王院家に忠実な眷属の侍女を選んだ。
そうして琴吹が龍王院に入り一ヶ月が過ぎた頃、選抜した侍女の六人全員が懐妊したという報告を受けた。
「宜しおしたなぁ、無事に跡取り授かったみたいで‥
せやけどうち、様子見に行ってあげなはれ言うたけど3pして来いとは言うてませんで‥」
そういう智裕の顔は笑っているが額には青筋が浮かんでいる。明希は蛇に睨まれるカエルのような顔で食事を続けながら智裕から視線を逸らせた。
「まぁ、おめでたい話やしあれこれ言いませんけどな‥もう少し節操っちゅうもんを持ちなはれ
今、あの売女は正式に龍王院の当主ですよってあんまりうちに恥かかせるような真似は止めてくれはらんと困りますえ?」
思い切り釘を刺されるとぐうの音も出ない。明希はそれから余り龍王院家には顔を出さないようにした。
更に一年が過ぎ、やっと琴吹も当主業に慣れてきた頃、ようやく屋敷を自由に出入り出来るようになった。久しぶりに一人で歩く人込みは何だか懐かしくて心地良い。
暫く人込みを歩いてから陸橋を超えて駅に向かう。そして前から来た青年二人を見て琴吹は足を止め、少し目を細めてまた歩き出す。擦れ違った青年の一人が足を止めて琴吹を振り返った。
「何?知り合い?」
もう一人の青年が聞く。
「ううん‥」
振り返った青年はもう一人にそう返すとまた歩き出した。
「周防、多田、お前ら遅刻だぞ!」
陸橋の下で上を見ながら屯する集団の一人が言った。
「悪ぃ!俺が寝過ごしたー!」
多田は集団に向かってそう言うと光一と急いで陸橋の階段を駆け下りて行く。琴吹はその様子を振り返って見ると満足そうに向き直ってまた駅へと歩き出した。
おわり