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怨嗟 表・光一編

挿絵(By みてみん)


放課後の教室で屯する集団を横目に光一は忘れ物の体操着を回収してから教室を出ようとした。しかし何かが気になってもう一度屯している同級生に目を向けるがこれと言って何も無く、気のせいかと教室を出て家路を急いだ。

神社へ続く長い階段を上った先に光一の家はある。光一にとってはトレーニングにもなるし一石二鳥で良いのだがやはり荷物の多い時や疲れている時は大変なので少し回り道をして上る坂道を使った。こちらなら自転車や車も使えるので荷物の多い時は坂の下から迎えを頼んだ。今回もそうしようかと考えていたのだがもうすぐ夏合宿もあるし此処は踏ん張って上るかと階段下に自転車を止め荷物を両手に階段を上り始める。

「あれ?兄貴、帰ってたの?」

階段を上りきると見知った後姿を見て光一が言うとその人物は振り返った。

「おかえり‥今日は早かったんだな」

真琴は微笑みながら光一に声をかけた。

「うん、明後日から合宿だから‥それより兄貴こそ今、忙しいんじゃないの?」

「まぁな、だからちょっと息抜きに禊に来たんだ」

汗を拭いながら光一が言うと真琴は光一の荷物を半分持ってやりながら返す。

「今晩からするの?」

「いや、この後のお勤めから入るよ」

「それで袴なんだ」

「この格好すると引き締まるから良いよな

どうも略式だと普段着っぽくて身が入んないからなぁ」

そんな会話をしながら境内横にある自宅のドアを開けた。玄関に荷物を置くと真琴はまた境内の方へ戻って行く。

「あら、おかえり‥マコちゃんはもうお勤め行っちゃったのかしら‥」

奥から中年の巫女姿をした女性が駆けてきて光一に聞いた。

「兄貴なら今、行ったよ‥何?母さんも一緒にやるの?」

不思議そうに光一が聞く。

「そんな訳無いじゃない!

今日は相良さん達と一緒にお勤めするからその間、社務所の留守番よ

明日お焚き上げがあるからね」

母が答えると光一は「ああ」という顔をした。そしてガタガタと草履を出すと急いで出て行きかけてふと立ち止まる。

「あ、ちゃんと洗濯物と晩御飯の用意しといてよ!」

思い出したように言うと光一はハイハイと投げやりに返事をして母を見送った。この家ではこの神社の管理者として大人も子供も関係無く家事をするのがルールだ。始めは光一達の父が一人で管理していたがその死後は管理者不在という事で系列本社から臨時の神主が二名来ている。本来なら真琴が継ぐ筈だったのだがその能力の高さから本社に引き抜かれ、代わりに他の者がこの神社に派遣されていた 。光一も一応、神主を目指しているので正式に神主となればこの神社を継ぐ手筈になっている。

 〈俺が神主になっても龍神の祠のお務めは兄貴がやるんだろうな‥〉

荷物を片付けながら光一は心の中でごちる。本殿奥にある立ち入り禁止区画の祠には一部の陰陽師しか入れない。光一は優れた兄と自分を比べては少し悔しい気分になった。

洗濯機を回して晩御飯の用意をし始めると部員仲間からラインが入りそれを見ながらフライパンに火をかける。他愛のない会話に興じながら光一は慣れた手つきで夕食を仕上げていった。

 〈しまった‥兄貴に精進潔斎聞き忘れた〉

ラインに興じていて何時も通りの食事を用意してから光一はやってしまったという顔をする。以前、真琴が帰って来た時に精進潔斎期間で食事が出来なかった事が数回あるのだ。

 〈まぁ、どっちみち禊やるなら食わないかな?〉

困った顔のまま思い直して食卓の準備をしていると皆が帰ってくる。

「ああ!良い匂い!今日は何かな~?」

一番にリビングに入ってきた母が至福の表情で食卓へ駆け寄った。

「お疲れ様です‥あれ、兄貴は?」

後から入ってきた神主二人の後ろを覗き込みながら光一が聞く。

「マコちゃんなら禊に行ったわよ

珍しいわよね‥時間外に行くなんて‥」

「今日は別件での禊だって言ってましたから朝までに略式で済ませるそうですよ」

腰を下ろしながら母が答え補足するように神主の一人の相良が続けて座った。

「私ならそんなハードなのは音を上げてしまいますよ」

もう一人の神主である遠野も苦笑しながら言って腰を下ろすと光一はまた真琴の凄さを実感した。

それから食事を終えると光一は片付けを済ませて部屋に戻り合宿の準備を始める。用意を終えてゲームに興じていると電話が鳴ったのでゲームをしながらそれを取ってスピーカーで話し始めた。

『そう言えば今日聞いたんだけどさ

二組の町田居るじゃん?

あいつの兄貴がこの間、今度の合宿所の傍の廃墟で肝試し行ってきたんだって‥

超ヤバいらしくて俺達も合宿の時に其処で肝試ししようぜ!』

今日、屯していた中にいた一人がその町田で皆で熱心に話していたのはその話かと少し納得した。

「ヤだよ、兄貴にそういう所には行くなって言われてるから‥

だいたい合宿中なんかそんな気力無いって‥何時も皆すぐ寝るじゃん」

ゲームをしたまま素っ気なく光一が返す。

『また兄貴かよ‥お前、本当は怖いんじゃねぇの?』

「ああ、怖い怖い、俺は臆病者のクズ野郎だからな」

挑発するように言われるが慣れているのか即答する。前に挑発に乗ってえらい目に合ってから光一はおとなしく真琴の言う事を聞くようになった。

『ちぇっ、相変わらず詰まんねえ奴だな‥

でも永野と森下は完全に行く気だぜ?

他の奴は分かんねぇけどさ‥俺はその場の雰囲気で決めようと思ってっけどお前、マジで行く気ねぇの?』

「行かない、次の日、死んだら絶対、オニ川にしごかれるじゃん

俺は普通に練習して平和に合宿終わりたいんだよ」

『爺かよ!青春しようぜ青春!』

そんな話をしつつゲームを進めていると電話の向こうで何か雑音がした。

「何か電波悪いな‥お前、今、何処に居るんだよ?」

『え?家で合宿の準備しながら電話してるんだけど?

別に普通に聞こえてんじゃん?』

「何かさっきからノイズって言うか雑音酷くて偶に聞こえ難いんだけど?」

『そりゃお前んちが山の中だからだろ?』

光一に対して友人は茶化しながらそう答える。

「まぁ良いや、それより明後日の集合時間7時半に変更だっけ?」

『うん、オニ川が学校に用事あって一時間遅らせるって‥こっちはゆっくり寝れて助かるけどな

じゃぁ何時もンとこで7時15分に待ち合わせでな‥あいつらにも言っといて俺、これから風呂入るから』

「了解‥んじゃ明後日な‥」

光一は電話を切るとグループラインでは無く個別に何時も一緒に行くメンバーに待ち合わせ時間の変更を伝えてから飲み物を取りにリビングへ向かった。冷蔵庫から麦茶を取り出すとついでに冷凍庫からアイスを出した。

アイスを齧り、麦茶片手に椅子に腰を下ろすと真琴が腰にタオルを巻いた状態で入って来た。

「もう一回目終わったの?」

「もう二回目だよ‥」

光一が言うと真琴は時計を見ながら答える。時計を見てちょっと驚いた。体感ではまだ夜の9時くらいの感覚でいたが既に11時を回っていた。

「またゲームしてたんだろ‥」

真琴は呆れたように言いながら自分も麦茶を入れてきて腰を下ろす。

「まぁ、遊んでられるのは学生の内だけだから良いけどさ

この仕事就いたらあんまり自由に遊んでらんなくなるから今のうちに友達としっかり遊んどけよ」

そう言って真琴は麦茶を飲み干す。そして溜息を吐くとゆっくり立ち上がって新しい禊用の浴衣に着替えるとまたリビングを出て行った。

翌朝、朝のお務めを終えて朝食を取っているとようやく真琴が最終の禊を終えて戻ってきた。光一はリビングを出て速攻で風呂に向かう真琴の背中を見ながらその後を追った。

そして脱衣所でずぶ濡れの衣を脱いで素っ裸の真琴をじっと見ている。

「何だよ?」

「いや‥今日はやっぱり痣が出てるなと思って‥」

訝しげに真琴が聞くと光一は真琴の腰と尻の間辺りを見ながら言った。

「ああ、これ?

何か偶に出てくるんだよね‥血行とかの加減かな?」

余り気にしていない感じで答えると浴室へ入った。光一は何となくこの痣が出ている時の真琴が、真琴で無いような気がしてならなかった。脱衣所に来たついでに洗濯機を回すとまたリビングへ戻って熱いお茶を入れる。暑い時期でも朝食後は熱いお茶を飲むのが習慣だった。

「マコちゃん終わったって?」

「終わったみたいだよ

風呂入ってったから‥」

母に聞かれると簡潔に答える。何度か禊をする時は寒い時期でない限りは終わるまで湯船に浸かる事が無いので風呂に入ったという事は終わったという事なのだ。

「今日は相良さん外回りだったよね?」

「午前中だけね‥昼からは買い出しには行くけど‥」

「じゃぁ買い出しの時にのっけてって‥合宿で使う携帯シャンプーとか買いたいんだ」

光一が言うと相良はにこやかに頷いた。

それから暫くして各々仕事を始めると光一はソファに移動してスマホを見ながら真琴が風呂から上がって来るのを待つ。

「はー‥あっつい!」

ドアを開けると開口一番、真琴は言いながらリビングに入ってくる。

「何か食べる?今、精進潔斎中?」

すぐにソファから立ち上がると光一がそう聞いた。

「もう腹ペコペコ‥今回は神様系じゃ無いから肉が食いたい」

入れ替わりにソファに腰を下ろすとダレる様にそのまま横になる。

「パンツくらい履けよ‥また母さんに怒られるよ」

キッチンで真琴の食事を準備しながら光一が言う。やはり真琴はタオル一枚、腰に巻いただけでそのままだらけていた。

「紀代子さん今日はお焚き上げの手伝いで昼まではこっち戻って来ないだろ?」

真琴は光一や紀代子と二人の時は義母の事を名前で呼んでいた。半分ウトウトしながら答えると手だけ動かしエアコンのリモコンを探る。こういう真琴を見ているととても本社がスカウトするような優秀な神主には見えなかった。

手早く光一は在り物で食事を作るとテーブルに並べる。真琴は目を閉じ、エアコンの風を感じながら浅い眠りに落ちているようだ。

「出来たよ‥」

少し大きめの声で伝えると真琴はふっと目を開けてのっそり体を起こすとテーブルの方へ移動する。光一は何となく痣を確認してみたがもう同じ場所にそれは無かった。まるで龍の彫り物でもしたような薄青っぽい痣に気付いたのは此処五~六年ほど前の事だ。小さい時からよく一緒にいたがそんな痣等無かった筈なのに何時の間にか偶に見るようになった。始めはタトゥーでも入れたのかと思ったが有ったり無かったりするのでそうでは無いとすぐに気は付いたが不思議な事にそれが出ている時の真琴は雰囲気が少し違うように思えた。何処がどう違うとハッキリ断言は出来ないのだが強いて言えば纏う空気感が違うとでもいうのだろうか‥とにかく別人のような感覚を覚えた。

「ちゃんと着ないと風邪引くよ」

「だって暑いし怠いし眠いし‥」

光一が小言を言うとまるで駄々っ子のように半目で食事に手を付けながら真琴は返す。こういう時はどちらが兄か分からない。

「神事の時はピシッとしてる癖に家ではホントにだらしないよな‥」

光一が呆れながら言うとコップに冷たい麦茶を入れて持ってくる。

「だって此処だけが唯一俺の安息地なんだよ、聖域なんだよ」

寝ぼけ眼で光一を見ながら真琴は言うがその目はもう閉じてしまいそうだった。

「仮眠取るならちゃんと服着てからにしてくれよ

それと昼から相良さんと買い物行くけど今日は家に居るの?」

「仮眠取ったらすぐ出てく‥昼前には出ると思う‥多分‥」

光一に言われ真琴は子供のように半分ウトウトしながらも答えつつ食事を終えるともう一度ソファに横になる。

「だからちゃんと着てから寝ろって!」

テーブルを片付けながら言うが真琴はもう既に寝息を立てていた。

腰に巻いたタオルがかろうじて陰部を隠している程度で寝そべる兄を見て余りのだらしなさに大きな溜息が出る。光一は後片付けを済ませるとタオルケットを持って来て真琴の身体を覆いリビングを後にした。

部屋に戻ってまたゲームに興じて昼前にリビングに戻るともう其処に真琴の姿は無くタオルケットも片付けられていた。

一つ溜息を吐くと光一は昼食の準備を始める。何時ものように軽めの昼食を用意していると真琴がリビングに入って来た。

「あれ?まだ居たの?」

光一が声をかけると真琴は荷物を整えながら床に置いてキッチンに入って来た。

「もう出るよ‥それよりお前、あんまり危ない所に行くなよ?」

冷凍庫からアイスを出して言うと包みを捨てながらアイスを齧る。

「分かってるよ」

少し鬱陶しそうに光一が答えると真琴はアイスを齧りながら料理をする光一の肩を軽く払うように叩く。

「そういう割に雑多なモノが憑いてるぜ」

真琴は光一が振り返るのを見ようともせずにそのままキッチンを出て荷物を持った。

「何か憑いてた?」

「大したモンじゃ無いからどっかで拾ったんだろ?

此処は神域の外だから変な気がする時はちゃんと鳥居潜ってから帰って来いよ」

真琴は言い置くと何時ものような感じでその場から去って行った。光一はそんな後姿を見送るとまた調理を続ける。この家は神社の境内に面してはいるが神域の外に当たり、家に直接出入りする時は鳥居の横、即ち神域を通らずに出入りする事が多い。そして雑多なモノを憑けて帰ってくる度に光一は真琴からそう言われた。

 〈やっぱ、あの昨日の雑音はこれが原因だったか‥〉

昨日の電話の際に感じたモノに納得しながら自分の鈍さに少し落ち込んだ。

真琴は家を出るとお焚き上げの片付けをする氏子達に遠目で労うように会釈をすると境内を出て階段を下りながらスマホを出し何処かへ電話をかける。

「もしもし‥うん‥面倒だから殺しちゃったけど別に構わないだろ?

これから官舎に帰って用意したら行くから‥何時もの所で‥じゃぁ」

電話の相手と何やら物騒な会話をして電話を切ると立ち止まって空を眺めた。

 〈今日も暑くなりそうだな‥〉

茹だるような暑さに少し眩暈を覚えながら心の中で呟くと溜息を吐いてまた歩を進めた。


合宿初日の夕食後、毎年恒例の他校女子の品定めが光一達の大部屋で始まる。合宿施設の隣にスポーツ施設が隣接しているので毎年、長期の休みに入ると中学から大学まで多くの学校がこの施設で合宿をするのだ。

「河高の女バスに可愛い子がいたぜ」

「壱大の水泳部のが最高だろ!」

「やっぱ安定の桜高のテニス部じゃね?」

それぞれ好みの女子をチェックしてはこういう話に花が咲く。何時もの事だがその話を聞くと用事も無いのにロビーに屯しながら互いの推しをチェックするのが初日の恒例行事になっていた。きっかけを掴んで上手く話しかける事が出来れば翌日は地獄の練習も楽しい一時に変わる。明日はランメニューがメインなのでグラウンドを利用しそうな女子を見繕って数人が話しかけていた。

「相変わらず坂田はマメだよなぁ‥」

「はは、あいつ毎年、合宿には命かけてるよな

そう言えば水上の女バスの子と付き合うって言ってなかったっけ?」

「あれ即効フラれたらしいぞ」

既に彼女いる組とそういう事に余り興味の無い組はそれを遠目で見ながら談笑する。光一も興味無い組なので普段はこちら側で談笑しているのだが今日は初日から飛ばし過ぎたせいか早々に風呂を済ませて寝てしまっていた。夜の8時を過ぎると各校の顧問がロビーやエントランスを徘徊しながら生徒達に部屋に戻るように促し始めるがそうなると話が盛り上がっている生徒達は人目を避けて施設の周りや非常階段等に場所を移して話し込み始める。これも毎年ある光景だ。

光一が喉の渇きでふと目を覚ますと皆は戻ってきていて部屋の隅で談笑したり寝る準備をしていたが一部の部員の姿は無かった。

「あれ?岡っち達は?」

寝ぼけ眼で光一は隣で寝る準備をしていた多田に話しかける。

「ああ、あいつら桜高の奴と話し込んでるよ

それより大丈夫か?何か顔赤いぞ?」

「うん‥ちょっと寝たからだいぶ楽になった

それより喉乾いたから何か買って来るよ」

多田が少し心配そうに言うと光一は少しぼうっとしたまま立ち上がりカバンから財布を出してフラフラと歩き出した。多田はそれを見ると自分も財布を出して光一の後に続く。

エレベーターホールまで来ると自販機でミネラルウォーターを買って光一はその場に屈んで一気に飲み干す。多田もジュースを買って隣に屈むと同じく飲んだ。

「初日から飛ばし過ぎたー‥」

項垂れながら光一がぼやく。

「ってかちょっと熱中症気味なんじゃねぇの?

焦ってあんま飲み物取らずにやるからだよ」

「だってまだ全然自己ベスト更新出来てねーし‥ホント、ここ数日スランプだ」

多田に言われる迄も無く焦って自滅している事には気付いていたがどうにもコントロールが利かない。

「とりあえず明日はランだから適当にサボって体調戻せよ

メインメニューの明後日までに体調戻さねぇとだからな」

ジュースを飲み干して立ち上がると多田がそう言いながら光一に手を差し出す。

「そうする」

その手を取って立ち上がると光一はもう一本ミネラルウォーターを買ってから部屋に戻った。

翌日、午前のグラウンドでの走り込みを終える頃にはだいぶ光一も元気を取り戻し、午後からの頂上迄の二往復も何とか無事に走り終える事が出来た。

「俺達は陸上部でも野球部でもねぇっつの!」

口々にそうぼやきながら皆は施設へ帰って来る。食事を終えて風呂を済ませると一部の元気な部員を除いてすぐに自主的に消灯となった。

翌日はこの合宿のメインであるタイムトライアルと個人練習で昨晩もロビーでナンパに明け暮れていたグループも流石にその日は皆仲良く早くに消灯していた。

その翌日は午前に筋トレをした後、午後からは調整の為に自由練習となった。半分はプールへ行ったが半分はグラウンドや引き続き筋トレをする。ナンパ組は勿論、女子と接触出来る筋トレやグラウンドメニューだ。光一は多田達と一緒にプールへ来ると伸び悩んでいた個人練習に励んだ。その晩、やはりプール組は光一を含め殆どが早めに消灯したがナンパ組は予定通り廃墟へ他校の女子とこっそり肝試しに出かけて行った。

合宿最終日、光一達、早い消灯組が目を覚ますとナンパ組が帰って来た形跡が無く、少し大部屋がざわつき出した頃に副顧問が部屋にやってきて最終日の練習は中止すると告げた。早々に荷物を纏めてロビーに集合するように言い置いて慌てながらすぐに出て行く。その様子に部屋に居た全員がナンパ組が何かやらかしたのだろうと推測した。

荷物を纏めてロビーに集合すると下級生達はもう既に集まっていて何やらざわついている。

「何があったか聞いてる?」

多田が後輩にそう声をかけると青い顔で多田を見たままそれぞれ口籠る。

「あの‥岡本先輩達が山下達連れて他校の女子と昨日、廃墟に肝試しに行って‥俺等は見張りにホテルに残って裏口で待ってたんですけど3時間以上待っても帰って来ないし怖くなって沖川先生呼びに行って事情説明して見に行って貰ったんです

やっと帰って来たと思ったら皆可笑しくなってて‥」

其処まで言うと泣きそうな顔で口を噤んだ。

「そうか‥」

多田はそれだけ言うと後輩を気遣うように肩をポンと叩いてから顧問が下りてくるのを待つ。10分もしない内に副顧問だけが下りてきて一部の生徒が体調不良により緊急搬送されたので合宿を中止して帰校する旨を伝え、バスに乗り込むように誘導した。帰校するとすぐに解散となり暫く部活は中止される事となった。

数日後、多田がキャプテンからその後の詳細を聞き出して光一宅を訪れた。

「長谷川も細かい話までは聞いてないらしいんだけど岡っちと坂田が永野と森下にごり押しされて例の廃墟に行ったんだと‥

元々、永野と森下ってナンパ下手じゃん?

だから始めからそのお零れ貰おうと思ってたみたいだな

俺も飯の時に誘われてちょっと迷ったけどお前、行かないっつってたから結局断ったわ

そんで他の奴にも声かけたけど人数集まんなくて後輩呼び出したらしい

まぁ、山下達は岡っち予備軍だったから喜んで行ったみたいだけどな‥」

光一とゲームをしながら多田は聞いた話を伝えた。

「それで岡っち達どうなったって?」

光一もゲームを続けながら聞く。

「何でもすっごい錯乱状態でオニ川達も手が付けらんなくてすぐに救急車呼んだって‥

一緒に行ってた女子も二人ほど気を失ってたらしいし向こうの顧問もかなり慌ててたらしいぜ

女子の方はどうか分かんないけど岡っち達の方は病院運ばれた後に親が迎えに来てすぐに連れて帰ったってさ‥だから怪我とかはしてないんじゃね?

どっちみち自業自得だし‥ってか俺達とばっちりで大会棄権だからな!」

ゲームを続けたまま多田は言うと少し悔しそうに締め括った。

「最後の最後がこれで何か空しい三年間になっちまったな‥」

光一も手を止めずに小さく返す。

「あー‥くそっ!

俺やっと少しタイム上がって来たのに‥今年はベスト8入れると思ってたのにな!」

多田は手を止め天を仰ぐと怒鳴った。光一は手を止めずにゲーム画面を見つめながら黙り込む。

「まぁ、でも、やっちまったモンは仕方ねぇ

切り替えて受験勉強すっか‥」

ゴロンと横になって諦めたように多田が言うと光一はチラッとそちらを見る。

「進路どうすんの?やっぱ三木大?」

ゲーム画面に視線を戻し光一が聞くと多田は大きく溜息を吐く。

「どうすっかなぁ‥スポーツ推薦ならそっちだけど俺、島津大行きたいんだよな‥

好きでも結局プロになりたい訳じゃ無いしそれ考えると将来やりたい方面行っとく方が良いかなって‥長谷川と木南は三木大推薦して貰うって言ってたけどお前はどうすんの?」

「俺は神道の大学行く

此処で神主やりたいし‥ってかそのつもりでお務め手伝ってるしな」

多田の質問に即答する。

「目的はっきり決まってると楽だよなぁ‥

俺なんかブレブレだもんなぁ」

答えてもう一度、大きく溜息を吐いた。多田はもう一度ゲームを再開すると二人は無言でゲームを続けた。

「明日、坂田んちに俺と長谷川達で見舞いに行くんだけどお前も来る?」

「そうだな‥暇だし行くよ」

帰り際、多田が言うと光一はそう返した。多田と同様に今回の事で少し嫌味を言ってやりたいのだ。

「じゃぁ明日の一時半に何時もンとこで‥」

「分かった‥じゃあな」

玄関先まで多田を見送ると光一は溜息交じりに部屋に戻った。


翌日キャプテンの長谷川、副キャプテンの江藤、そして多田と光一の四人で坂田宅を訪れた。

「救急搬送されたって聞いたけど元気そうな感じだな」

玄関先で長谷川がそう言いながらお見舞いの菓子を手渡すが坂田は何だか思いつめたような顔で四人に入るよう促す。

「勝手な事して悪かったと思ってる‥本当にすまん!」

部屋まで来ると坂田は四人に頭を下げた。余りな痛々しいその態度にそれぞれ言いたい事は飲み込んだ。元々、人一倍責任感は強い方だった坂田が今回の件でどれだけ落ち込んでいるかは見てすぐに理解出来る。

「とにかく詳しい話、聞かせて貰っても良いか?

このままじゃどっち道、俺等も納得出来ねぇし後輩にも示しが付かねぇからさ‥」

諦めたように長谷川に言われて坂田は少し視線を下げる。

「あの日‥岡っちと俺と牧村で自主練の時に那賀校の女子に声かけてさ‥結構、盛り上がって飯の後にまたロビーで話そうってなったんだ

そんで飯食った後でさっさと風呂済ませて那賀校の女子五人と俺等三人で話してたら永野と森下が割って入って来て廃墟に肝試し行こうって言い出してさ

俺等始めそんなつもりも無かったし那賀校の女子も嫌がってたんだけどあいつら本当に強引でさ‥あんまりしつこいんで結局は皆、渋々行くかってなったんだよ

そんでそれ聞いた向こうの女子が自分等も肝試しなら行きたいって言い出した奴が加わって女子のが多いから後輩に声かけて見張りと追加で山下達を呼び出してオニ川達がロビーうろうろしなくなった頃を見計らって裏口から出て行ったんだ

始めこそ何だかんだ言ってもやっぱ実際、行くとまた盛り上がって楽しかったんだよ

廃墟に入る時も女子があんまキャーキャー言うもんだから俺等もどんどん調子乗ってきてさ‥その内に女子の一人がやばいやばい言い出して‥」

其処まで言うと坂田は沈黙したまま震え始める。そして何も言葉を発さず震えを押さえるように自分の身体を抱きしめ、抑えながら目を見開いて違う何処かを見た。

「おい!」

それを見て長谷川が声をかけたが坂田はそのまま動かず息を荒げ始める。

「おい!しっかりしろよ!」

強く坂田の肩を掴んで言うとようやく坂田は驚いたように長谷川を見た。

「何があったんだよ?」

長谷川の後ろから江藤が怖い顔で聞くが坂田はそんな江藤に視線を移し、また申し訳無さそうな表情で視線を落とした。

「信じて貰えないかもしれないけど‥俺、ハッキリ見たんだ

あの廃墟に化け物が‥俺、ビビッて皆を置いて逃げた

逃げた筈なのに‥表に出たら皆いて俺の事、見て笑ってんだよ

何かそれがとてつもなく惨めでついカッとなって殴りかかろうとしたらまた廃墟の中にいてさ‥俺もう訳分んなくなって必死に逃げたんだよ

でもやっぱり廃墟の中に居て‥」

どんどん顔を青くして終いには泣きながら何とか其処まで言った。どれほどの恐怖だったかその様子で皆は察する事が出来た。かける言葉も無く一同は沈黙する。

「信じるよ‥」

一番後ろでポツリと光一が呟くと坂田は顔を上げて光一を見た。光一が躊躇うように少し微笑むと坂田は声を上げて泣き始めた。

それから坂田が落ち着くと四人はそれぞれ元気付ける言葉だけ残して坂田邸を後にする。

「それにしても化け物って‥嘘じゃないかもしれねぇけど幻覚か何かだろ?」

現実派の江藤がそう溢しながら頭を掻く。

「まぁ、パニクって可笑しなモン見るのは誰だってあるからな‥俺も小学校の時に川で溺れかけて河童見たわ」

長谷川は一見、茶化しているような内容の事を真面目な顔で言った。二人が話している後ろで多田はチラッと隣の光一に視線を向ける。その視線に気付くと光一は複雑そうな表情をした。この部で光一に霊感があるのを知っているのは親友の多田だけだ。

「あいつに何か憑いてんの?」

多田が聞くと光一は何も言わずに多田を睨み付け前を歩いていた二人は立ち止まって二人を振り返る。

「何の話だ?」

長谷川が多田に聞くと多田は光一に話していいか視線で確認をする。光一は難しそうな顔をしながら少し視線を逸らせた。

「こいつ黙ってるけど実は霊感あんだよ」

多田は返事を待たずに長谷川達に言った。

「は?マジ?」

江藤はバカにするような笑いを浮かべて言うが光一は何も返さず三人から視線を逸らせたまま黙っている。その深刻な表情に江藤は表情を戻した。

「今の話‥マジ?」

今度は真面目なトーンで江藤が聞き返すと光一は少しだけ頷く。

「それで‥坂田に何か憑いてるのか?」

長谷川が短く聞くと光一は少し言い淀んだがこの二人なら信頼出来るし良いかと諦めた。

「憑いてるのが凄く嫌な感じの奴だけど俺、まだそういうのは祓えないから‥一回、兄貴に相談してみようと思ってる」

「え?お前、お祓いとか出来んの?」

光一が言うとまた江藤が半笑いで言った。

「こいつんち神社だからな」

バカにした江藤を往なす様な雰囲気を醸し出して多田が答えた。光一はまた余計な事を言うと多田を睨む。

「そんなに坂田に憑いてる奴は厄介そうか?」

そういう話を信じているのかいないのかやはり普通のトーンで長谷川は聞いた。

「俺もそんなに強い訳じゃ無いからよく分かんないけど悪意はハッキリ分かる

あれはほっといたらダメな部類だと思う」

余りに深刻そうに光一が言うので流石の江藤も言葉を無くした。

「とにかくどうしたら良いか兄貴に連絡して聞いてみるよ

すぐに捕まるか分かんないけどこのままにはしとけないし‥」

余りに複雑な空気感に堪え切れずに光一は少し明るめのトーンで続けた。

「俺達に協力出来る事が有るならするから何時でも言ってくれ」

長谷川が言うと光一は躊躇いがちに頷く。集合した場所まで戻って来ると四人は涼を取りに喫茶店に入った。

「俺フルーツパフェとジンジャーエール頼んで」

光一は席に着くなり多田に言って真琴に電話をかけた。

「あ、忙しいのにごめん‥ちょっと聞きたい事が有んだけど‥」

『悪いけど今から仕事に入るから一時間後にもっかい電話して‥じゃ』

長いコールの後に真琴が出ると光一は言ったがそう言ってすぐに切られてしまう。光一は溜息交じりにスマホを眺めてテーブルに置いた。

「今から仕事だから一時間後にかけ直せって‥」

「相変わらず兄貴、忙しいんだな」

多田が言いながら水を飲み干す。

「この時期はお祭りやら祓が多いから仕方ないよ

特にうちみたいな小さな神社と違うから仕事も多いみたいだし‥」

「兄貴って神主やってんの?」

多田に答えた光一に江藤が割って入る。

「こいつんちの兄貴、何かすげぇ人らしくて系列本社からスカウトされてそっちで神主やってんだよ」

光一の代わりに多田が返すと光一はまた余計な事を言うと多田を睨む。

「向こうは大きな神社で沢山居る神主の一人だから‥」

「へぇ‥何か意外、ってか初めて周防んちが神社だって知ったわ」

相変わらず江藤が茶化し交じりに言うと光一はだから言いたく無かったのにという顔をした。

「こいつバカにされんのが嫌だからそういうの絶対言わないからな

中学の時それでよく揶揄われてたし‥霊感だってあんの知ってるのは中坊から一緒の俺だけくらいだし‥」

多田はそう言って暗にこの話は内緒にするよう二人に釘を刺す。光一はちゃんとフォローする多田に言いたい事を飲み込んで窓の外に視線を移した。

それからあれやこれや話している内に三十分が経とうとした頃、真琴の方から光一に電話がかかってきた。

『今、何処に居んの?家?』

「山東の近くの茶店で連れと駄弁ってる」

『そっか、じゃぁ、こっからあんまり遠くないな‥今からそっち行くからちょっと待ってろよ』

そんなやり取りをした後に光一は真琴が今から来る事を皆に告げる。15分ほどで真琴は光一達の居る喫茶店に顔を出した。真琴は一人では無く連れと一緒で光一は少し緊張した。

「ちわっす!」

多田が真琴に挨拶すると長谷川と江藤も軽く会釈した。

「多田っち久しぶりじゃん」

真琴は懐かしい顔に微笑みながら言って光一達の隣の席に腰を下ろした。長谷川と江藤は真琴の姿に少し驚いたような顔をしていた。何より真琴の連れにも少し引いている。それでなくとも連れ立って歩く金と銀の髪色は目立った。

「あ、こっちはうちのキャプテンと副キャプテンの長谷川と江藤」

光一もその金髪に目を奪われていたがハッとして真琴に二人を紹介した。

「何時も弟が世話になってるね」

真琴が二人に言うと二人は少し躊躇いがちに会釈する。

「ちょっと仕事の関係でこいつも一緒だけど気にしなくて良いから‥」

それから真琴は視線を合わせようともしない明希を指し言う。

「で、話って何?」

真琴が聞くと光一は合宿で起こった事を一通り話した。長谷川達も時折それに補足してくれたお陰で真琴はだいたいどういう状況だったか呑み込めた。

「それでお前はそいつに何を感じた訳?」

真琴は先程、坂田から感じた気配を光一に問う。

「なんて言うか‥悪意というか恨みの塊みたいな感じがした

このままほっとけない気がしてさ‥」

複雑な表情で上手く説明出来なくてもどかしそうに光一が答える。

「正解、感覚は合ってるよ

でも遠隔だと分かんないな‥仕事の合間に見て来るから場所、教えてよ」

真琴が言うと多田はすぐに地図アプリを起動して場所を伝えた。

「此処、分かる?」

真琴は明希にそれを見せた。位置情報だけ確認すると明希はスマホを出して何処かに電話をかけ多田のスマホを返す。

「今、送った場所の情報があるか見てくれ‥

ああ、其処だ‥ざっくり上がってきた情報をこっちに転送しといてくれ‥じゃあな」

明希は手短に電話を切ると真琴に目配せした。

「じゃぁ、後の事は処理しとくから‥また何かあったら連絡してよ

俺、暫く忙しくて帰れないから‥」

真琴が自分の席の伝票と光一達の席の伝票を取って立ち上がると明希もそれに続き二人は早々に茶店を出て行った。

「真琴さんの連れ‥めっちゃ派手な金髪だったな‥」

「俺も兄貴の仕事仲間初めて見た‥向こうの神社の人は会った事あるけど術師の仕事関係は身内に絶対会わせないから‥」

多田が言うと光一もちょっと驚きながら答える。

「って言うかお前ってハーフだったの?」

江藤がもろに外人顔の真琴を思い返しながら聞く。

「兄貴はハーフだけど俺は生粋の日本人だよ

親父の前の奥さんがロシア系の人だったから‥」

これも小さい頃からよく聞かれている事で説明が面倒臭いので高校に上がってからは家族の話は極力していない。

「でも何だかあの見た目で神主って言われても想像し難いな」

長谷川がポツリと言う。

「普段着だと想像し難いけどちゃんと正装するとしっくり来てるぜ

って言うか全く違和感ねぇよな」

多田は光一に言いながら残ったクリームソーダを片付ける。光一は苦笑交じりに同意すると席を立った。これで一安心とばかりに四人は安堵の表情でそれぞれの家路についた。


真琴は明希とその足で廃墟を訪れる。

「明希ちゃんは此処で待っててよ」

そう言って真琴は車を降りた。

「一緒に行かなくて良いのか?」

「結界も領域も無いし一般人が影響受ける程度のスポットみたいだから問題無いんじゃない?

それとも此処でしてく?」

窓を開けて明希が声をかけるとそう答えて艶っぽく明希を見た。

「待ってるよ‥」

呆れたように言うと窓を閉める。どうやら光一達の話を聞いていた頃から琴吹だったようだ。

琴吹は一通りざっくりと回ると廃墟に居る雑多な霊を祓って場に浄化を施し繋がれた呪いの道も塞いだ。思いの外それほど苦も無く処置を済ませると明希の待つ車へ戻る。

「終わったよ‥それよりせっかくだから此処で少し遊んでこうよ」

琴吹は車に乗り込むと明希の座る運転席に身を寄せて明希の身体を弄り始める。

「後でちゃんと相手してやるからもうちょっと辛抱しろよ

それより例の件、片付けるぜ」

琴吹の身体を助手席に押し戻すと明希は車を出した。


その二日後、光一は課題を終わらせ昼食準備をするまでの間の休憩中に多田からの電話を取った。何の気なしに何時ものように電話に出た光一は多田の言葉に電話を手にしたまま固まっていた。

『町田の兄貴も昨日、死んだって‥

真琴さんまだ廃墟見に行って無いのかな?』

多田は少し動揺したまま言ったが光一は呆然としている。真琴が処理した案件で失敗など聞いた事は無い。もしまだ廃墟を訪れていないなら町田の兄の事を話さなかった自分に責任があると思った。

『おい!大丈夫か!?』

強く言われて光一はようやく我に返る。

「とにかく一度、兄貴に電話してみる

連絡付いたら折り返すよ」

そう言って切ってすぐに真琴に電話をかけたが繋がらず5分おきに電話をかけ10回目のコールで諦めると多田に折り返しの電話を入れた。

「兄貴と連絡が取れないんだ

もしかしたら神事でもしてるかもしれない‥

もう少し時間を空けながら連絡してみるから連絡付いたらまた電話するよ」

そう言って電話を切ると光一は何度も真琴に電話をしたが全く繋がらない。坂田の事が心配になって昼から多田と一緒に家を訪問する事にした。坂田は少しやつれたようだったがまだ何とか正気を保っていて少し元気付けてから一旦、自宅に戻る。真琴と連絡が取れたのは翌朝の事だった。

「良かった、やっと繋がった」

『どうしたんだよこんな朝から‥』

安心したように光一が言うと琴吹が返す。

「例の廃墟の件なんだけど‥」

『あれならもう処置は終わってるよ』

「それって何時やったの?」

『お前らと会った後に通り道だったからついでに片付けておいた』

「だったら何で廃墟行った奴がまだ死んでくんだよ」

少しの沈黙の後に光一が絞り出すように言う。

『死んだって‥どういう事?』

琴吹が聞くと光一は合宿の前に町田の兄が廃墟に行っていた事とその町田の兄と坂田達と一緒に廃墟に行った他校の女子生徒の一人が死んだ事を告げた。

「心配になったから坂田の所へ様子見に行ったけどあの影もやっぱり消えて無かった‥だったらこれってどういう事だよ」

怒りをぶつけるように光一は言うと声を詰まらせた。

『処置も呪いの切り離しも完璧にした筈だ‥とにかくもう一度見に行くよ

連れとその他には式を送るからもう心配しなくて良いから‥』

慰めるように言い置くと電話を切った。

光一は多田に連絡を入れてその事を伝える。

「じゃぁ真琴さんの守りが来るまで俺達が坂田に付いててやろうぜ」

多田の提案に乗ってまた坂田宅を訪れると坂田では無く母親が対応した。具合が悪そうなので仕事を休んでいるとの事だった。坂田の母に部屋に案内されると坂田は部屋の隅で極度に怯えながら耳を塞ぐようにガタガタ震えていて光一はその様子に立ち竦む。

「おい、大丈夫か?」

多田は声をかけながら坂田に近寄るが光一は足が竦んで動けなかった。何故なら光一の眼には坂田に取り憑くモノの姿が見えていたからだ。淀んだ漆黒に恨みや憎しみの表情を称えた顔が無数に浮かぶ影が坂田の身体に纏わり付くように絡んで耳元でしきりに何かを囁いていた。しかもこの間よりもそれは濃くなっているように見える。多田はしきりに坂田を元気付けようと声をかけていて光一は意を決して傍に歩み寄ると坂田の前に腰を下ろして祓の祝詞を唱え始めた。

多田はそれを見て少し二人から距離を取るとじっとそれを眺める。光一は一心不乱に祝詞を唱えながらその化け物にこの場から去るように心の中で呟き続けた。

暫くそうしていると何となく場の空気が軽くなるのを感じ光一は二度、柏手を打って祝詞を終えた。

「声が‥聞こえなくなった‥」

坂田が安心したように言うと多田もホッとしたような顔をする。

「どうやら間に合ったみたいだな‥」

光一も安心しながら言うと深く溜息を吐いた。

「すげぇな‥お前ちゃんと祓えるじゃん」

多田が言うと光一は照れたように微笑んだ。

「多分もう大丈夫だから‥」

「ありがとう‥本当に悪かった‥」

光一が言うと坂田はそう言って泣いた。二人は坂田が落ち着く頃を見計らって坂田邸を後にする。

「とにかく一件落着かな」

「そうだな‥でも何とかなって正直ホッとしたよ

俺、こういうの初めてだからさ」

多田が言うと光一も少し気が抜けたように返す。

「でもカッコ良かったぜ

やっぱあの真琴さんの弟だよなお前」

多田が感心するのには訳がある。中学の頃に多田は光一と共に真琴に助けられた事が有ってそれからは真琴の事を凄く信頼しつつその力強さに憧れていた。

「はぁ‥もうすぐ夏季講習か‥

なぁ、夏期講習始まる前に海かプールでも行こうぜ」

「別に良いけど‥俺は前半の夏期講習参加しないから多田の都合に合わせるよ」

「え?行かないの?」

「うん、夏祭りの前に祓行事があるからそれに参加するんだ

だから禊したりするからパスする

それが終わってからの後半に参加するよ」

そんな何時もと変わらない話をしながら帰路に着き、途中で多田と別れると光一は何時もの道を少し軽い足取りで歩いていた。ふと何かを感じて振り返る。

「気のせいか‥」

光一は呟くとまた歩き出し神社へ続く階段を上って鳥居の手前から家に向かった。遠くで何か聞こえたような気がしてもう一度、振り返る。しかしやはり変わりはない。何だか少し怖くなって光一は早々に自宅へ入った。坂田の家で見たアレがフラッシュバックして幻聴でも聞いたのかもしれないと思いつつ気を取り直してキッチンへ行って麦茶を入れる。光一は氷を一杯入れた麦茶を手に部屋に戻るともう一度、真琴に電話をしてみたがやはり出なかった。

 〈何か問題でもあったのかな‥〉

そう考えながら電話を切るとゲームを始めた。

相変わらずゲームを始めると夢中になったが明らかな気配に光一はゲームを止めて振り返る。しかし部屋に誰かが居る筈も無くもう一度ゲーム画面に視線を落とした。

表で声がしているは皆が祭りの用意でもしているのだと思ったが可笑しな事に気付く。その声は遠くで話しているのでは無く明らかに部屋の中で小声で話しているのだ。それに気付くと光一は少し躊躇いがちに少し辺りを見るが何も居ない事を確認してホッとした。

「‥し‥よ‥だろ?」

しかし相変わらず話し声は微かに聞こえる。その内にどんどん話声は近くなり耳元ではっきりし始めた。

「死にたいんだろ、死ねよ」

はっきり聞こえて光一はゆっくり声の方を見ると坂田に纏わり憑いていたアレが真横に居た。多くの顔が穴だけの眼で光一を見て口々に死ねと囁いている。気付けば何時の間にか気を失っていたのか光一は目を覚まし辺りを見たが何も無かった。転寝でもして怖い夢でも見たのかもしれないと思い、気を取り直して飲み物を取りに階下へ降りる。

「母さん達、今日も遅いから適当に何か食べなさいね

晩は戸川さんの所で頂くから‥」

「分かった」

廊下で紀代子と鉢合わせしてそう言われると光一はぼんやり返した。キッチンで麦茶を一気飲みして落ち着くと一つ溜息を吐いた。しかし強烈な気配に恐々後ろを振り向いたが何も無くてもう一度向き直りコップを手早く洗うと自室に戻る。言いようのない不安から布団に包まり一点を見ながら動けなくなった。

「死ねよ」

すぐ耳元でそう聞こえると目を見開いた。布団に包まったまま辺りを見たが何も見えない。ただ多くの声でずっと死ねと囁かれているだけだ。光一は何とかスマホを手に取ると真琴に電話をするがやはり出ない。絶望の内に電話を切ると布団に包まりながら泣いた。

何度目かのコールでようやく真琴が電話に出る。

「俺‥しくったかもしんない‥」

ようやくそれだけ言うと光一は言葉を詰まらせる。それから暫くして真琴が駆けつけてようやく安心する事が出来てまた泣いた。真琴があっと言う間にそれを祓うと光一は意識を失った。

翌日、目を覚ますと光一は何時ものように皆に朝食を作り朝のルーティンに入った。何かあった気はしたがよく思い出せない。そのまま何時ものように過ごしていた。昼からは暇を持て余し近くのショッピングセンターへ少し買い物をして帰って来た。神社への階段手前で見慣れない男が階段上の方を見ていたが光一に気付くとこちらを見て少し微笑んだ。

「君が光一君かな?」

男は言いながら歩み寄ってくると光一は遠慮気味に会釈する。

「ちょっと君に話したい事が有ってね

君のお兄さんの真琴君の事なんだけど‥ゆっくり話したいから明日キングモールのサシャという店まで来てくれないかな?

ちょっと込み入った話なんで家族の人には内緒で来て欲しいんだけど‥」

男はいやらしい笑みを浮かべ光一の身体を舐めるように見ながら言う。

「別に構いませんけど‥兄貴の話って何なんです?」

その不快な視線から外れる様に半身引くと光一が問うた。

「真琴君の秘密に関する大事な話だよ

とにかく君にだけは話しておきたいから来て貰えるかな?」

まるで獲物を誘う肉食獣のような目で光一を見ながら答える。

「分かりました」

「じゃぁ明日の朝10時にサシャで‥」

光一が答えると男はそれだけ言い残して去って行った。光一は不振には思ったが術師仲間なのだろうと気にしないようにした。

自宅に帰り買ってきた菓子を摘まみながらまたゲームに明け暮れた。日が落ちた頃に真琴が珍しく夕食時に帰って来た。

「珍しいね‥こんな中途半端な時間に帰って来るなんて‥

神社の方に帰んなくて良いの?」

「今回は術師関係の仕事だから‥

もう少しで終わるからそしたら官舎の方へ帰るよ」

光一が聞くと真琴は冷蔵庫から野菜や肉を取り出して光一の隣で料理を始める。二人揃って夕食の準備をするのは久しぶりなので光一は少し嬉しく思った。皆で食事を取り何時ものように過ごす。真琴にとっては一番安らげる時間だ。何時もは早々に自室に戻る光一も真琴が居る時はリビングで過ごす事が多い。年は十歳近く離れているが父親を早くに喪っているせいか話す事は少なくても何となく一緒に居たいのだ。

光一は昼間の男の事を聞いてみようかと思ったが口止めされていた事と何か言わない方が良い事かもしれないと聞く事を止めた。

夜も更けそれぞれ自室に戻って行くと光一も自室に戻ってゲームを始める。多田から電話でプールに誘われたが男との約束があるのでそれを断った。

翌日、朝食時に真琴は起きて来なくて仕方なくラップをかけて光一は出かける準備をし、家を出る間際にようやく真琴は起きてきた。家族には多田とキャンプに行くと言って光一は家を出る。そして約束の場所まで来るとサシャという喫茶店に入る前に気を失った。

「まだ子供じゃないか‥」

屈強な男達に車に運び込まれてきた光一を見て溜息交じりに時生が言った。

「美味しそうでしょ?

味見でもしますか?」

菅野が嫌らしく笑みを浮かべる。

「僕にその趣味は無いよ

後は静音に任せるからちゃんと手筈通り頼んだよ」

時生はそう言うと車を降りて別の車へ乗り換えた。菅野は微笑みでそれに応えてから車を出させる。光一を乗せた車はあの廃墟へと向かって行った。







              裏・琴吹編へ続く


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